Episode07-32 マカミ山鼬⑤ エミとクミホ


[エミ視点]


(なんか……忘れられてない?)


 土砂に巻き込まれて崖下で横転した車から這い出すと、そのまま上を見上げる。


 そこには、死気を帯びて一時だけ力を増した獣の集合霊とも言うべき怪異の姿がある。そして、その怪異へ向かい斜面を飛び石のように移動する2人の人影。迅と、その父の賢の姿が見えた。


 死気を与えられた怪異は強い力を帯びている。今の迅では厳しいかもしれない。だから、


「助けなきゃ」


 となる。でも、


「――エハミの分霊、エミとかいったな。今は待つのじゃ」


 背中にそんな声を掛けられて振り向く。するとそこには、狐の耳と尾を持つ、私よりも更に背の低い存在、つまり「來美穂くみほ」が居た。


「クミホ……なんで?」


 「待て」と言われて納得できない私は、当然の疑問をクミホに投げかける。すると、


「エハミもお主も肩入れし過ぎじゃ。神の領分を忘れておる。そんな事を続けておったら、それこそ大切なあの男・・・のためにならんのじゃ」


 クミホは小さく首を横に振りながら言う。


「でも、クミホも彩音と麗華に法術を教えていた」

「それは……エハミとの間の貸し借りの清算じゃ。それ以上の意味はない――」


 私の指摘にクミホは一瞬言葉に詰まりながらもそう言う。そして、


「力を貸すなとは言わん。ただ、力を貸すなら相応の対価を求めるべきじゃ。そのような節度を持たなければ、野放図に神の助力を得られる者はやがてその身を……いや、魂の在り方さえも歪めてしまう」


 そう言うとクミホは私から外した視線を斜面の上の方へ向ける。


「エハミは、それでも生きている方が良いと言うが……妾は歪んだ魂に苛まれながら生き続ける者を見とうない……」


 私はこの時、クミホの声に隠し切れない「心の揺らぎ」を感じた。でも、ソレはクミホの問題。何があったのか私には分からないし、また分かりたいとも思わない。


 ただ、その一方で、


(クミホの言う事も一理ある……のかな?)


 とも思う。


 確かに、何でもかんでも力を貸して助けてしまっては良くない。助けられた分だけ迅は成長の機会を失う事になる。特に最近は「穢界」に行っても支配下の怪異達を解き放つだけで全て終わってしまう事が多かった。アレは「迅のため」だと思っていたが、もしかしたら良くない事だったのかもしれない。


 それに今、迅はその父の賢と2人で「マカミ山鼬」に立ち向かおうとしている。あの2人は「父子」である事に間違いはないが、妙にお互いに対して距離を置くような、壁を作るようなところがある。


 そんな2人が強い怪異を前にして「共闘」するのだから、


(仲直りするきっかけになる……かな?)


 そうなれば、結果的に「迅のため」になる話だろう。もちろん、そんなに上手く行くとは限らない。だから、


「クミホの言う事は分からない。でも、今は様子を見る」


 という事にする。


******************


[八神迅視点]


 オヤジの背中を追いつつ、飛び石の上を跳ねるよう移動する。最初は慣れない状況に戸惑ったが、幸い直ぐにコツを掴むことが出来た。


 お陰で最後の岩の上から跳躍し、斜面の頂きへ着地するころには、背後の斜面の下の方を気にする余裕も出来たし、片手間にスマホを操作して「EFWアプリ」から装備品を取り出して装備することも出来た。


 ちなみに、斜面の下の方 ――先ほどまで林道があった場所―― は崩れた斜面の土砂に埋もれてしまっているが、彩音達3人は


(あれは柱?)


 2本の柱のよって守られたかのように、そこだけ道路のアスファルト舗装が目視できる場所に留まっていた。


(なるほど、何かの結界か)


 俺の「鬼眼」には2本の(なにやらごちゃごちゃと装飾のある)柱が、淡く白い燐光を纏っているように見える。恐らく、爺ちゃんか白絹嬢が作った何かの「結界陣」なのだろう。


 とこの時、こちらを見上げている彩音と目が合ったような気がした。


 いずれにしても、


(大丈夫そうだな)


 と思う。一瞬だけ自分の事で手一杯になっていたが、彩音が無事ならひと安心――


「迅、よそ見するな!」


 とここで、極めて鬱陶しい声が耳に割り込んでくる。


「わかってる!」


 まぁよそ見していたのは事実だけど、とにかく俺は負けじと怒鳴り返して前方へ向き直った。


 場所は斜面の頂き部分。元々小さな「やしろ」以外は雑木林のようになっていた狭い場所だが、今は斜面の地崩れと共に社や木立が消えてしまって妙に広く感じられる。


 そんなひらけた場所の一画、元々「社」が建っていた居た場所にソレは居た。


――マカミ山鼬さんゆう――


 爺ちゃんが語るところによると、それは本来この土地で狩猟によって命を奪われた動物たちの霊を慰めるための祭祀が「形」を持ったものだという。ある意味では「山の神」であり、別の言い方をすれば「動物霊の集合体」でもある。


 山鼬さんゆう、つまり「山イタチ」のこと。その名が付いているのは、おそらく「イタチ」の霊が最も執念深いとされる一方で、お稲荷様の眷属でもあるためしっかりと祀れば人に害を為す事は少ないとされたから。


 ただ、


――しっかりと祀れなかった時の反動は強い――


 とのことで、いつしか祭祀を司る人が居なくなり、暴れ出す兆候を見せていたという。ただ、


(まさかこんなの・・・・だとは……)


 俺の正直な感想はそんな感じ。


 「暴れ出す兆候を見せていた」と聞かされていても、俺が始めて見たやしろは既に力のほとんどが削ぎ落されていたし、一昨日の時点では「もう、このまま消えるんじゃないか?」と思うほど、微弱な存在感しかなかった。それが今、目の前で斜面上のスペースの一画を占有するほどの巨体として顕現している。


 その大きさは頭から尻尾の先まで10メートルくらいだろう。全身を覆う毛並みは黒み掛かった銀色で、体長の半分程を占める長い尻尾が重力を無視するように虚空をくねくねと泳いでいる。


 そして何より、


(凄いオーラ……いや、これが死気なのか?)


 「鬼眼」を通して視るマカミ山鼬は、その全身からモヤモヤと沸き立つような灰色の燐光(?)を放っている。一見すると「後光」のようにも見えるが、そんな有難いモノではない。ずっと見ていると気が滅入って来て気力を吸い取られるような、明らかに「マイナス」の力を持った燐光だ。


 そして、


――ピピッ


 この時、俺のARグラスが小さな電子音を鳴らす。「E・Aエネミーアナリシス」機能が目の前の巨大な怪異の解析を終えた合図。そして視界に浮かびあがるのは、


――マカミ・サンユウ ランク3


 の文字。


(ランク3って……マジかよ!)


 俺がそう思うのとほぼ同時に、オヤジが装備している別のメーカー製の「ARグラス」も同様の解析をしたようで、


「三等だと! 迅、父さんたちを連れて逃げるんだ!」


 かなり焦った声で、そんな事を言うのだった。



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