Episode07-34 マカミ山鼬⑦ 三合秘陣


 鬼眼が視せる幻影から、俺はそれを「泥弾のシャワー」と認識したが、実際はそんなに甘いものではなかった。


 泥弾1つとっても、純粋に「泥」というわけではなく、中に石や木片のような固体が混ざり込んでいる。それなりの質量があるモノだ。それが、先が見通せない程の密度で迫りくるのだから、地面に伏せる事でやり過ごそうとした俺の身体の上に、あっという間に泥やらなんやら・・・・・・・が降り積もり


(やばいぞ、コレ)


 頭の中に「生き埋め」という言葉が浮かび、俺は慌てて身体に降り積もった泥を払いのけようとする。


 幸いな事に、「気付いた時にはもう手遅れ」とはならず、俺は何とか泥の海から脱出。同時に、


(オヤジは?)


 別に心配しているつもりはないが、同じように地面に伏せて「泥のシャワー」をやり過ごそうとしていたオヤジの事が気になって、その姿を探す。


 この時、斜面の頂きは一面が泥濘ぬかるんだ泥の海のようになっており、目印らしいモノは一切なくなっていた。また、頭に装着していた「ARグラス」のバイザー部分にベッタリと泥が付着していて、片目の視界が全く効かない状態にも。


 そのため俺は一瞬だけ自分がどっちを向いているのか分からなくなり、取り敢えず方向感覚を取り戻すためにも、機能停止してしまった「ARグラス」を外そうとする。


 そんな一瞬の間隙に、


「迅ッ!」


 俺が見ていた方向とは別の方からオヤジの鋭い声が上がり、同時に


「っ?」


 迫りくる「ナニカ」の圧迫感を感じて、反射的にARグラスを投げ捨てて、そちらを見る。


 そこには猛然と、しかし音もなく突進してくるマカミ山鼬の獰猛な顔面。そして、ヌラッと光る太く鋭い爪を備えた短い前脚が視界に入り、


「あっ!」


 と思った時には頭上に振り上げられたマカミ山鼬の前脚が振り下ろされ、俺は自分が頭から腹までをバッサリと斬り捌かれる幻影を視た。


 呆れるほど分かりやすい「死」のイメージ。ソレを目にして身体が竦まなかったのは、ひとえに「神界」での修行のお陰だろう。


 とにかく俺は、「鬼眼」がもたらす幻影を視た瞬間、仰け反りながらも全力で後方へ跳躍。その結果、


――ザンッ


 流石に完全に躱す事は出来ず、マカミ山鼬の爪の1つが俺の上着(ダウンジャケット)ごと胸を斜めに切り裂く。そして、


――ドンッ


 遅れてやって来たのは、その前脚が泥の地面を打つ打撃音。同時に泥が飛び散り、俺は衝撃と泥をまともに被りつつ、自分の跳躍力以上の力で後方に吹っ飛ばされた。


――ドシャッ


 ろくに受け身も取れない状態で、背中からまともに地面に墜落したが、下が泥濘ぬかるみだったため落下のダメージはそれほどではない(と思いたい)。ただ、それでも直ぐに立ち上がったりはできず、


「ゲホッ、ゲホッ――」


 込み上げてくる咳の合間に必死に空気を吸おうと藻掻く。しかし、期待したほど空気を吸い込む事はできず、寧ろ逆に喉の奥から生暖かいものがこみ上げて来て呼吸の邪魔をする。そして「ふぅぅ」っという感じで視界が端の方から暗くなり、意識が途切れそうに――


「迅っ!」


 オヤジの声が聞こえる。なんだか妙に必死こいた・・・・・声だ。こんな声で呼び掛けられた事なんてあったっけか?


「おい、しっかりしろ! チッ、これを――」


 舌打ちと共に、何かが胸に押し付けられる。そして、ゴニョゴニョと何か和歌のような呪文のような言葉を唸った後、


「しばらくそうしていろ――」


 そう言い残して離れていくオヤジの気配を感じつつ、何とか自分の身体を動かそうとしていた。


******************


[彩音視点]


 斜面の上に現れた巨大な怪異が「マカミ山鼬」。それに向かって、地滑りの斜面を逆行するように迅さんとお父さんが向かっていった。


 ただ、私や麗ちゃんやお爺ちゃんは、斜面の下(林道だった場所)からソレを見上げることしか出来なかった。依然として、周囲は土砂が濁流のように流れているからだ。


 こんな大量の土石流があの斜面から自然に発生する訳がないので、これもあのマカミ山鼬の力によるものだろう。


 とにかく、私達は麗ちゃんが作った「王竜門陣」から動けずに居る。


「やはりオカシイ……これは何者かが外から力を足し与えたのか?」


 とはお爺ちゃん。先ほどから斜面の上のマカミ山鼬を睨みつけながらブツブツと独り言を言っている。その内容は、あの怪異が「想定外の力を持っている」というもの。確かに、ここに来る前の迅さんやお爺ちゃんの話しぶりだと、あんな強そうな怪異を相手にするような感じではなかった。


(誰かが怪異に力を与えた? でも……誰が? 何のために?)


 そんな疑問が思い浮かぶが、生憎私には答えにたどり着くための手がかりすらない。


(それよりも、何とか迅さんを援護しないと)


 と思う。


 そんな私の願いが通じたのか(多分違うと思うけど)、この時、周囲で土砂の流れがピタッと止まった。どうやら、斜面の頂上で迅さん達が怪異に仕掛けた模様。それでマカミ山鼬の注意がこちらから逸れたのだろう。


 不意に周囲が静かになり、次いで斜面の上の方から「ドン、バン」と破裂音や衝撃音のような音が響いて来る。


 なので、私はそちらへ向かおうと、2本の竜柱の間から足を踏み出そうとするのだけど――


「待ちなさい彩音さん」


 お爺ちゃんに制止される。


 私を制止したお爺ちゃんは、そのまま私と麗ちゃんを順に見ながら、


「想定外の外力があの怪異に力を与えているようだ」


 そう切り出し、


「白絹さん、竜柱はまだ出せるか?」


 お爺ちゃんの問いに麗ちゃんは「法力を回復させて、彩音の舞いがあれば何とか」と答える。


 そんな麗ちゃんの返事にお爺ちゃんは頷くと、


「当初の予定通り、あの頂きを中心に三つ死にの秘法陣を敷く。竜柱を起点としてな」


 と告げる。そして、


「まずは……うしの方角だった……かな?」


 この場に来る前の会話で私が言った「方角」を確認するように私を見るお爺ちゃんに、


「は、はい。うしたついぬの順番です」


 反射的にそう答えつつ、


(で、あってるよね?)


 ちょっとだけ不安になるのだった。


******************


 この後、私達3人は斜面の頂きを中心に3つの方角に陣の起点となる竜柱を設置。


 その間も頂上の方からは断続的に戦闘音が聞こえて来たので、私としてはとにかく上に居る迅さんの事が気になって仕方なかった。しかし、


――急がば回れ、だ――


 というお爺ちゃんの言葉に従い、はやる心を抑えつつ、麗ちゃんの霊力をかさ上げする「御垂水舞」を舞う。


 そして、3つの竜柱を作り終えたところで、


「これで、次はどうする?」


 と言うお爺ちゃんと、


「彩音……後よろしく」


 霊力が完全に干上がってしまった麗ちゃんのパスを受けた私が、


「じゃ、じゃぁ……私が」


 陣の発動に必要な「言霊」を発する役割を引き受ける事になった。



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