Episode02-17 魔の種
〔隆司(?)視点〕
「
少しボロいソファーに腰掛けるオレに、そう声を掛けてくるのは「拓哉先輩」……だったヤツ。もう「先輩」呼びをする必要はない。
オレはチラっと拓哉に視線を送る。すると、
それが正しい対応だ。実に良い気分だ。
*******************
拓哉がオレのところにやって来たのは2日前だ。驚いた事に仲間を5人も連れて来た。なんでも、
――女を
とのこと。その顔は自信満々の
――後輩のクセにオレを呼びつけるなんて生意気なんだよ。分かってるな隆司、女は攫う。遊ぶのはオレ達だ。お前は……そうだな、その辺でマスでもかいてろ――
言いながら、拓哉はヘッドロックをしたまま、オレの顔にグリグリと拳を押し当てて来た。周りで拓哉の仲間達が「ゲラゲラ」と笑うのが聞こえた。そして、
――なんだっけ、お前のダチの……浩二だったか? さっさと電話して呼び出せよ。あ、そうだ、そいつの彼女もオレたちが遊ぶから、まぁ、お前は勘違いするなってことだ――
オレを突き飛ばして、そう言った。
オレは「約束が違う」と思った。腹の底で「黒い
「彩音をヤルのはオレだ。アレはオレのモノだ」
そんなような事を言ったと思う。いや、実際は言ってないかもしれない。どうも、この辺から記憶があやふやだ。
ただ、その後に起こったケンカはよく覚えている。実に胸のすく、最高の時間だった。拓哉は「てめぇ、生意気なんだよ」とかいって殴り掛かって来た。オレは、そんな拓哉をパンチ1発で沈めた。身体が軽かった。ものすごい力が出た。殴られても全く痛くなかったし、なにより、最初から「オレが勝つ」ことは分かり切っていた。
結局、10分も掛からずに拓哉とその仲間達をボコボコにした。
その後は、アイツラが反抗する気が無くなるまで、多分2時間くらい掛けてじっくりと全員をいたぶった。そして、泣きながら「許して」というアイツラ全員にオレの「黒い滓」を植え込んでいった。
なんでそんな事が出来るのか分からないが、あまり考えなくても出来た。そして、黒い滓を埋め込まれた拓哉達は全員がオレの言いなり、子分……いや、下僕のような感じになった。
それで立場が逆転した。
*******************
(楽しかったなぁ……他人を屈服させるのは、実に愉快だ)
ああ、オレもそう思う。
(彩音って女も……楽しみだなぁ)
「ああ、そうだな」
オレはそう言って周囲を見渡す。
場所は荒川沿いの建築会社の資材置き場。平屋の倉庫にある事務所の中だ。応接セットのボロいソファーと事務机が2つばかり。後は場違いなベッドのマットレスが1つ床に置かれただけの殺風景な部屋。
この場所も、彩音を攫うためのワゴン車も、全部拓哉が用意していた。でも、今は全部オレの物だ。
その室内には拓哉を含めた2人の下僕がいる。残りの3人は彩音を攫ってこっちへ移動中だ。あと30分もすれば着くだろう。待ちきれない。
――ガタッ
と、背後で音がする。物置の中に閉じ込めてある浩二とその彼女の詩音がモノ音を立てたのだろう。もう抵抗する気力は無いと思っていたが、存外元気が残っているようだ。
オレは、下僕の1人に目配せをする。
すると、そいつは頷いて背後の物置に入っていき……ドカドカと物音を立てた後に2人を静かにさせた。
オレは浩二とその彼女の詩音が見せてくれた楽しい光景を思い出してニヤリと笑う。
この2人は周囲にオレの事を触れて回って、オレから居場所を奪った。特に浩二は小学校からの親友だと思っていた。なのに、オレを裏切って、オレが困るような事をした。だから、浩二は特に入念にボコボコにした。
気絶すれば、オレの中の「黒い滓」の力を与えて回復させ、もう一度ボコる。それの繰り返しだ。そして、合間合間に彼女の詩音が俺の下僕たちと「お楽しみ」をする光景を見せてやった。
浩二の彼女の詩音には既にオレの「黒い滓」を植え込んである。だから詩音もオレの下僕だが、浩二はそんな事を知らない。そういう状況だからこそ見られる飛び切り面白い光景があった。
浩二の方にはまだ「黒い滓」を植え込んでいない。アレは、そうだなぁ……彩音が済んでからのお楽しみにしようか……壊れるまでいたぶり尽くしてから、殺してしまおう。
(でも、そんなに余裕で良いのか?)
と、そんな声が頭の中に響く。声はずっと前から頭の中で響くようになっていた。しかし、これまではオレに同調するような事ばかりを言っていたのに、今の声の内容はちょっと違う。
「どういうことだ?」
(あんまり余裕をかましていると、クルセイダーが……おっと、この国では「式者」とか言ったか、厄介な連中が来る)
「クルセイダー? 式者? なんだそれは?」
(
「ふん! 来ても、ぶっ殺すだけだ」
(手ごわいぞ……それに邪魔をしてくる)
「邪魔は嫌だな……どうする?」
(そうさなぁ……この辺りをオレとお前の縄張りにしよう)
「それで良いのか?」
(さぁ? 良く分からん)
「なんだそりゃ……好きにしろ」
(そうさせてもらう)
頭の中の声はそう言うと黙り込む。しかし、オレには声の主が何かをしようとしているのが分かる。この声の主が「何か」をする時、その力はオレの身体を通して外に出るからだ。そして今も、
――ドクンッ!
拓哉たちをやっつけた時のように、突如鼓動が大きくなる。腹の底が氷を突っ込まれたかのように冷たくなり、次の瞬間にはカッカするような熱が生まれる。「黒い滓」がバッと全身に広がるのが分かる。オレはこみ上げてくる衝動に我慢できず、ソファーから立ち上がると、
「うがあああぁぁぁっ!」
声の限りに叫んだ。同時に全身から力が放たれる。それは部屋の壁をすり抜けて、敷地一杯に広がると、
――ズンッ
そして、
「……うん、やっぱり今はこの程度か……」
オレの口からオレ以外の声が出た。
「さぁ、生贄を迎える準備をしよう。この愚かで馬鹿で可哀そうな少年が身も心も魔になるための、大切な生贄だ――」
(何を言っている? 生贄? なんの話だ)
「ハハハハハハ、生贄だよ。お前がオレと同じ『魔』になるための生贄さ!」
オレの中に居たはずの「声の主」は、いつの間にかオレの表側に出ていた。そして、代わりにオレが中に閉じ込められた?
「おそいおそいおそいおそい、まったくおそいよ気が付くのが。でも大丈夫だ。感覚は残っている。気持ちいいぞ~、病みつきになること請け合いだぁ」
オレを乗っ取ったオレは、そう言うと笑い声を上げ、そしてフッと真顔に戻る。外から車のエンジン音が響いて来きた。
「どうやら着いたようだな……でも、余計なモノも一緒に連れて来た」
そう言って左手を振り上げる。
「折角だから、こんな東洋のちっぽけな国のクルセイダー……じゃなかった……式者か……とにかく、実力を見せて貰おう」
そう言う内に、左手の上の空間に怪しい赤紫の光の環が広がる。
「出てこい、アスモーン! オレの眷属ども!」
次の瞬間、赤紫の光の環の中に無数の文字が模様のように浮かび、一瞬だけ妖しくパッと瞬く。そして、先程と同じ様な力の波が四方へ伸びていき、たちまち、異様な気配が周囲を満たす。
「しっかりと、お出迎えしなきゃなぁ――」
オレを乗っ取ったオレは、そう言うと又もバカみたいな高笑いを始めた。
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