Episode07-30 マカミ山鼬③ 分断!
〔彩音視点〕
その瞬間、私は斜面の上の方を睨む迅さんの横顔を見ていた。それで考えていた事はというと
(うん、カッコいいじゃない)
という事。「鬼眼」スキルを使っている時の彼は、普段の「ちょっと情けない感じ」が抜け落ちて、キリッと凛々しく見える。だから、その瞬間を楽しんでいたという訳。
我ながら緊張感が
――いる! 斜面の向こうからコッチを見ている――
不意に放たれた迅さんの声に「え?」となり、続く
――崩れるぞ!――
というお父さんの声に、完全に反応が遅れてしまった。
「あっ!」と思った時には、林道脇、斜面側に生えていた杉(かな?)の大木が頭上に倒れ込んでくる。この時、隣にいた麗ちゃんが
「彩音!」
言いつつ私の手を引っ張ってくれなかったら、私は倒れて来た大木の下敷きになっていたかもしれない。
とにかく、間一髪のタイミングで私は麗ちゃんに手を引っ張られて、倒れて来た大木をすれすれで躱す事が出来た。
「危ない!」
「ゴメン!」
というやり取り。そして、
「彩音、大丈夫か!」
という迅さんの声が横倒しになった大木の
「大丈夫!」
私は迅さんの声に答えつつも、状況を整理する。どうやら、私達の集団は倒れて来た大木によって分断されたらしい。しかも、
「地滑り!」
倒れて来たのは大木1本だけじゃなかった。麗ちゃんが斜面の方を見て声を上げたように、
その幅は……ざっと100メートルくらい。これから走って地滑りの範囲外から逃げるのは、いくら「
(やばい!)
という事。
しかし、
「ふたりとも、こっちへ来い!」
大声でそう言われて振り向くと、そこには平安貴族っぽい姿(作業着らしい)のお爺ちゃん。お爺ちゃんはもう一度「こっちへ!」と言うと、次いで懐から半紙を取り出す。そして、口元に紙を近づけ、息を吹きかけるようにしながら
「さいのせきもん――、……と来りて災いを――」
何かの法術を発動する仕草。そして、
「――急急如律令!」
決まり文句と共に半紙を持った手で地面を打つ。すると、
――ズンッ!
という振動と共に、目の前 ――私達を庇って斜面に向かって正面を向くように―― に2柱1対の石の柱が地面から突き出した。
「『
この時、お爺ちゃんが使った法術は迅さんが「
私がそんな事に思い至った時点で、地崩れの先端(巨大な岩)が石門に到達。
――ズゥゥウウンッ
とお腹に響くような轟音と共に石門に衝突した岩は砕けて脇へ転がっていく。ただ、これで終わりな訳もなく、後続の岩や木……というか斜面そのものが石門に向かって息つく暇もなく殺到。結果的に私と麗ちゃん、そしてお爺ちゃんの3人は石門が作り出した僅かなスペースに身を寄せ合う事となり、そこで、
「こりゃイカンな……持たんかも知らん」
お爺ちゃんがゾッとするような事を言った。
(マジ?)
ちょっと焦る私。しかし、
「私が別の結界陣を上書きします」
凛とした感じで言うのは麗ちゃんだった。
「出来るのか?」
「はい」
「じゃぁ……頼んだ!」
短いやり取りの後、麗ちゃんは狭いスペースとなった地面の上に鞄から半紙を取り出して広げ、この前の「スーパーバリューストアの六等穢界」の時のように、携帯用の筆入れを取り出して紙に朱墨で何かを書き込む。でも、
「もう! まだ霊力が足りない……彩音、舞って!」
最近は來美穂御前の元で修行(?)して悩み処だった霊力の総量も伸びた麗ちゃんだけど、まだ、今やろうとしている事に対しては霊力が足りない模様。だからこそ、私に「舞って」と言う彼女。
勿論、断る話ではない。なので、霊力を中心に能力値を引き上げる効果を持つ「神楽」の1つ、
「御垂水の舞、行きます――」
狭い場所で「神楽」をやるのは慣れないが、なんとか舞いきる私。途中でお爺ちゃんの後ろ頭を水平チョップしてしまった気がするけど……気にしない気にしない。
勿論、その間も地滑りは切れ目なく石門を襲い続けている。結果として石門は徐々に表面が剥がれ落ちて急速に頼りない感じに変わっていくが――
「出来ました、『
どうにか「結界符札」を書き切った麗ちゃんが声を共に半紙を石門の間に放り投げる。すると、
――ズウゥゥウウンンッ!
地滑りとは別の地鳴りが起り、そして、石門を構成する1対の石柱の先に、もっと立派な、ぱっと見「トーテムポール」を連想させるような飾りが付いた柱が2本現れる。
「む……
お爺ちゃんはそう唸るように呟く。その一方、私には麗ちゃんが作り出したモノの価値や意味は分からないが、とにかく、
「これで……ダイジョブそ?」
2本の龍柱の先で、地崩れが綺麗に2つに分かれて後方へ過ぎていくのは分かった。
そして、粗方の土砂や木々が後方へ流れていった後、妙に見通しが良くなった斜面の先に
「アレが?」
「うむ……マカミ山鼬」
「デカくない?」
「うむ、デカいな……」
思わず言葉遣いが普段に戻った私とお爺ちゃんが言葉を交わすように、巨大な細長い獣の姿が露になっていた。
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