Episode07-29 マカミ山鼬② 異質な空気?


 行きの道中は取り立てて特別な出来事もなく過ぎていった。


 車内で俺はハンドルを握りつつ、彩音から「來美穂御前の神界」での出来事をつらつらと聞いていたくらい。


 ちなみに、「來美穂御前の神界」で彩音(と白絹嬢)は基本的に受験勉強漬けの時間を過ごしたという。俺のように「生きるか死ぬか(実際は何度も死んでいたけど)」の過酷な修行ではないようなので、内心で「ホッ」としたものだ。


とにかく、1度入ると「だいたい7日くらいかな?」という時間を中で過ごすらしい。この辺の「時間のズレ」は神界特有の性質(つまり作った神様の設定次第)だろう。


 これまで2人は全部で4回ほど「來美穂御前の神界」に入っているから、単純計算で28日分の時間を勉強に充てたことになる。しかも、


――眠くならないし、ずっと集中力が持続するし――


 という、ある意味「チート級」の時間の過ごし方だ。外での時間に換算すると、もしかしたら3か月分くらいの効率が出ているのかもしれない。しかも、2人の場合はそんな環境に加えて「EFWアプリ」が齎したステータス向上の恩恵もある。


 特に「知力」などは……まぁ、受験勉強に求められるような「頭の良さ」とは違うだろうけど、それでも恩恵はある(はず)。だから、


――持ってきた問題集や参考書はやり尽くしました――


 と白絹嬢が言うように、勉強ははかどった模様。そして、


――途中で気分転換ってことでクミホ様が色々教えてくれたんだ――


 と彩音が言うように、法術解説と実践教授のおまけつきだ。お陰で、彩音は俺がサッパリちんぷんかんぷん・・・・・・・・な「結界陣」を理解しているようだし、そこに応用する十二支や四神といった「モノの意味」もある程度分かっている。


 おそらく、


(呪符なんかも、もう俺よりも上手く書けるんだろうな)


 まぁ、もしそう・・だとしたら、それはそれで喜ぶべき事。以前のように1人で居る時に怪異と出くわしても「最低限の自衛」ができるようになって欲しいと思っていたから、ある意味願ったりかなったりだ。


 寧ろ、色々出来るようになった彩音との連携について見直す必要があるだろう。


(まぁ、受験がひと段落したら2人で穢界に出向いて、じっくりやれば良いか――)


 そんな事を考えている内に、車は目的地に到着したのだった。


******************


 林道の退避スペースに車を停車させ、早速車外へ出る。すると、昼間にもかかわらず、気温は身を切るような冷たさになっている事が分かった。それも、只の冷たさではない。空気の中に何かが混ざり込んでいる。そんな違和感を覚える冷気だ。


「……?」


 冷たい空気の中に妙な異質さを感じた俺は、しかしそれの正体が分からずに首をかしげる。すると、


「どうしたの、迅さん?」


 彩音がそんな問い掛けをしてくるが、対して俺は「異質さ」を表現できずに「うん……なんだか……」と返事を濁す。


 とそこへ、


「瘴気……じゃない。これは死気?」


 と車内からコメントをしたのはエミ。彼女は俺の方を見ると「この場所は普段からこう・・なのか?」的な問い掛けを目で訴えてくる。なので、


「いや、こんな感じは初めてだ」


 と答える俺。対してエミは、


「ふーん……寒いから中にいる」


 との事。まぁ、好きにして貰えばいいと思うので「分かった」と短く答えた俺は、視線を車外へ移す。


 そこへ軽トラから降りてきた爺ちゃんとオヤジが合流。俺は自分が感じた「異質さ」とそれが「死気」だというエミのコメントを爺ちゃんに伝える。


「……確かに、これまでは感じられなかった雰囲気があるな」


 一時目を閉じて周囲の雰囲気を窺うような素振りを見せた爺ちゃんがそう言う。そして、


「……斜面の方から妙な視線を感じるんだが……父さん、その社というのはアッチの方なのか?」


 とはオヤジのコメント。オヤジはそう言いながら「マカミ山鼬さんゆう」が封じられているやしろがある斜面の上を指差す。


(式者に成らなかったのに、そういうのは分かるんだな)


 オヤジの勘の良さに(本意ではないけど)感心しつつ、その言葉の中の「妙な視線」というのが気になり、俺はオヤジが指差す動作につられて斜面を見上げる。すると、


「……ん?」


 杉やヒノキの枝葉の隙間から垣間見える斜面の頂上に、今度は視覚的な違和感を覚えた。


 一瞬だが、見やった先で何かが動いた気がしたのだ。それは、斜面の向こう側から稜線越しにこちらを伺っているような「何か」。それが、俺の視線に気が付いたように蠢いて稜線の先に姿を消した。そんな風に見えたのだが、


(気の……せいだろ)


 と思う。というのも、その「何か」はもしも存在するとしても、サイズ感がオカシイから。その「何か」は斜面の頂上にある社の一帯を覆うような大きさがあったように見えたからだ。


 だからこそ「気のせい」という常識的判断をして視線を外し掛ける。しかし、


――ゾワッ


 視線を外そうとした瞬間、本能的な直感が「何かがオカシイ」と警鐘を鳴らす。それは、「うなじの毛が逆立つような」と表現するのがぴったりの感覚。その感覚が「視線を外すな」と訴えかけてくる。


 だからこそ、俺はこの時「鬼眼」の効果が現れるように念じつつ再度斜面の上に目を凝らした。


 そして、視た。


 ソレは見上げる視線の先、直線距離で100メートルほど離れている斜面の稜線に隠れるように潜んでいる巨大な「赤い輪郭」。輪郭の形は獣。頭も胴も尾も細長く、一見すると大蛇のようだが、短い四肢が斜面の稜線に掛かっているのが分かる。外見の特徴は正に「いたち」そのもの。ただし、サイズ感は巨大のひと言に尽きる。


(マカミ山鼬……?)


 マカミ山鼬さんゆうが「赤い輪郭」として見えたのは「鬼眼」の効果だろう。肉眼で見えないのは斜面の向こう側に潜んでいるから。だから鬼眼が「赤い輪郭」として視界に捉えた訳だ。


 その状態でマカミ山鼬はこちらの様子を伺っている。しかも「隠れてやり過ごそう」としているのではない。これも「鬼眼」の効果だろうか? 溢れ出るような害意まで、ひしひしと伝わってくる。


 とにかく、


「いる! 斜面の向こうからコッチを見ている」


 俺はそう声を上げる。


 そして、俺の声が合図だったように、先に動き出したのは「マカミ山鼬」の方だった。


――ギュィイィッィィ


 金属同士をこすり合わせたような耳障りな咆哮が上がり、ついで斜面全体が音を立てて揺れ始めた。


「崩れるぞ!」


 オヤジの声が、続く斜面崩壊を告げる合図のように響いた。


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