Episode06-30 スーパーの穢界⑥ 第3層の濃い瘴気
第3層に降り立ってまず真っ先に感じたのは周囲の光景に対する違和感だった。これまでは、1層がスーパーの売り場風、2層がスーパーのバックヤード風だった。それが第3層に降りると……
「何処かの家の中?」
といった雰囲気に、何の脈略もなく突然
「いきなり変わったね」と彩音。
「家というか……洋館の中といった感じでしょうか」と白絹嬢。
俺は「家」と表現したが、この場合は白絹嬢の言う「洋館の中」といった方が正しいかもしれない。
階段を降りて直ぐに始まる1本道の廊下の床は、年季が入って飴色に変色した板張り。その上に廊下の幅よりも細い薄汚れた絨毯が敷いてある。また、左右の壁は少し黄ばんだ白のモルタルのように見え、額に収まった油絵が等間隔で飾られている。飾られた絵は妙に解像度が低くてかろうじて「風景画」と分かる程度のものだ。更に、廊下の天井にはアンティーク調の洋風な照明器具が等間隔で設けられている。
絨毯や絵画やアンティーク調の照明が無ければ、第二次世界大戦前後の舞台設定を持つ映画のセットのような昔の学校の校舎に見えないことも無い。
と、このように第3層に降りて直ぐは、周囲の光景の変化に注意を奪われたが、それがひと段落すると、
「でも……なんだか、イヤな感じ」
と彩音が言うように、穢界独特の肌に纏わり付くような不快感が「一段と濃くなった」と感じられるようになった。
「とにかく……神鳥、出します」
雰囲気の違いは白絹嬢も感じているようで、少し躊躇うような間をおいた後、これまで通りに「使鬼召喚:神鳥」を呼び出す。
呼び出されたのは白い燐光を纏った小鳥。ただ、
「なんだか妙に抵抗を感じます」
白絹嬢はそう言うが、確かに宙に浮かんだ神鳥は普段のような軽快さは無く、動きが妙に鈍く見える。
「麗ちゃん大丈夫?」
「ありがとう、でも大丈夫――」
「辛くなったら、代わるから――」
俺の言葉に白絹嬢はもう一度「大丈夫です」と言うと、神鳥を廊下の先へ差し向けたのだった。
******************
「構造は一本道です。ただ、途中に少し広い場所があって――」
結局、白絹嬢が呼び出した神鳥はものの10分程で消滅してしまった。普通ならば1時間は飛ばせられるのに、妙に早く時間切れがになった感じだ。しかも、
「かなりの数の怪異が居ました」
蒼褪めた顔色でそう告げる白絹嬢は、神鳥を操るだけで普段にも増して……というか、異常なほどの消耗を見せていた。
もしかしたら、
(この辺、情報が無くて良く分からないな)
という事だ。
六等穢界の第3層に関する情報は
(まぁそういうモノと割り切っていくしかないか)
神鳥が使いにくいなら、使わずに進むだけの話だ。慎重に進む必要はあるが、幸いな事に俺の「鬼眼」スキルは少し先の様子を見通すことが出来る。それに
「私も、気配探知のスキルがあるから」
彩音の「下忍」クラスで、そういったスキルを持っている。
なので結局、
「もう大丈夫です」
白絹嬢が一息つくのを待って、俺達3人は廊下を先へと進みだす事にした。
******************
最初から見えていた廊下を突き当りまで進んで右に折れる。そしてしばらく進むと、もう一度右に折れ曲がるのだが、その角の手前で俺は立ち止まる。ちなみに、隣を歩いている小鬼太郎も同じようにピタッと止まった。
と、ここで彩音が後ろから
「……いるみたい」
と小声で問いかけてくる。「いる」とは「怪異が居る」という意味だろう。だったら、
「彩音さん、正解デス」
俺は敢えてちょっとふざけた感じで答えてみる。まぁ、周囲の雰囲気が重苦しくて最悪なので、敢えて明るく振舞ってみたのだが……たぶん、俺の意図は通じていない感じ。彩音は普通に「うん」と頷くだけだった。
「……何匹だと思う?」
「う~ん……そこまでは、ちょっと」
気を取り直した俺の問いかけに彩音の答えはそんな感じ。「気配探知」も習熟度が低ければそこまで正確な情報が得られるものではないらしい。
「4匹だ」
そんな彩音と白絹嬢に、俺はそう告げる。ただ、
(でも、種類が分からない……これって見た事の無いヤツか)
俺の「鬼眼」スキルが見せる角の先、壁の向こうの「怪異の輪郭」は……骸穢のように視えるが……ちょっと違う。輪郭だけなので自信は無いが、もっとこう、表面がツルッとしている風に視えるし、
(何だろう、細いワイヤ―? 糸みたいなのが天井に繋がってる?)
という風に視える。
ここで、
「どうするの?」
という彩音の問いかけを受けて考察を中断。分からないものを考えていても答えなんて出ない。ちょっと乱暴な気もするが、時には大胆な行動も必要だろう。そう考えて、
「とりあえず……小鬼太郎、頼む」
隣の小鬼太郎にそう言う俺。対して小鬼太郎は「うっ」と声を漏らしつつ、顔は「え? 俺?」といった風に自分を指差している。
「ちょっと行って、どんなか見て来て」
後ろの方で彩音が「うわ、サイアク」と言ったような気がしたが、使鬼なんだから「術者のために働いてナンボ」だろう。それに、少し成長した小鬼太郎は2層の怪異を相手に十分に通用していた。ここは、もうひと踏ん張り頑張って、もうひと皮むけて欲しい。これは、俺の親心なんだ……
******************
「太郎くん、ガンバ!」
結局、彩音の「神楽舞3点セット」と声援を受けた小鬼太郎は、それでも「納得いかない」的な感じを「首を振りながらトボトボ歩く」という仕草でアピールしながら、先の曲がり角へ進む。
そして、おっかなびっくりの様子で角を曲がり、その先へ姿を消した小鬼太郎。
しかし、ものの数拍も呼吸を於かないうちに、
――ドカッ
――バコッ
「ギョッ!」
――ドスッ
物騒な物音が鳴り響き、「ギャフンッ」という声と共に、廊下の角から小鬼太郎がゴロゴロと転がって姿を現す。
吹っ飛ばされて床を転がった小鬼太郎は、そのままの勢いで壁にぶつかって止まると、顔だけ俺の方を向いて「ムリムリムリムリ」とジェスチャーをする。
それで俺は、
(あぁ、囮でおびき寄せる目的なら「蛍火」で良かったのか……)
今更になって、そんな事を思い付いた。
ただ、そうは言っても既に状況は始まっている。
ちなみに、その怪異の姿は――
(陶器の……人形?)
肌色のツヤっとした硬質な質感を持つ人型の怪異だった。
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