Episode07-15 白絹嬢の話
エミに「凄い」と褒められてテレていた爺ちゃんだが、直ぐに婆ちゃんから「みっともない」とツッコミを入れられ、取り繕うように普通の様子に戻った。
それで、
「改めて……エミ様、ようこそおいで下さいました。ご滞在中はご自分の家と思ってお寛ぎください」
居住まいを正して、婆ちゃん共々頭を下げる。その様子に俺は、
(エミ相手に何もそこまで
と思うが、もしかしたら爺ちゃんと婆ちゃんのこの対応の方が「正しい」のかもしれない。ただ、そんな畏まった対応を向けられたエミは、
「……分かった。でも普通にして。名前もエミでいい」
やっぱり居心地が悪そうだった。
******************
その後、一旦中断していた食事を再開。爺ちゃん婆ちゃんは少し緊張気味だったが、俺と彩音にとって「エミ」は早速家族みたいなものだ。だから、この3人のやり取りは極々普段通り。
「迅、ソース掛け過ぎた……」
と、自分のとんかつをソースでヒタヒタにしてしまったエミが無言の「交換して」の圧力をかけてくる。対して俺は、
「俺、醤油派なんだけど――」
言いつつ、仕方なくエミのソースドバドバとんかつと自分のを取り換える。その隣で彩音が、
「お野菜も食べないとダメよ」
と注意しつつ根菜の炊き合わせから里芋やら人参やらをエミの取り皿に取り分ける。
「ニンジン嫌い」
「だめ、好き嫌いは」
「ぶ~」
この辺の彩音とエミのやり取りは、まんま「お母さんと子供」のやり取りのよう。ちなみに、エミの外見は小学生の高学年くらいに育っているが、最近急に大きくなったせいか、内面の精神年齢が外見に追いついていない感じだ。
神様の分霊を相手に、精神年齢を問うのも変な感じだが、とにかく、時折エミは我が儘を言う。それで、俺なんかは「あ~はいはい」と受け入れてしまうが、彩音に言わせると「ダメなのはダメって言わないと」という風になる。
「にんじん……」
それで、彩音に言われて人参を箸で摘まんだ状態で固まるエミに、
「味が染みてて美味しいぞ」
と声を掛けつつ、同じようにニンジンを食べて見せる俺。
「う~」
結局、エミも観念したようにニンジンを齧る。口の中のニンジンをどう感じているかは……まあ、分かりやすく鳥肌を立てているエミを見れば分かる。
と、この辺でテーブルの対面から向けられる視線に気付き、そちらを見ると、妙に和んだ表情の爺ちゃんと婆ちゃんがいた。
「なんだか、迅が小さかった頃を思い出すな」
「そうね……」
とのこと。
もしかしたら、今の俺と彩音とエミのように、母さんと(クソ親父と)小さい頃の俺とが、爺ちゃん婆ちゃんと一緒の食卓を囲んだ事があったのかもしれない。記憶には無いが、魔除けを掛けられ出入り禁止になる前、つまり俺が6歳未満だった頃ならば、そういう事があったとして不思議ではない。
「なんだか……こうして見ると若い夫婦みたいよ、彩音と八神さんて」
とは、ちょっと存在感が薄まってしまった白絹嬢のコメント。それで、
「そ、そうかな」
と特に否定もしない彩音と目が合って妙に気恥しくなる俺。
「うんうん。懐かしい感じがする」
一方の白絹嬢は目を細めて言葉通りに、何かを懐かしむ表情を浮かべている。
「そういえば、白絹さんは――」
と、ここで口を開いたのは爺ちゃんだ。
「あの十種の白絹さんで良いのかな?」
そんな事を尋ねる。まぁ、エミの
「え……あ、はい。でも、なんでそれを?」
ただ、突然そんな事を訊かれて白絹嬢は驚いた様子。そんな白絹嬢に対して爺ちゃんは、
「貴女のご両親の健一君と京香さんとは何度も仕事で一緒になった」
昔を思い出すように言う。そして、
「お亡くなりになったと聞いた時は本当に驚いたもの……惜しい事になったと思う。改めてお悔やみを申し上げます」
と、頭を下げる。
一方、白絹嬢は
「父と母の事をご存じで?」
驚いた表情を収めつつも、尚、戸惑いを浮かべた顔でそう言ってから、俺の方を見る。その目は「なんで知っているんですか?」と説明を求めているようだった。だから、
「うちの爺ちゃんと婆ちゃんは、式者だった……みたいなんだ」
かなり「今さら」な補足説明をしたのだった。
******************
今の今まで、俺こと八神迅の出自について白絹嬢に語ってこなかったのは、まぁ……そういう文脈の会話にならなかったから。
俺の事を調べるように言われていた白絹嬢だから、いつかは「問いかけ」があると思っていたが、案外、白絹嬢はどストレートな質問を投げかけてこなかった。この辺は「親友」である彩音に遠慮したのかもしれないが、まぁ、詳しいことは彼女じゃないと分からない話だ。
とにかく、この時点で俺のルーツ(というかまぁ父方の血筋)が秦角家という式者だと分かり、白絹嬢は驚き半分・納得半分といった感じだ。
ただ、今この場に限って言えば、彼女の興味は俺に関する事よりも、自分の両親に関する事に傾いている。
まぁ、「両親を知っている」という爺ちゃんが目の前に居るのだから、そうなるのは当然だろう。また、爺ちゃんの方も、白絹嬢に求められるままに知っている事を語り始めた。
「健一君は、息子……迅の父親の賢と歳が近かったから、賢が小さい頃は頻繁に行き来があったのだよ」
随分と昔の、たぶん40年以上前の話だが、どうやらウチのクソ親父と白絹嬢の父親「健一さん」は親交があったらしい。とても意外な話だ。
「まぁ、賢の方は式者の道を選ばなかった。だから、大きくなってからの付き合いがどれほどあったかは知らないが……まぁ、儂からすれば健一君も小さい頃から知っている子だ。だから、白絹家を継いで一線に出てくるようになった時は、なんとも嬉しかったのを覚えている」
この辺は、爺ちゃんも複雑な心境があったのだろう。
「京香さんの方は、確か山陰の出身だったか……三等式の家の娘さんだったはずだが、まぁ、綺麗な娘さんだった。本当に麗華さんはお母さん似だな」
続けてそう言う爺ちゃんに、婆ちゃんが「ほんとねぇ」と相槌を打つ。
「結婚式にも呼ばれたんだよなぁ」「そうね、賢の結婚式の時も来てくれたから」という爺ちゃん婆ちゃんの会話。ただ、
「十種一族の白絹家を継いだ後の健一君はそれなりに忙しくてなぁ、儂の方も忙しかったので、結婚した後辺りから交流が途絶えてしまった……だから、亡くなったと聞いた時は驚いたし悔やんだものだ」
という。ちなみに、白絹嬢の両親が命を落とす原因となったのは、
「
という事。
「わ、私は、いずれ父母の仇を討ちたいと――」
対して白絹嬢は、気を詰めたような口調でそう言う。そして、
「ですから、できれば何かご助言を」
と言い募るが、一方の爺ちゃんは、首を横に振りつつ
「それは
存外に堅い口調でそう言ったのだった。
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