Episode06-05 なるべくように
リビングから追い出された俺は、ちょっとだけ廊下で立ち尽くす。
内心では「冗談だよな?」と疑う気持ちが無いでもないが、結局、ハニ〇君によって締め切られてしまったリビングの扉が開くことは無かった。
どうやらエハミ様は「本気」で言っているらしい。
(だとすると……)
視線を巡らせると、さして長くもない廊下の突き当りには玄関スペースがあり、その少し手前に彩音の部屋のドアがある。勝手知ったる我が家の間取りだ。
時刻は夜の9時半手前。彩音の部屋のドアは(当然だけど)ピタリと閉じられているので、中の物音や明かりが廊下に漏れ出てくることは無い。ただ、十中八九、この時間の彩音は受験勉強中だろう。
(さて、どうしたものか)
自分の部屋とリビングから締め出されたという状況を現実として受け止めると、俺には多分2通りの選択肢があると分かる。1つはエハミ様が言うように、もう思考停止して彩音の部屋へ行ってみる事。2つ目は、彩音の部屋を素通りして外へ出る事。
ちなみに、今の俺は風呂上りの部屋着状態。外は11月半ばなので相応に寒いだろう。ただ、車に乗って出かけてしまえば……
(あ、車のキーは俺の部屋だった……)
それ以前に、今運転すると飲酒運転だ。結局、徒歩しか選択肢が無い。しかし、
(このまま外へ行ったら、たぶんエハミ様、怒るだろうなぁ)
そんな確信がある。
ただ、その一方で、
(でも、彩音は勉強中だし、邪魔しちゃ悪いし――)
と、思うのも確か。
お陰で俺は次の行動を決められないまま、ずっと廊下に立っているのだが、いい加減に寒くなってきた。そもそも、なんでこんな目に遭わなければならないのか? そう考えると理不尽さに怒りを覚える。しかし、
(……結局、俺が不甲斐ないからか……)
グルグルと頭の中を駆け巡った怒りの矛先は、結局俺自身に向いてしまう。
そもそも、俺と彩音の今の状況は「ちょっと不自然」な関係なのだ。その事には前から気が付いていたが、俺は今の「不自然な関係」を気に入ってしまい、
その結果、時間だけが過ぎている。
もしも、この後俺が玄関から外へ出る事を選んでしまえば、もうこの不自然な関係に結論を出す機会は得られないだろう。そして、時間が過ぎるままに彩音は俺の元から離れていく。もしもそうなった時、彩音が去った後の俺には何が残るだろうか?
(後悔しかないだろうな)
分かりきった話だった。
勿論、この後彩音の部屋を訪ねて「結論」を得ようとしたとしても、彩音から「拒否」されることは十二分にあり得る話だ。というか、彩音と俺では元から釣り合っていないので、そうなる公算が高い。エハミ様が彩音の心をそっと教えてくれた後でもそう思う。
でも、
(結局後悔するならば……)
自分から動いた結果の方が、まだ「
ということで、散々頭の中で御託を並べた挙句、俺は彩音の部屋をノックする事にした。
******************
「――入って」
結論から言うと、俺はドアを「コンコン」とノックしようとしたが、2回目の「コン」が鳴る前にドアが開いた。そして、ドアの向こうに立っていた彩音に腕を引かれる感じで部屋の中に入った訳だ。
「今良いか?」とか「ちょっと話が」とか言った前置きは不要だった。
ちなみに、彩音の部屋は8畳ほどのフローリングだが、基本的に部屋割りの後は全く干渉していなかった。なので、この部屋が「彩音の部屋」になってから入るのは初めてなのだが、思った以上に整理整頓が行き届いた……というか、そもそもモノがあまりない。
もうちょっと女の子っぽいインテリアになっているのかと思っていたが、クローゼットの扉に掛けられた高校の制服と細長い姿見、勉強机の上に置かれたメイク用の鏡や、ほのかに香ってくるバニラっぽい匂いが無ければ女子の部屋とは思わないかもしれない。
そんな部屋に足を踏み入れた俺は、当然の如く彩音本人の姿を真正面から見る事になるのだが、なんというか、この時の俺には見慣れたハズの彩音の姿が「違って」見えた。
ただ「違って見えた」といっても、顔かたちが違っている訳ではない。いつも通りの、俺から見れば「可愛い」が、他の人が見ればきっと「ちょっとキツめの綺麗な子」といった印象になる顔。髪もかつてピンク色に染めてボサボサだったものが、今は控え目なブラウンのセミロングになっている。
本当にいつも通りの彩音だ。
だから何が「違って」見えたのか説明はできないのだが、それでも今の彩音は普段と「違う」ように見える。もしかしたら、見る側の俺の心情の違いが、そう思わせているのだろうか?
とにかく、俺は普段以上に彩音の姿に「女」を感じてしまい、戸惑ったようになってしまう。だから彩音は、
「こっち、座って」
と、俺の腕を引くと、そのままベッドの脇に腰かけるように誘導。ちなみに、ベッドは几帳面に整えられていて、ちょっとだけ腰かけるのに躊躇いを覚えた。
一方、彩音はベッドの隣に勉強机から椅子を引っ張ってきて、俺と対面するように腰かける。
「あの……」
「うん」
部屋に入る際の前置きが無かったうえに、普段と違う印象を持ってしまったため、ちょっと話を切り出しにくい俺。対して彩音は、普段よりも気を詰めたような顔で短い返事と共に先を促す。
「勉強……そう、勉強は大丈夫だった?」
「うん」
「す、ストーブはどう? 結構あったかくなった?」
「うん」
彩音がすごく真面目な顔をして、「うん」としか返事をしないので会話が続かない。もう、こうなったら本題を切り出すしかないだろう。
「……あ、あのさ」
「うん」
「と、突然なんだけど――」
「うん」
妙に口が乾くのは、今日買ったファンヒーターのせいだろうか? 俺はリビングから追い出される時からずっと手に持っていたペットボトルから水を一口。そして、
(なんて言おう?)
今更ながらに、そう考える。
彩音は「うん」と言ったきり、ずっと俺を見ているし、俺は水を飲みつつ内心「あたふた」する。そして、
(「俺の事、どう思ってる?」で……)
で、良いかと思った瞬間、頭の中でエハミ様が「ちーがーうーだーろー!」と怒鳴ってくる絵が思い浮かんだ。それで、急遽方針転換。ただ、方針転換が急過ぎたので、勢い余ってド直球が口から出た。それは、
「俺、彩音の事が好きなんだ」
というもの。言っておいて何だが、まるで自分の口から出た言葉とは思えない。誰かに替わりに言ってもらってるような気さえする。だからだろうか? 俺は慌てて今の言葉を解説するように
「す、好きっていうのは――」
と言い掛けるが、
「うん……アタシも」
えーと、聞き間違いでしょうか?
彩音からそんな返事がほぼ即答で返ってきた。
余りにも簡単に答えが出てきたので、俺は「好き」の意味を「Like」と勘違いされたと直感して
「いや、好きっていうのは、その……恋愛的な意味で彩音の事が好きって話で、早い話が告白的なヤツなんだけど……」
と(我ながら相当恥ずかしい)説明を追加。
対して彩音は、これまでずっと真顔で俺を見ていた視線を外すと、笑顔と赤面と恥ずかしさを足し合わせたような顔で、
「そ、そんなの……この状況で勘違いするハズ無くない?」
と言う。つまり、
「えっと……オッケーって事?」
「そうだって、言ってるでしょ」
肯定された、と捉えて良いのだろうか? でも、本当にこんなにアッサリ行くものなのか? 逆にそんな疑問が頭の中に渦を巻き、結果として色々と面倒な事(後年、彩音から
「え、良いの?」
「何が?」
「だって、俺オッサンだよ26歳だし」
「来月27歳でしょ。知ってるし」
「それに目付き悪いよ」
「慣れたから」
「そんなにカッコよくないし」
「それは、そうでもないよ」
「無職だし」
「結構稼いでるでしょ、アプリで」
「ちょ、長男だよ」
「1人っ子でしょ……もう迅さん、さっきから何なの?」
と、ここで彩音がガバッと椅子から立ち上がる。そして、「今度はアタシのターン」と言わんばかりに、
「そんなこと言ったら、アタシだって母親は蒸発したし、前はチャラチャラしてたし、今でも口は悪いし、受験勉強だからって家事を押し付けてるし、借りたお金だって返せてないし、何から何まで迅さんにおんぶにだっこの状態なのよ、
捲し立てるが、それって
「全部ひっくるめて、好きって話なんだけど」
ということ。彩音が捲し立ててくれたお陰で、ちょっと冷静になる事が出来た。そして、冷静な頭で考えてみると、今彩音が言った事は全部が全部、俺にとっては普通で日常的な話だ。
「……本当?」
いつの間に形勢が逆転したのか? 立ち上がったままの彩音は、心許ない表情で訊いて来る。なので、
「本当に」
立ち上がった俺は、殆ど無意識に両手を先へ差し出す。理由に特別コレと言うものは無い。強いて言うなら、心許ない表情で俺を見る彩音が、強烈に愛おしかっただけだ。
「迅さん――」
自然に収まるべき場所に収まるように、両腕で彩音を抱きしめた後は、なるべき事がなるべくようにして、なるに任せていくのだろう。
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