Episode02-15 追跡、そして
彩音の姿が消え去った。
目の前で起こった出来事に呆然とする俺。殆ど何も考えられずに、無意識のままポケットからスマホを取り出す。画面には彩音からの「着信」があった。急いで掛け直すが……彩音のスマホの電源はもう切られていた。
(……連れ去られた?)
ようやくそう理解できた瞬間、俺はヘルメットを被り直して原付のスロットルを目一杯開けていた。
(警察に――)
とも思うが、110番している暇はない。遥か前方では、路地から大通りに出ようとする黒いワゴン車が左折のウィンカーを出して……一旦停止せずに大通りへ強引な合流を果たす。
(くそっ!)
俺は、精一杯スロットルを捻りそれに追いつこうとする。オンボロスクーターのエンジン(110cc)が悲鳴のような唸り音を上げる。
――ビィ、ビィーッ!
大通りに入ったところでタクシーからクラクションを鳴らされるが、幸いな事に接触は免れる。俺の視線の先では、信号待ちの車列の最後尾に位置する黒いワゴン車。
(追いつける――)
俺がそう思った瞬間、ワゴン車は対向車線へはみ出して強引に前進すると、そのまま右折レーンから赤信号の交差点に突入。
(マジかよ!)
その傍若無人な運転に驚きつつも、俺は急いでワゴン車の後を追って交差点に突入。信号無視とか、そんな事はどうでも良い。しかし、
――ガシャンッ!
目の間で、黒いワゴン車によって急ブレーキを余儀なくされた車の後方にタクシーが突っ込む。俺は、突っ込んだタクシーに進路を塞がれ、慌ててハンドルを切りながらブレーキを握る。その結果、
――ズシャッ!
いわゆる「握りゴケ」の状態でバイクがフロントから転倒。俺は放り出されて道路の上を転がる。一方、バイクは幸いな事にタクシーには当たらずにそのまま路面を滑って路肩の縁石に当たって止まった。背後でタクシーの運転手が降りてくる気配があるが、俺はそれを無視。急いで起き上るとバイクに駆け寄り、車体を引き起こそうとする。この間も、黒いワゴン車のテールランプは遥か前方に遠ざかっていく。
「クソ!」
俺はツバが出る程の勢いで悪態を吐く。そして、仕方なく警察に連絡しようとスマホを取り出すが、そこでハタと気が付いた。
「使鬼召喚、『
その瞬間、白いインコが目の前に現れる。俺は、
「あのワゴン車を!」
別に声に出す必要はないのだが、大声でそう言う。そして、改めてバイクを引き起こすと、視界の先をピューッと飛んでいく白い鳥の後を追って、再び走り出した。
*******************
〔
国産SUVの助手席で、私は少し古いカーナビ画面とスマホの「
時刻は夜の10時40分を過ぎたころ。ちょっと前から車内には「ダレた」空気が漂っている。というのも、
「お
運転席に座る翔太さんが言うように、今回の件は「空振り」のような気がしてきたからだ。
私も翔太さんも「
それは「蒼紫家の郎党」としての役割。つまり、中央の「陰陽寮」の占宜に従い、首都東京の付近で発生が予想される
翔太さんに言わせると、
――EFWというアプリが出来る前は、こんな事は滅多に起こらなかった――
という事だが、最近では毎週のように起こっている。恐らく何か「大きな変化」が有って、等級の低い「穢界」がそこら中に出来るようになり、その中から低確率で「特殊な穢界」が発生するのだろう。
「特殊な穢界」が発生するメカニズムは不明。ただ、少し前に私が単身で乗り込んで、なんだか良く分からないガードマンの制服を着たアプリユーザーと共に解決した「八等穢界(開)」のように、何等かの「由来や因縁」がある事が多い。
あの時は、「
まぁ、結局は未遂に終わったが、その後サラリーマン風の男は自分が関わった数々の「贈収賄・横領・その他諸々」を病院で警察に白状したらしい。お陰で、八月上旬の一時は、ローカルニュース(一部全国報道でも)はその事件関連の報道ばかりだった。県庁や市役所、幾つかの民間企業を中心に、結構な数の逮捕者が出たらしい。
だから、怨霊「小林武史」の「怨詛」はある程度成就したのだろう。
と、そう言う話はさて置いて、とにかく「特殊な穢界」は往々にして危険な場合が多い。中には等級を無視して強力な怪異が出現する場合もある。そのため、一般の「
今回もそんな「特殊な穢界」が発生したと思われたのだが、
「どうだ、麗香?」
「全然見当たりません」
私は車のナビを見ながら「
――昔はその場で占って場所を探していた――
ということだから、便利になったのだろう。でも、そんな便利な「マップ」にも今のところ「特殊な穢界」を示す表示は見当たらなかった。
場所はさいたま市付近の荒川の河川敷だ。荒川沿いに走る道路をもう、何往復もしている。
「一応念のため、もう一回この辺を回ろう」
「はい」
「帰りに何か食べて帰ろうか?」
「う……五穀断ち中でして」
「は? 五穀断ち? そんな事、育ちざかりの女の子がやる事ではないだろ……まったく、また無理をして」
「すみません……性分なんで」
「……自分で言うな……」
呆れた声でそう言う翔太さんは、私とひと回り以上歳が違う36歳のおじさんだが、本当に優しい人だ。死んだ私の両親とも面識があるらしい。なので、何かにつけて気に掛けてくれて、面倒を見てくれる。私が翔太さんと組んで仕事に当たるのも、その辺の理由が大きい。
「とにかく、終わったら何か食べて帰ろう」
「はい……」
翔太さんはそう言うと、T字路の一旦停止ラインで止まり、左折しようとウィンカーを出す。
周囲は外灯も無い真っ暗な川沿いの県道。しかし、時折車が通る。今も丁度――
――ブオオォォンッ!
物凄い速さで黒いワゴン車が目の前を通り過ぎて行った。
「危ない運転だな――」
翔太さんはそんな風に呟いてアクセルを踏む。その時だった。今度は目の前を「真っ白い小鳥」が猛スピードで横切る。ただの「白い鳥」ではない。真っ暗な夜中にそんな鳥がハッキリと浮かんで見えるはずがない。アレは――
「翔太さん、
私の言葉に翔太さんがブレーキを踏む。車は左折途中の中途半端な格好で停車する。
「っ! 式神?」
「いえ、式神というか……たぶん下級の『
私は言いつつ左の先を見る。そこには、暗闇にボウッ浮かぶ鳥の後ろ姿。そして、その先には随分と遠ざかった黒いワゴン車のテールランプが見える。
「誰かの使鬼か?」
「分かりません。けど、今の車を追っているような――」
「う~ん……まぁ」
霊力というか霊感の「質」の差で、翔太さんには
「行く方向は一緒だな」
そういって、もう一度アクセルを踏み込む。その時だった。
パッとヘッドライトの明かりが車内に差し込んだかと思うと、
――ガシャァァ
と何かが引き摺られながら滑る音がして、
――ドンッ!
車内に衝撃が走った。
「しまった!」
と、翔太さんが叫ぶ。私からも見えた。それは……ヘルメットを被った人。それが車の前方を右から左へゴロゴロと転がり、道路に大の字になって動かなくなる様子だった。
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