Episode02-18 八等穢界(生成り)① 生成りという怪異


 距離にして2、3km先の「建築資材倉庫」までの道すがら、俺と2名の同行者は短い会話を交わした。さしずめ「自己紹介」兼「作戦会議」といったところ。


 青田丸翔太あおたまる・しょうたは、見たまんま大男。多分身長は190cm近くある。身長相応に体格もたくましく、随分と重厚な見た目(頭が角刈りだから尚更そう見える)だ。しかし、話してみると(結構差し迫った状況にも関わらず)物言いは穏やか。普段の温厚な性格がにじみ出ている。


 格好はスラックスに半袖のワイシャツ。足元が厳ついエンジニアブーツである事とゴツ過ぎる体格を除けば、何処にでもいる夏仕様のサラリーマンだ。そんな翔太さん(もう1人の黒髪美少女がそう呼ぶので、俺も自然とそう呼んでいる)が短く語るところによると、詳しくは言えないらしいが「或る大きな組織の下っ端として長年働いている」とのこと。


 なんとなく、会社勤めのサラリーマンを連想してしまうが、勿論彼が言う「或る組織」がただの会社だとは思わない。「穢界」やそこに現れる「怪異」を浄化する事を生業とした組織なのだろう。


 一方、俺が勝手に名付けた「黒髪超絶美少女」こと「白絹麗香しらぎぬ・れいか」は……何と言うか、翔太さんとは対照的だった。


 ちなみに彼女、今日はセーラー服ではなくグレーのダブッとした半袖パーカーにチノパンとスニーカーというラフな格好。それでも、今がこんな状況・・・・・でなければ思わず見入ってしまう程の普段着美少女っぷりだ。しかし……なんだろうか? 妙に口が悪い。なんというか、態度がツンケンしている。それも、俺にだけ……なんでだ?


 開口一番、白絹しらぎぬさん(とてもじゃないが「麗香れいか」と呼び捨てする翔太さんの真似は出来ない)は


――あの使鬼、あなたのでしょ? あれは「神鳥かんどり」ね? なんであれが使えるの? あなた陰陽師なの?――


 と詰問調で食って掛かって来た。


 ちなみに、この直前に俺は翔太さんに「EFWアプリ」のクラスやレベルを訊き、


――それは秘密で頼む。お互いに・・・・その方がいいだろう――


 と躱されたばかりなのだが、白絹嬢は「そんな事」など全然お構いなしに、


――あなた、物理特化じゃなかったの? なんで「神鳥」みたいな使鬼が使えるのよ!――


 とのこと。あんまり時間的な余裕もないし、この後「どうするか?」を早く話さなければならない状況だったので、俺は簡単に(ちょっとイラッとしながら)早口で全部話した。


 出会った「八等穢界(開)」の時はアプリを取得したばかりでクラスはナシだった。その後、白絹さんの言葉通り「チュウとリアル」を勉強して、クラス選定は「スクにゃんAI」に相談した。その結果「小者」クラスの心得を習得して、現在は「陰陽学生」をやっている。「神鳥」は今日の昼に「使鬼召喚」の習熟度が★2になって覚えた。ちょっと練習しただけで使わないといけない状況になったから、お陰でそっちの車に突っ込んだんだ! レベル? 今は12だよ!


 どうだ、分かったか! と、そんな感じの勢いになった。


 それで白絹嬢は「ちょ、え? なんで、12?」となる。一方、翔太さんは


――アプリを始めて1か月も経たずに12なんて聞いた事ないが、「神鳥」はアプリ上の表示で霊力が30以上ないと使えない使鬼だ……今麗香は少し伸び悩んでいるんだ、だからちょっとムキになって当たる感じになってしまった。普段はこんな子じゃないんだ。スマナイ――


 とのこと。横では白絹嬢が「そんな事わざわざ言わないで――」とか騒いでいるが、そういう事・・・・・なら俺も大人だ。水に流そうと思った。


 それで、相当目的地が近くなってからようやく「作戦」めいた話になるが、これはもう簡単な話だった。


――私と麗香は正面から突っ込む。どうせ向こうもこちらが接近しているのに気づいて居るだろうから、コソコソする必要はない――

――八神君は「神鳥」の視界が使えるだろうから、手薄なところから中に入って先に友人を助け出すんだ――


 つまり、翔太さんと白絹嬢が正面から突っ込む間に、俺は手薄な所を見つけて穢界の中に入り、さっさと彩音を助け出す。そういう段取りだ。


(まぁ、今さっき会ったような間柄じゃ、一緒に居ても邪魔なだけだろうからな)


 そう納得する。


 ちなみに、翔太さんは今回の穢界 ――八等穢界・生成り―― について、簡単な、しかし厄介な注意事項を教えてくれた。それは、


――生成なまなりというのは、生きた人間が「魔」に堕ちて「怪異」に変貌した状態だ。おそらく、そういう手合いが穢界主えかいしゅなのだろう。八神君の友達を誘拐したように、手下や仲間が居るのだろうから、中には他にも生成り状態・・・・・の半人半魔が複数居ると思った方が良い――


 ということ。俺は思わず「え? ヒトなの?」と訊き返すが、


――半分でも魔に堕ちた時点で、もう八神君が言う「ヒト」ではない。一見すると人に見えるかもしれないが、中身は「魔」だ。……端的に言えば、殺してしまっても構わない。それでしか払うことは出来ないからな。それが私達のやり方・・・・・・だ――


 ゾッとするような答えが返って来た。


(……やれるのか……俺にそんな事が……でも、やらないと彩音が――)


 彩音を助けるためには「やらなければならない」。要は「覚悟を決められるか?」それだけの問題だ。


 しかし、状況は俺にそんな事をじっくりと考える余裕を与えてくれない。この瞬間、車は未舗装の道路の上で停車した。目的地である「八等穢界・生成り資材置き場」はもう「直ぐそこ」の距離にある。


「ここで別れよう」

「き、気を付けなさいよ」


 そんな翔太さんと白絹嬢の言葉に送り出されて、俺は車から降りる。実際「覚悟云々うんぬん」で迷っている時間は無かった。こうしている間にも、彩音がどんな目に遭っているか、それを考えれば最初から迷う必要もない。それに、


(もしも彩音が「生成り」の仲間になってしまったら、翔太さんや白絹嬢は彩音を……殺す?)


 ゾクッとする考えを頭から振り払い、俺は「EFWアプリ」を立ち上げる。そして装備品を取り出すと闇に紛れるように河川敷の茂みへ分け入り、腰の高さにまで伸びた草をかき分けて進む。


 ちなみに、これまでずっと「八等穢界・生成り」に変化した建築資材倉庫の上空を旋回していた「神鳥」の視界によると、敷地の中にはいくつもの「怪異」の存在が見えていた。ただ、全体が黒いもやに覆われていたため、「怪異」の外見までは分からない。大まかに「どの辺にいるのか?」が分かるだけだ。


「?」


 とここで、不意に「神鳥」の視界が消え去る。同時にスッと頭が晴れて軽くなるような感覚が生まれた。これは、


(ああ、時間切れか)


 ということ。


 俺は一度立ち止まると、もう一度「神鳥」を使うか考える。しかし、


(怪異の場所は大体わかったから……今は法力が勿体無い)


 ということで、2度目の召喚は行わない。


 穢界へ入る侵入地点 ――周囲に怪異の存在が少ない場所―― はもう目ぼしが付いている。


 俺は「神鳥」を再召喚するのを止め、代わりに「EFWアプリ」のアイテムアイコンから「宝珠ショップ」へ入ると、侵入するために具合が良さそうなアイテムを手早く購入。


 そして再び、藪の中を進み始めた。

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