Episode02-13 十種一族の少女


 古来よりの歴史を紐解けば、幾つかの異論・論争がある事は確かだが、日本という国は紛れもなく「世界最古」を名乗るに足る歴史と文化の連続性を持つ国だ。


 そんな古い国である日本には、有史以前より連綿と血脈を繋いで来た者達がいる。決して歴史の表舞台に立つ事のないそれらの者達は、神々に成り代わり、この日本という国を霊的に守護し続けて来た。


 知るべき人々は、それらの者達を総称して「式家」と呼ぶ。また、その傍流や庶流に生まれた力の有る者を特に「式者」と呼ぶこともある。彼等は時に単身、時に一族の者達を郎党として引き連れ、千数百年に渡りこの日本を守って来た。


 そのような「式家」のなかでも、特に力が強く格の高い「土御門家」「御蔵橋家」「氷川党」「日野原氏」「十種一族」を「壱等式家いっとうしきけ」と呼ぶ。彼等は、21世紀の現代においても、時として政治や社会を動かす力を持つ。ただし、決して表の世界で彼等の名が語られる事はない。正真正銘の陰の実力者だともいえる。


 しかし、そんな陰の実力者達であっても、成す術なく抗いきれない大きな力というものがある。それが時代のうねり・・・だ。


 明治維新からの近代化の波、二度に渡る世界大戦と敗戦による国家的な自意識の喪失と国民的な価値観の転換。目まぐるしく進む国際化と高度に発達した情報化の流れは止めようもなく、古い国「日本」の更に古い部分に属していた式家・式者達に襲い掛かる。


 結果として訪れたのは、他の伝統文化産業と同じような「高齢化・後継者不足」だ。特に霊的な侵害者と戦う事を求められる彼等は「成ろうと思ったから成れる」性質の職業ではない。努力は一定の力の差を覆し得るが、それでも埋めきれない「生来の才」が必要であり、それが重要だとされているのが「式家」「式者」の世界なのである。


 ただ、「高齢化・後継者不足」という形で彼等に牙をむいた時代のうねり・・・は、同時に新しい技術による恩恵となって、彼等の元にもたらされた。それが、


――Evil Field Walker――


 通称「EFW」と呼ばれるスマートホンアプリだ。それもただのアプリではない。日本にあまねく「八百万やおよろずの神々」を統べる2柱の大神が認めたアプリだ。


 1年半前の正月、全国津々浦々に居る「式家」「式者」はほぼ一斉に何等かの「神託」を得た。それは、


――天地開闢以来、長きにわたってこの国を守護してきた「葦原中津国あしはらのなかつくに根固乃秘儀ねがためのひぎ」による大結界を解き、今後はより強い怪異に対応する新しい結界を張る。それゆえ、弱い怪異が引き起こす「さわり事」が今後増えるであろうが、その対応として「あぷりけーしょん」を用いるのだ――


 そして、


――「あぷりけーしょん」は力を持たず、式家の郎党にすら成れない者共にも怪異と戦う力を与える。そのような者共を活用しつつ、本格の式家、式者は身を養い力を蓄えよ――


 ということ。このような「全国同時一斉神託」は歴史上も非常に珍しく、業界はおおいにざわつく事となった。しかも内容が内容であるため、騒ぎは大きくなる……かと思われたが、実際はそうでもなかった。


 実はこの神託の半年ほど前に、「壱等式家」の一角を担っていた「日野原氏」が再興不能なほどの損害を受けていた。そのニュースは業界全体に「起きるべくして起きた悲劇」として伝わっていたため、この神託は「常時過労気味」だった「式家」「式者」をいたわりつつ、今までは使えない人材・・・・・・だった者達を活用する神様の知恵、として受け取られることになった。


 ただ、これで全体が「丸く収まった」訳ではない。


 「あぷりけーしょん」は、これまで「力量不足」として放って置かれた者達に、怪異と最前線で戦うという役目を押し付ける形になった。


 結果、或る者は怯え、或る者は強制され、或る者は誇りに思い、また或る者は野心を持った。


 そのような者達、総勢1,000人が最初期ユーザーとなり、「EFWアプリ」は日本でのクローズドβに突入した。


 そして今ここに、「EFWアプリ」よって自分の将来を左右される、そんな1人の少女がいた。その名を「白絹麗香しらぎぬ・れいか」という。


*******************


白絹麗香しらぎぬ・れいか視点]


 真夏の最も暑い午後のひと時、私は2間続きの奥の6畳間の雨戸を閉め、外の日差しが一切室内に入らない環境を作ると、暗闇の中に灯した燭台のろうそくを半眼で見詰める。


(暑い……けど、まだ……)


 真っ暗な部屋を照らす蝋燭の炎は、不自然にユラユラと揺れている。しかし、これではまだまだ足りない。弱すぎる・・・・


 霊力を高めるには集中力が必要。それは「式者」としては基本中の基本。どんな時でも、正しく集中し、私自身の体に眠る乏しい・・・霊力を最後のひと絞りまで励起させる。


 私は、こうやって限界まで霊力を励起させる訓練を愚直に、もう4年は続けている。ある人のアドバイス「霊力? そりゃ力と同じだから、毎日使っていれば成長するじゃろ」を真に受けて、それ以外の方法を知らないから、本当に毎日毎日やっている。


 それもこれも、3年前のあの日、15歳になったばかりの私に申し渡された厳然たる将来を覆すための努力だ。


――麗香、あなたには残念ながら才能がない。だから、18歳になったらこちらの世界・・・・・・との関わりを断ちなさい――


 ご当主の奥方、祥子しょうこ様の言葉。そして、


――麗香、君がお父上の健一君やお母上の京香さんの遺志を継ぎたいと考えていることは十分に分かっている。でもね……才が無く力の弱い者にとって、私達の住む世界は厳しく過酷だ。中途半端に関わり続ける事は良い事ではない。普通の女性として生きなさい。そうすれば、亡くなった健一君も京香さんも安心するだろう――


 そう言うのは、「十種とくさ一族」を束ねる主家「蒼紫家」の当主、鬼丸おにまる様の言葉。


 しかし、当時の私は中学3年生。多感な時期真っ盛りの私は、そんな厳然たる「言い渡し」を素直に受け入れることは出来なかった。


 勿論、当時でも自分の立場は分かっていた。白絹しらぎぬ家 ――十種とくさ一族の分家のひとつ―― の私が、蒼紫家に養ってもらっている。その理由は簡単だ。私の両親は私が10歳の時に怪異との戦いで命を落とした。


 十種一族には昔から「一族相助いちぞくそうじょ」の掟がある。だから、10歳にして両親を亡くした私を鬼丸様も奥方の祥子様も当然のように手元に置いて養ってくれた。その恩は計り知れない。


 でも……いや、だからこそ、私は父と母の跡を継いで式家「白絹家」を守らなければならない。喩えそれが難しくても、式者として生き、そして何時かは私の父母を殺した怪異をこの手で討ち果たしたいと考えている。


 それは、当時も現在も変わらない私の「想い」だ。


――じゃぁ、こうしよう。18歳になるまでに「四等式者」でいいから、その実力を身に付けて見せて欲しい。そうすれば、私は麗香が独り立ちして「白絹家」を再興する事に何の異論もない。いいかい、四等式者だよ――


 今でも思うことだが、ご当主の鬼丸様は本当にお優しい方だ。頑として譲らない私にそんな妥協案を出してくれた。もうひと頑張りするだけの時間的な余裕を与えてくれた。


(だから……消えてよ、蝋燭!)


 四等式者の格付け基準のひとつに「霊力」で蝋燭を消す。というものがある。法術のたぐいの助けを借りず、純粋な霊力で蝋燭を消すことが出来れば「霊力は四等式相当」という事になる。


 ただ、その「蝋燭を消す」ことが出来そうで出来ない。


 出来そうな気はしている。直感的に、私の中には未だ活性化していない霊力があると思っている。でも、その霊力は何をどうやっても私に応えてくれない。何か切っ掛けが必要なのかもしれない。しかし、一体どんな「切っ掛け」があるというのか……これ迄だって、散々色々と試して来たのに――


――グゥゥ


 集中とは真逆の、雑念の境地に至った結果、お腹が鳴ってしまった。


(五穀断ちをやってみたけど……流石に4日連続はやり過ぎかな)


 そんな事を考えながら、一区切りするために目を開ける。そんな時だった、


――ジリジリジリジリ


 部屋の黒電話が鳴る。


 私は慌てて部屋の電気を点ける。そして、ふらつく足元に難儀しながら電話に近寄ると受話器を取る。受話器の向こうから聞き慣れた男の人の声が、


『陰陽寮から占宣の連絡があった。今晩、埼玉県さいたま市の荒川河川敷でおかしな穢界が出現する可能性が高いらしい』


 と告げる。


「また、この間みたいな『開いた穢界』ですか?」

『わからない。ただ、普通でない事は確かだ……もしかしたら生成なまなりかもしれないと』

「……生成なまなり……ですか」

『どうする、麗香? 他のを回すか?』

「いえ、翔太さん。私が行きます」

『ありがとう、今回は私も行く。車の手配をしておくから30分後に裏門前で――』


 家の電話が鳴る時は、大体こんな感じ。


 「EFWアプリ」のクローズド・β時代からのユーザーとして、低級穢界に出現した特殊穢界を潰す。それが、私の「蒼紫家の郎党」としての仕事であり、私の「想い」を叶えるための唯一の手段なんだ。



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