Episode02-16 偶然の再会


「きみ、大丈夫か?」

「大丈夫ですか!」


 殆ど同時に車を飛び出した私と翔太さんは、地面に倒れ込んだバイクの運転手に駆け寄る。運転手はフルフェイスのヘルメットを被っていて、私達とは反対の方を向いた状態で倒れている。しかし、声に応じるような感じではない。


「麗香、救急車を――」

「は、はい!」


 実は、式家・式者やその郎党の活動は、時として「超法規的な措置」が許容・適用される。穢界を浄化したり、怪異を斃す過程で、無関係な一般人の生命財産に危害が加わったとしても、よっぽどのことがない限り罰せられることはない。


 これは法制度が近代的に整備された明治時代から以前からの伝統的な決まりだという。


 ただ、それはあくまで「決まり」の話。実際に人をはねて・・・しまった時、それを無視してもお咎めは無いが、実際に無視する人は少ないと思う。


 私は翔太さんの指示に従って119番にコールしようとする。ただ、スマホの画面は直前まで立ち上げていた「EFWアプリ」の「マップ」画面。このアプリ、操作性がイマイチで、一旦アプリを落とさないと通話が使えない。


 なので私は……アプリを落とそうとして固まってしまった。


 というのも、目の前でさっきまで道路に大の字になっていたバイクの運転手が「むくり」を起き上ったからだ。


「いってぇ……」


 その人はそう言うと、次いでガバッと立ち上がり


「俺のバイク!」


 と焦ったように言う。ちなみに、その人のバイクは……車高が高いSUVの運転席側のフロントフェンダー下にめり込んでいる。どう見ても、引っ張り出して直ぐに走れる感じではない。


「き、君、大丈夫なのか?」


 とは翔太さんの声だが、その声に対してバイクの人は鬱陶しそうにフルフェイスのヘルメットを脱ぐと、鋭い目つきで翔太さんをキッと睨み、


「頼む、俺を乗せてあのワゴン車を追ってくれ!」


 道路の先を指さしながら、そう怒鳴った。そして、その鋭い視線が今度は私の方へ向いて、


「頼む、知り合いが攫われたんだ!」


 と言うが、その時の私は不意に思い出した記憶の中の光景に気を取られていた。私は、この鋭い目つきと、声と、顔に見覚えがある。だって彼は――


「……あなた、八等の開いた穢界に居た人ですね?」


 で、間違いないのだから。


*******************


〔八神迅視点〕


 使鬼「神鳥かんどり」の視界と自分の視界という、2重視野状態(?)に苦しみながら、俺は何とか原付バイクを運転。しかし、ハッキリ言って「なんで運転できているのか?」自分でも良く分からないくらい、狂乱的で滅茶苦茶な暴走体験だった。


 結果的に、「日中に少し試していた経験が生きた」感じだが、それでも俺は、途中で何個も信号を無視(気が付いたら交差点を走り抜けていた)したり、いつの間にか対向車線を爆走していたり、と危ないにも程がある運転を続けることになった。


 全く以て、事故らなかったのが不思議なほどの運だよりな運転だった。しかし、そのお陰で、ようやく俺は黒いワゴン車のテールライトを自分の視界に捉えることが出来た。


 ただ、そんな運はいつまでも続かない。


 あっ、と気が付いた時には、脇道から左折してきた大きな車が目の前に迫り、何とか躱そうと車体を傾けてハンドルを右に切るが、突然後輪がスリップ。


――ズシャァァッ


 と車体ごとアスファルトの上を滑った挙句に、


――ドンッ


 俺の原付バイクは大きな車のフロント部分に呑み込まれるように衝突。一方俺は、衝突の弾みでバイクから弾かれて道路をゴロゴロと転がった。


 直ぐに「大丈夫か?」「大丈夫ですか?」と事故相手の車から降りて来た男女2人の声がするが、俺は直ぐに起き上がれない。その理由は、勿論、今の事故で怪我をしたからではない。怪我の方は打ち身に擦り傷程度だろうけど、このくらいならば放って置けばすぐに治る・・・・・・・・・・・


 そうではなく、俺が直ぐに動けないのは、


(ワゴン車が左折した! 河川敷の細い……未舗装路)


 「神鳥」の視界に変化があったから。その視界に意識を集中しているからだ。


 ワゴン車は県道を逸れて河川敷へ向かい、途中にある未舗装の道へ猛スピードで突っ込む。そうやってワゴン車が進むその先には、


(倉庫? 資材置き場? でも……)


 周囲に簡単な柵を巡らせた、それなりに広い敷地。敷地内の半分には足場やH鋼材のような建築資材が野晒しで積み上げられ、ショベルカーが3台と乗用車が2台停まっている。一方、残りの敷地半分は倉庫のような屋根で覆われている。見たまんま、何処かの建築会社が所有している「資材置き場兼倉庫」といった感じの場所。


 しかし、


(なんだ、あれ?)


 それだけではない「何か」を「神鳥」の視界は捉えていた。


 それは、敷地全体に重く垂れこめる「黒いもや」。夜の夜中にそんな黒い靄が見えるはずはないので、これは「神鳥」の視界の特性かもしれない。勿論、全く「良い感じ」がしない、寧ろ「禍々しさ」を感じる「黒い靄」だ。


(穢界……なのか?)


 俺は直感的にそう考える。というのも、その「黒い靄」の見た目が、大きさは全く異なるが、穢界の入口を示す黒い渦に似ているからだ。


 黒いワゴン車は、そんな穢界の入口にも似た「黒い靄」に埋め尽くされた資材置き場に平然と入っていく。


(くそ、よりにもよってソコかよ!)


 疑問は残るが、連中(誰か分からないけど)の目的地を突き止めた。俺は確信と共に身体を起こす。弾みで全身にピリッとした痛みが走るが、大したことじゃない。そんな事よりも直ぐに後を追わないと――


「俺のバイク!」


 言いつつ立ち上がる俺。そんな俺に


「き、君、大丈夫なのか?」


 と声を掛けて来たのは、かなり大柄でガッシリとした体格の男。今ぶつかった車の運転手だろうか? 驚いたように目を丸くして俺を見ている。しかし、俺の視線はその大男よりも、彼の後ろに見える光景 ――車の下敷きになり、フロントタイヤが半分外れている原付―― に注目した。


(アレは……もう使えないな)


 そう判断した俺は、ヘルメットを脱ぐと大男を見ながら、


「頼む、俺を乗せてあのワゴン車を追ってくれ!」


 道路の先を指さして言う。丁寧に頼むつもりが、ちょっと乱暴な口調になってしまった。お陰で大男は「え?」という顔になっている。


(マズイ……ちゃんと理由を言わないと)


 俺はそう考えると、今度は大男の連れ ――こちらは車のヘッドライトの陰になって顔が良く分からないが体つきから女性だろうと思う―― へ向かって、


「頼む、知り合いが攫われたんだ!」


 やっぱり乱暴な口調になってしまった。


(これは、俺が一旦落ち着く必要があるな――)


 反応の薄さから俺はそんな事を考えるが、ここで思いもよらない言葉が返って来た。それは、


「……あなた、八等の開いた穢界に居た人ですね?」


 一瞬「何言っているの?」というような内容の言葉だった。


*******************


「こっちでいいのか?」

「はい、2キロほど行ったら左に曲がる細い道があります、そこを曲がって」


 数分後、俺は大男が運転する車の後部座席に居た。そこから行先を指示している。


 ちなみに、俺に「八等の開いた穢界」云々うんぬんと声を掛けてきたのは、なんと、以前のショッピングセンター跡地に出来た穢界で遭遇した「黒髪超絶美少女(勝手に俺が命名した)」だった。我ながら「よく覚えているな」と感心するが、あんなにインパクトの強い場所で出会った、インパクト強めの美少女だから、忘れるほうが難しいと思う。


 なんというか、こんな状況でも無ければ「不思議なご縁ですね~」とか「偶然ってあるでんすね~」とか言いたい気分だが、今はそうではない。それに、彼女(名前を「白絹麗香しらぎぬ・れいか」と名乗った)ならば、「EFWアプリ」ユーザーで間違いない。だったら話が早い。


「多分、その辺に『穢界』が出来てないですか?」


 と言う。それで大男(青田丸翔太あおたまる・しょうたと名乗った)が「なんで穢界を知っている?」と言うが、直ぐに麗香が「彼、アプリユーザーです」と言う。


 そんなやり取りの後、麗香は助手席でスマホを操作して……突然大声を上げた。


「あった、翔太さん、ありました、八等穢界……ナマナリです!」

「場所は?」

「いま八神さんが言った場所です」


 どうやら「神鳥」が送って来た視界の情報は正しく、あの「黒いもや」に包まれた資材置き場は今「八等穢界・ナマナリ」になっているらしい。


(ナマナリ……ってなんだ?)


 と思うが、俺がそんな疑問を口にする前に、翔太さんが口を開く。


「そうか……八神君」

「はい?」

「危険だが……いいのか?」


 「いいのか?」とは、つまり、「行くのか?」という意味だろう。だったら答えは当然、


「勿論!」


 それしか無い。



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