Episode07-33 マカミ山鼬⑥ 強敵!


 驚いた事に「マカミ山鼬さんゆう」の怪異としての等級は「ランク3」、和風に言えば「三等怪異」と言ったところ。


 以前に、彩音が通っていた扇谷高校の文化祭を襲った怪異「忌九十九・醜身可我女しこみかがめ」が「ランク4・ng」だった事を考えると(ちなみに「ng」という余計な符号の意味は良く分かっていないけど)、アレよりも一段上の力を持っているという事になる。


 オヤジが慌てて「逃げろ」というのも、相手が強すぎるという点では「分かる話」だ。


 ただ、


(逃げるって言ったって――)


「無理だろ! どう考えても」


 という事。


 余り認めたくない現実だが、先ほど斜面の下の方をチラ見した際、俺の愛車(ヴィッツ)も爺ちゃんの愛車(軽トラ)も、泥に飲まれて影も形も見当たらなかった。恐らく地滑りの泥の下に埋まったか、反対側の崖下に転落したか……とにかく、とてもじゃないが「車にのって逃げる」という事が可能な状況じゃない。


 それに、


(保険効くかな……って、そうじゃない、そもそも逃がしてくれるのか? って話だな)


 前方で視界を覆う程の巨体を晒しているマカミ山鼬は、体長の半分を占める長い尾を、まるでリズムを刻むように宙に躍らせつつ、油断なく俺とオヤジの方に視線を向けている。


 その形相は、とても元が「イタチ」だとは思えない獰猛なもの。さっそくネコ科の猛獣を連想させるような殺気に満ちた顔付きになっている。


 そして何より注意を惹くのがその目だ。黒ではなく、濁った灰色の目は、その焦点が何処に定まっているのか分からないが、ドクドクと溢れ出るような「害意」だけは明確に伝わってくる。


 大人しく逃がしてくれるような気配は微塵も感じられない。だから、


(やるしかない)


 俺は腰の剣「須波羽奔すわのはばしり・形代」に手を掛ける。それとほぼ同時に、


――ギュィ……


 マカミ山鼬は甲高い唸り声を響かせる。そして、


(来る!)


 次の瞬間、俺の「鬼眼」が一瞬先の未来を幻影として捉えた。それはマカミ山鼬の攻撃。手前の泥の地面が突然沸騰したように沸き立ち、次いで煮えた地面から無数の「泥の弾」が飛び出し、襲い掛かってくるというもの。


(マジかよ!)


 思いつつ、俺はオヤジに「来るぞ!」と声を掛ける。果たして、


――ゴボ、ゴボ、ゴボォッ


 「鬼眼」が視せた幻影通り、マカミ山鼬の足元で泥の地面が沸き立ち、ついで、


――ブンッ、ブンッ、ブンッ!


 沸いた地面から無数の「泥の弾」が生み出され、こちらへ向かって殺到してくる。


「なんだ!」


 オヤジの声が聞こえるが、チラと見ると、オヤジは大きく横へ飛び退くことで泥弾の攻撃範囲から逃れていた。勿論、俺もそうしている。勢い、マカミ山鼬に対して俺とオヤジは左右に散開する恰好になったが、着弾範囲が広い「泥弾」の的を絞らせないという意味では正解だろう。


 とにかく、マカミ山鼬の初撃を躱すことが出来た俺は、反撃として手始めに遠距離から「呪符術」を撃ち込んで様子見する事に。


「破魔符!」

「破魔符――」


 何故か、オヤジも同じように「破魔符」を発動。結果として、左右からほぼ同時に2枚の呪符が空中を走り、


――バンッ!


 俺の放った「破魔符」は泥弾の雨に迎撃され、途中で破裂。ただ、破裂の余波で外れた泥弾をまとめて打ち落とす結果になる。


 一方、オヤジが放った方は


――パシッ


 マカミ山鼬の身体に到達したものの、乾いた破裂音を残しただけで、黒っぽい銀色の体毛に弾かれてしまった。


「そんなに甘くないか……」


 ある意味、予想通りの結果。


 とにかく、今の一連の攻撃でマカミ山鼬が放つ「泥弾」は攻撃にも防御にも使われるという事が分かり、また、マカミ山鼬自体もかなり防御力が高い事が分かった。


 また、もう1つ分かった事がある。それは、


(俺の破魔符の方が威力がありそうだ)


 という事。恐らく「霊力」の差なのだろう。別にオヤジに勝ったからと言って嬉しがるつもりはないが、とにかく、体感で俺の「破魔符」の方が威力が高そうに思えた。だから、


(なんとか、オヤジが撃った後に撃てれば)


 という事。オヤジの破魔符を囮にして「泥弾」で迎撃させれば、その隙に俺の方の「破魔符」を撃ち込むことが出来る。そんな発想だ。


 そして、


「迅! オレの後に撃て――」


 なんだろう? これは「親子」だからなのか? それとも「怪異に対峙する者」という共通項が生み出す当然の帰結なのか? とにかく、オヤジも同じ結論に達した模様。


「破魔符!」


 俺の返事も待たずに、再び「破魔符」を放つオヤジ。果たして今度は、


――バシンッ!


 オヤジの破魔符が「泥弾」の迎撃を受ける。ただ、オヤジの破魔符が威力が劣るため、迎撃として打ち出された泥の弾をすべて巻き込んで破裂するには至らず、


「うおっ!」


 破魔符の破裂をすり抜けた弾がオヤジの元に飛来して、それを慌てて避ける感じになっている。お陰でオヤジは地面を転がって(せっかくのカッコいい装備が)泥まみれになってしまった。


 ただ、そのなるだけの意味はあって、この時、タイミングを少し遅らせた俺の「破魔符」が「泥弾」の迎撃を受ける事無くマカミ山鼬の身体に到達。そして、


――ドンッ!


 という低い破裂音と共に、体毛の一部をむしり取り、その下の腐肉にも似た体表を傷付ける事に成功。


「よし!」


 結果として、俺の「破魔符」ならば当たればそれなりのダメージになると分かる。


 ただ、世の中そう甘いものではない。特に相手は「三等怪異」。もともと弱っていた存在がどうしてそんなに強くなったのか? その辺は全く謎だが、とにかく一筋縄で行くような相手ではなかった。


 その事実を俺は、またも「鬼眼」が視せる幻影で察知。それは、先ほどよりも密度の濃い「泥の弾幕」だった。それが、


――ギュィイィッィィ!


 マカミ山鼬の金切声と共に襲い掛かってくる。


「オヤジ、そのまま伏せてろ!」


 どう足掻いても躱せるような密度ではない泥弾のシャワーを前に、俺はそう叫びつつ、自ら地面に転がるのだった。



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