Episode02-14 拉致?


 俺は自宅アパートの1室(といっても1DKの間取りだから1部屋しかないけど)でしばらく悶々としていたが、結局、考える事が面倒臭くなり外へ出た。その足で、最近のルーティーンである「午後の穢界」へ行く。


 ちょっと気分が乗らないので、今回は「最終調整」の意味を込めて「九等穢界」に行くことにした。場所は国道沿いの病院の裏。そこで、見た目がそのまんま「子供のミイラ」的な怪異 ――小骸穢こむくろえ―― を相手に、呪符術やら使鬼召喚やらを試し、最後は「一文字比良坂(偽)」を振り回して……ストレスを発散した。


 人間世界の穢れが凝縮した穢界で、その住人である怪異を相手に「ストレス発散」するのは、ちょっと人としてどうかと思う・・・・・・が、深く考えるのは止めよう。浄化ポイントは貰えるけど、ドロップ品が出ないのだから、せめて練習相手になって貰わなければ釣り合いが取れない。


 ちなみに、今回の穢界で「使鬼召喚」が習熟度★2になった。まぁ「蛍火」を飛ばすのが面白すぎて(自宅アパートでも使いまくっていたから)アッという間に上がった訳だ。それで、習熟度が★2になった結果、新たに「神鳥」(かんどり?)という使鬼が使えるようになった。


 この「神鳥」は「符冊(無地の呪符20枚綴り)」を1冊まるまる消費して、更に法力20を使って召喚できる使鬼で、白いインコのような姿をしている。その効果は、視力や聴力を「神鳥」と共有できるというもの。少し説明が難しいが、使うと俺の視界の片隅に「神鳥」の視界がワイプ画面のように出てくる。その画像に意識を集中すると、今度は「神鳥」の視界が大きくなり、俺の視界が小さくなる。


 ハッキリ言って


(使いにく……というか、どんな風に使うんだ?)


 というもの。


 まぁ、穢界の中で先の状況を知りたい時に使えば偵察の役には立つかもしれない。でも、使いこなすには結構「慣れ」が必要だと思う。特に、「神鳥」の視界に集中した時に起きる「3D酔い」のような症状は結構厄介だ。それに「符冊」を1冊(50宝珠分)消費するところも、ちょっとコスト高な印象が強い。


 ただ、ちょっとだけ「可能性」を感じるのも確か。なので、


(後でじっくり試してみるか)


 ということにした。


 とまぁ、途中でこのように新しいスキルを得て試したりしながらも、俺は「九等穢界」を浄化。収入はドロップ「ゼロ」だが、浄化ポイント(今回は17ポイントだった)は貰える。


(宝珠をチャージして……ああ、そうだ。無地の符冊を仕入れておかないとな)


 そんな事を考えながら、俺は「九等穢界」があった場所 ――国道沿いの病院裏手の使われていない焼却炉跡―― に原付二種のスクーターを停めて、それに跨ったままスマホを弄る。


 その時だった、


 不意にスマホが振動して、メッセージアプリの着信を伝える。メッセージの送り主は……


「彩音……」


*******************


 正直に言うと、「ホッ」とした。そして、ホッとした自分に気が付き、相当気にしていた事を再認識した。


 彩音のメッセージは


――こんにちわ~ 迅さんお久しぶり~ 元気してたぁ?――


 というもの。何の変哲もない、如何にも「彩音らしい」感じで、なんだか色々気にしていた自分が馬鹿らしくなってくる。


 ちなみに、俺は直ぐに返事を返した。そして、メッセージのやり取りがしばらく続く。


――久しぶり、そっちは元気そうだな――

――そうそう、結構調子が良いよ。でもヘンでさ。穢れPの減る速さが迅さんと一緒に居る時と全然違うんだよね――

――どういうこと?――

――う~ん、1時間に1ポイント減る感じに戻った? みたいな?――

――いや、疑問形で言われてもわからんが――

――説明が難しいから、今夜会えませんか?――


 突然真面目な口調(文調?)になったけど、う~ん……夜の予定なんて「穢界」くらいしかないな。


――何時?――

――あ、大丈夫な感じ? だったらバイト終わった後の夜10時半。この間のネカフェの前で待ち合わせ――

――了解――

――じゃ、バイト行ってきま~す――


 こんな感じのやり取りで、今夜、彩音と会う事になった。


*******************


 彩音からの連絡があったのが午後の4時前だったので、俺は一旦自宅アパートへ戻った。


 そして、習得したばかりの使鬼召喚「神鳥かんどり」を部屋の中で試したりしながら時間を潰した。


 ちなみに、使鬼召喚のスキル「蛍火」と「神鳥」は両方とも現実世界でも・・・・・・使うことが可能だ。別に「穢界」の中限定という訳ではなかった。強いて違いを挙げるとすれば、両方とも、穢界の中では1時間ほど効果が続くが、現実世界だと半分ほどの持続時間になる。それくらいだ。


 それで俺は、狭い室内で召喚した「神鳥」を飛び回らせて特殊な視界共有の感覚に慣れようとしてみたり、「蛍火」と「神鳥」を両方召喚して、同時に操れるか試したりしてみた。


 その結果分かった事は、まず、「神鳥」との視界共有は「なんとかなりそう」な感触だったこと。まだ少し「3D酔い」のような症状になるが、最初に比べると随分とマシになった。少なくとも、俺が「じっと動かない」状態ならば問題無い感じだ。


 次に分かったことは、「蛍火」と「神鳥」の両方を同時に操る事は、今のところ「出来そうもない」ということ。強烈な頭痛と眩暈で普通に座っている事も出来ない状態になってしまった。ただ、こちらも頑張れば「なんとかなりそう」な気はしている。


 そして最後に分かったことは「神鳥」の追尾機能だ。「蛍火」と同時に操るこころみの中で、ためしに「蛍火」だけを操り、それを神鳥に追いかけさせてみた。その結果、室内をふわふわと移動する「蛍火」を「神鳥」は自動的に(パタパタと羽ばたきながら)追尾し始めた。


 この間、俺は「神鳥」を操ることに意識を割いていない。ただ、「神鳥」の視界は共有されるので、俺の視界の片隅にはワイプ画面のような視界に映る「蛍火」の光源が見えていた。


 その後、俺は部屋の窓を開けて「神鳥」を外に放ち、どれだけ遠くまで行けるのか試してみた。その結果、近所のショッピングモール(俺がスマホを買った店のあるモール)を飛び越し、最寄り駅(徒歩20分、距離は2kmくらい)も飛び越し、その先へ少し行ったところで限界を迎えた。恐らく行動範囲は5km位だろう。


 ちなみにこの間、敢えて通行人の前を横切ったり、信号待ちの車のボンネットに降りてみたりしたが、どうやら普通の人に「神鳥」の姿は見えないようだった。


(……これ、結構スゴイ効果のスキルじゃないか?)


 なんというか、「符冊」1冊まるまる消費(50宝珠)はコスト高だが、やれる事が多すぎて、逆に「コストに釣り合っていない」気がする。まぁ、早い話がコスパの良い使鬼だと気が付いた訳だ。


(もうちょっと練習した方がいいな)


 そんな結論に達して、時計を見る。いつの間にか時刻は午後の6時半を過ぎていた。


*******************


 その後、軽く夕飯のカップ焼きそばを食べてから、俺は午後7時過ぎに自宅アパートを出発。


 ちなみに、今回は大宮駅前まで自分の原付バイクで行く事にしている。理由は、まぁ前回の反省を踏まえて、遅くなっても自宅に帰る事が出来るようにするため。後は、


(待ち合わせは10時半だから、時間の余裕はあるな)


 ということで、行き掛けの駄賃に穢界へ入るためだ。「EFWアプリ」のマップ機能で調べると、丁度自宅アパートと大宮駅の中間地点に「九等穢界」の存在を示すアイコンが出ている。


(また九等……でもまぁ、いいか)


 ちなみに「九等穢界」では、もうドロップ品は出ないが、それでも浄化ポイントが平均して15ポイントほど入る。


 一方、今日の俺は後半に調子にのって「神鳥」召喚で符冊を4冊も使ってしまった。これだけで宝珠マイナス200。2万円の出費だ。午前と午後の2回の「穢界」で収支がマイナスという事ではないが、この後彩音と会う事を考えると、もう少し稼いでおきたい。


 そういう事情で、俺はまたも「九等穢界」に入り、特に問題なく浄化を終える。


 その後はなんやかんや・・・・・・と時間を潰し、約束の10時半の少し前に大宮駅前のネットカフェに到着。


(っと、何処に停めるか……、駐輪場はマズイか?)


 ただ、バイク移動に慣れていないので、俺は停める場所が分からずに少し周囲を行ったり来たりしてしまった。


 そんな時だった。丁度、路地の角を右折したところで、俺は向こうの方から歩いて来る大きなドラムバックを肩に提げた彩音の姿に気が付いた。


 相変わらず、ピンクに染めたロングヘアに水色のワンピースとスニーカーという格好だが、前に会った時のような「疲労感を通り越した悲壮感」は感じられない。細い路地の左側を、スマホを片手で操作しながら、早歩きでこちらへ向かって歩いて来る。


 俺は一旦原付バイクを停めると、ヘルメットを脱いで彩音に合図を送ろうとする。そんな俺の横スレスレを1台の黒いワゴン車が「ゴォー!」と音を立てて加速しながら通り過ぎる。


(あぶな!)


 思わず仰け反り、その勢いで立ちゴケ・・・・しそうになる俺。そんな俺の視界の先で黒いワゴン車は路地を歩く彩音の真横あたりで「キィー!」とタイヤを鳴らして急停車。そして、


「キャッ! なに、なんなの!」


 彩音の声。


(なんだ?)


 その状況に理解が追い付かない俺。次の瞬間、ポケットに入れたスマホが鳴る。そして、


――バタンッ!


 大きな音を立ててワゴン車のドアが閉まり、再び「グオォォ!」と急発進。


 ワゴン車が立ち去った先には……彩音が持っていた大きなドラムバックだけが転がっていた。



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