Episode07-36 マカミ山鼬⑨ まさに泥仕合?
「俺とオヤジ vs マカミ山鼬」の戦いは、その後しばらくの間膠着状態に陥った。
なんといっても、マカミ山鼬が見せた脅威の再生能力は「一度ならず二度までも」を越えて、何度でも際限なく発揮されたから。そのため、追い詰めては振り出しに戻る、という状況を何度も繰り返す事になった。
とにかく、マカミ山鼬が持つ再生能力は驚異的だ。
ただ、その一方で、
(三等ってこんなもんか?)
とも思う。
確かに、広範囲を攻撃する大量の泥弾の弾幕は厄介だし、その巨体に見合わない素早い動きや、そこから繰り出される鋭い爪と長い尻尾のコンビネーション攻撃は脅威ではあるが、対処できない程ではない。
コレだと等級的には格下の四等級だった「忌九十九・
この辺の「違和感」については、どうやらオヤジも同じことを考えたようで、
「攻撃力だけなら四等の下、だな」
とか、
「再生力込みの三等、といったところか」
などと、攻撃の合間合間にコメントしている。
とにかく、俺とオヤジはそんな感じで攻撃を重ねるが、肝心の「トドメ」に至る直前に、毎回、マカミ山鼬は驚異の回復を見せる。そのため、体感で1時間、正味は……多分10分から15分ほど過ぎた辺りで、
(ちょっと、このままだとコッチが――)
「ジリ貧になるな」
こちら側の雲行きが怪しくなってきた。
具体的には法力や「無地の呪符」といった消耗品の残量だ。
「思ったほど、大したことは無い」といっても、そこは「三等怪異」。オヤジに言わせれば、実質は四等の下らしいけど、とにかく、その程度の力は有る。つまり、気を抜きながら戦って良い相手ではないということ。
攻撃の局面でも防御の局面でも、それなりに「全力」を出す事が求められる。だから、「
「迅、お前の法力、残りは大丈夫か!」
少し離れたところからオヤジが大声で言うので、
「あと三分の一、オヤジは!」
大声で怒鳴り返す。
「分かった、アイテム使うから援護してくれ!」
という返事だったので、オヤジの方が法力の残量が少なかったのだろう。とにかく「援護してくれ」というので、
(わかったよ!)
となる。
この後、俺とオヤジは交互に援護し合いながら、法力を回復させる「霊水」を使ったり、宝珠ショップに(戦闘中だけど)アクセスして消耗品を追加仕入れしたりすることになる。
そうする事で、法力や消耗品については、一応の見通しが立った。ただ、その辺のアイテムではどうにもならない要素として、厳然と差し迫ってくるのが「スタミナ」の問題だ。
体力といっても良いかもしれないが、身体の傷や削れてしまった身体障壁はアイテムで治すことが出来るが、「体力」そのものを回復させることは出来ない。お陰で俺もオヤジも、最初の頃と同じような動きのキレを保てず、徐々に手傷が多くなる。
さらに、体力が削れてくるのと比例して、如実に感じるようになった「厄介な環境」の問題がある。それは、
足元の泥は動くたびに必要以上に体力を奪っていくし、徐々に荒くなり始めた呼吸で吸い込む空気は「酸素が薄いんじゃないか?」と疑いたくなるほど、身体に活力を与えてくれない。
「迅――」
「なん、だよ!」
「この、ままじゃ、マズイ」
「分かっ、てるよ」
そんなやり取りでさえ、息が続かなくて切れ切れの声になりかけている。
とここでオヤジが、
「オレが切り込む。ダメだったら、逃げろ」
という事を言い出す。
(切り込む? 何するつもりだ?)
と思う俺。なにか「奥の手」的なモノがあるのか? と一瞬期待したが、
(いや、そんなもんがあったら最初に使ってるだろ)
直ぐにそう考えなおした。そして、
(捨て身で行くって事か? バカだろ)
そう思いつつ、何となくそれが「正解」だと分かった気がする。
おそらく、オヤジは相手の再生力を上回る勢いで連続攻撃を仕掛けるつもりだろう。ただ、そうなると自分の身を守るための防御を捨てる事になる。懐に潜り込まれた時のマカミ山鼬の反撃は苛烈だ。それに対して防御を捨てて攻撃一本で行くとなると、
(下手すりゃ死ぬぞ)
となる。
この時、俺の脳裏に「死」というキーワードにつられて、昨夜の食卓の光景が思い浮かんだ。そこには、少し照れたような感じでオヤジと「元の鞘に納まった」事を話す母さんの顔があり、照れ隠しでそっぽを向くオヤジの顔があり……しかし、現実には、
「母さんを頼んだ――」
とバカな事を「決め顔」で言うオヤジが居る。そんなオヤジは、今にも駆けだそうとするが、
「……破魔符」
「だめだ」とか「やめろ」とか言う体力ももったいない俺は、そんなオヤジの横っ面に(一応、霊力を加減した)破魔符を撃ち込む。完全に不意を突かれたオヤジは「ふげっ」と変な声を出して地面に倒れ込んだ。そのオヤジを横目で見ながら、
「今頃出て来て、オヤジ面されても迷惑なんだよ」
ボソッと呟きつつ、手に握る「須波羽奔・形代」に力を籠める。
「だいたい『ダメだったら逃げろ』って、それ自体が成り立ってないだろ」
逃げれるものなら逃げていた、という話だ。だから、覚悟を決めて突っ込むならば、霊力も攻撃力も高く、まだ若い分だけスタミナに余力がある俺が行くべき。
(ロートルは後ろで黙ってろ、ってことだ)
敢えて汚い言葉を頭の中でつなぎ合わせて、気持ちを上げていく俺。そして、
「よしっ――」
気合の声と共に、霊力を四肢に行き渡らせ、「行くぞっ」と言い掛けたところで、
(ちょっと待って。迅、あと10秒――)
不意に頭の中に「声」が響いた。それは、エミの声だった。ただ、声の主は分かるが言いたい事が分からない。「あと10秒」って言っても……
(あ、10秒かからない。えっと……今)
「今?」
頭の中に響いた言葉を反芻する俺は、しかし、その意味をはっきりと感じ取る事が出来た。それは、
――ブゥゥゥンンン
鼓膜ではなく、直接腹に響くような低周波の振動。それが周囲を満たした次の瞬間、
「あ……」
重苦しかった空気が、嘘のように軽くなった。そして、
「迅さんっ!」
斜面の下の方から、彩音の呼ぶ声が聞こえて来た。
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