Episode07-35 マカミ山鼬⑧ オヤジの背中


[八神迅視点]


――しばらくそうしていろ――


 というオヤジの言葉が無くても、俺はしばらく動けなかっただろう。どうやら、マカミ山鼬から受けた一撃は俺が想像していた以上に深い傷だった模様。その傷口に、オヤジは多分「癒しのお札」のようなモノを貼ったのだろう。


 徐々に息が楽になり、ついで、今頃思い出したように胸の傷口がズキズキと痛み出す。ただ、主張し始めた痛みも徐々に小さくなって行き――


(ああ、ちょっと足りない感じか)


 完全に痛みが消える前にオヤジが貼った「癒しのお札」の効果が切れる。なので、俺は追加で自分のスマホから「癒しのお札(小)」を取り出そうとして――


「あ、グラスが……」


 自分の視界の隅っこに設置していたアイテムショートカットのアイコンを無意識に探し、それが見当たらない事に気が付いた。それで、先ほど泥の海から脱出する際に「ARグラス」を投げ捨てた事を思い出す。


 仕方なくズボンのポケットを探ってスマホを取り出すと、アプリ経由でお札を取り出し、自分の胸に貼る。貼る時に自分の手にベッタリと濡れた感触があったが、見ると大量の血が掌に付着していた。


(もしかして、俺って死にかけてたのか?)


 「もしかして」というレベルじゃなく、確実に「そう」だったと思う。それで、


(じゃぁ、オヤジは?)


 流石に気になって、俺は仰向けの状態から首だけもたげるようにして視界を確保。丁度、俺の場所からはオヤジの背中が見え、その背中越しにマカミ山鼬の姿も見える。


 と、この時、


――パンッ、パンッ


 乾いた破裂音が響く。


 オヤジが腰のホルスターから取り出した拳銃をマカミ山鼬に向けて発砲したところだった。


(拳銃とか、ズル……)


 ちなみに、日本国内の「EFWアプリ」ユーザーには縁がない話だが、海外のアプリユーザーの中では「銃」は割とポピュラーな装備らしい。「掲示板」で仕入れた情報だが、海外版アプリでは、宝珠ショップのようなショップに普通に「銃」や「弾丸」が武器として販売されているとの事。


 その掲示板の板では、「日本もその内解禁になるかもしれない」と勝手に盛り上がっていて、「どのタイプの銃が強いか?」や「近接武器と銃だと、どっちが強いか?」といった話題で盛り上がっていたもの。


 という話はさて置き、この時オヤジが撃った弾丸は全弾がマカミ山鼬に命中。命中と同時にパッと白い閃光が走ったので、撃ったのは普通の弾丸ではなく、なにか「特製」の弾のよう。


 一方、撃たれたマカミ山鼬は黒銀色の体毛が爆ぜるように飛び散り、少しだけ怯んだ様子を見せたが、余り「効いた」様子はなく


――ギュィイッ!


 金切り声のような咆哮を上げると、お返しとばかり「泥弾」の弾幕を放つ。そして、自身もその弾幕の後を追うようにオヤジに向かって突進。


(――っ!)


 俺が先ほど一撃を食らってしまった時も、マカミ山鼬はこんな感じの連続攻撃を仕掛けていたのだろう。泥弾の弾幕で視界を奪いつつ、その陰に隠れて接近し、泥弾の対処で手一杯になっている相手を叩く。うまい方法だ。


 だからこそ、俺は


(ヤバいぞ!)


 悠長に寝ている場合じゃないと思い、身体を起こす。そうしながら、オヤジの動きを注視していたが、当のオヤジは、


「――破魔符!」


 を繰り出し、迫りくる泥弾の弾幕に小さな穴を空けて、そこへ飛び込む。威力としては、俺よりも劣るオヤジの破魔符だが、


(そんな使い方?)


 工夫次第で状況を助ける有効な一手となる。俺は長年のわだかまりを一瞬忘れて、シンプルに「凄いな」と感心した。


 とにかく、そうやって泥弾の弾幕を切り抜けたオヤジの元に、後追いで飛び込んで来たマカミ山鼬が襲い掛かるが、


――ギンッ!


 いつの間に抜いたのか、マカミ山鼬の鋭い前脚の攻撃を、この時オヤジは脇差サイズの刀で受け流し、そして、


「――っ!」


 上体が流れたマカミ山鼬の首筋に一太刀加える。


――ギュィ!


 赤黒い血しぶきが飛び、マカミ山鼬の悲鳴(?)が上がる。ただ、


――ブンッ


 遅れてやって来た長い尾の一撃を受けて、オヤジも吹っ飛んでしまった。


「――オヤジ!」


 思わず声が出た俺。一方のオヤジは、頭から泥の地面に突っ込んだが、直ぐに立ち上がる。多分、ツナギ状のボディーアーマー的な防具をちゃんと装備しているから、ダメージが少なくて済んだのだろう。とにかくオヤジは直ぐにマカミ山鼬へ向き直ると、


――パンッ、パンッ!


 拳銃を撃ちながら、一旦マカミ山鼬と距離を取る。


 ちなみにこの間、マカミ山鼬は首に受けた斬撃の痛みにのたうつ・・・・ように地面を転がっていた。そこへ、弾丸が撃ち込まれて、先ほど同様に白い閃光と黒銀の体毛が飛び散る。


 一方、俺はというと、この間に立ち上がり、ついでにスマホから大量の「無地の呪符」を取り出して左手に握っている。その状態で、


「破魔符ッ!」


 追撃を仕掛けるように、霊力をたっぷりと込めた呪符術を放つ。そうしながら、俺は一気に駆け出し、オヤジの撃つ拳銃の射線に注意しつつ、横から回り込むようにマカミ山鼬へ接近。更に3発、4発と「破魔符」を放ちながら、最後の1発は右手の「須波羽奔すわのはばしり・形代」へ。


(――破魔剣っ)


 を発動。そして、一気に間合いを詰めると、


「――っ!」


 破魔の霊力を纏った「須波羽奔・形代」を、手負いの首筋目掛けて振り下ろす。


 この瞬間、マカミ山鼬は身を捩りながら、首筋を庇うように前脚を振り上げた。その動作は「鬼眼」によって視えていたが、俺は構わずに剣を振り下ろす。その結果、


――ボンッ!


 という破裂音と共に、剣が当たったマカミ山鼬の前脚が爆ぜ、引き千切れるように宙を舞う。そして、


――ブンッ!


 次の瞬間、視界の外から襲ってきたヤツの尻尾の一撃については、流石に、先ほどのオヤジへの一撃を「見ていた」し、何と言っても「鬼眼」によってその攻撃は視えていた。なので、冷静に「須波羽奔・形代」を迎え撃つように振り抜き、


――ボンッ!


 細長いマカミ山鼬の尾を、半ばから引き千切るようにして切断。


――ギュィィインッ!


 確実に「悲鳴」だと分かるマカミ山鼬の絶叫が周囲に木霊した。


 ただ、


「迅っ、離れろ!」


 次の瞬間聞こえて来たのはオヤジの声。そして俺も、


(マジでか!)


 その瞬間、「鬼眼」が視せた幻影に絶句。絶句しつつも、何とか飛び退いた場所に、先ほど切断したハズのマカミ山鼬の前脚が叩きつけられていた。


「……なんで!」


 斬り飛ばしたハズの前脚も尻尾もその辺に転がっているが、その一方で、猛然と反撃を仕掛けて来たマカミ山鼬は五体満足な状態。つまり、



「再生した?」


 という事だろう。


「なんて厄介な……」

「厄介なやつだな」


 俺とオヤジの声が重なるが、とにかく、厄介極まりないタイプだ。流石「三等怪異」と言ったところだろうか? 



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