Episode06-25 瘴気当たり


白絹麗華しらぎぬ・れいか視点]


 思い返してみれば、この穢界に入った直後から、私は少しおかしかった。心の中に在った感情のマイナス面が増幅された感じだろうか? それは「怪異」と呼ばれる存在への根本的な嫌悪感や憎悪、そして何より


(やっぱり、八神という人に対抗意識を持っているのね)


 という事だ。


 等級の高い穢界に入ると、その瘴気に「当てられる」という話は、修平様(翔太さんのお父さん)や鬼丸様(十種とくさ一族の棟梁)からも聴いた事がある話だった。ただ、これまで私はそんな風になったことも無いし、なんなら「当てられる」という言葉の意味もよく理解していなかった。


 それが、今になって


(明らかに、悪い影響を受けていた)


 と分る状態に陥ってしまった。それほど、この穢界に入ってからしばらくの間、私の「独断専行」は酷かったと思う。


(気づけて良かった……)


 心からそう思う。


 一応、私自身も戦っている最中から「なんでこんな無理をしてるんだろう?」という微かな疑問は持っていた。ただ、それでも瘴気に当てられてしまった自分では行動を止めるまでには至らない。それを引き留めてくれたのは彩音の一言だった。


――ちょっと麗ちゃん、一旦ストップ――


 困った顔でそう言う彩音の声で、ようやく私は立ち止まることが出来たし、冷や水を浴びせられたように冷静になる事も出来た。


桧葉埼彩音ひばさき・あやね


 この名前は、私の中で特別な意味を持ち始めている。といっても、別に恋愛感情とかではない。しっかりソレと分かる「友情」だ。


 ただ、この「友情」という、普通の同年代の子達なら普通に育んでいる感情が私にとっては新鮮であって特別だった。


 まぁ、早い話、私には友達と呼べる存在が居なかった。もしかしたら、両親が他界する以前の私(小学生の中学年くらい)にはそんな存在が居たかもしれないが、よく覚えていない。「両親の死」という重大過ぎる出来事前後の記憶が、全くあやふや・・・・になってしまっているからだ。


 とにかく、十種とくさの蒼紫家に引き取られた後の私に、そんな心許せる同年代の友達がいなかったのは確か。


 原因は……たぶん、私に有ると思う。そもそも「式者の家系」という秘密にしなければならない血筋に、他の子達と違うという「特別感」を持っていた。そして「両親の命を奪った怪異を斃す」という、その一念に囚われ、式者になる為の修行に打ち込み過ぎたのも原因だ。後は……中学に入った辺りから感じるようになった、同級生や上級生の男子からのいやらしい視線が嫌だったというのもあるし、同じくらい女子から感じる嫉妬や憎悪といった視線も嫌だった、というのもある。


 とにかく、友達がいないし、欲しいとも思っていなかったのが私。そんな私が「任務」を言い渡され転校した先の高校に居たのが彩音だ。


 彩音に関しては、それよりも前に発生した「八等穢界・生成り」事件で誘拐された被害者だという認識だった。そして、異常な力を見せて、結果的に私や翔太さんを救ってくれた「八神迅」の関係者だというのも分かっていた。


 ただ、転校先の高校で出会ったのは完全な偶然。運命の巡り合わせだろう。そして、そこから仲良くなって「親友」と言えるほどの関係になったのもまた、運命の巡り合わせだと思う。


 そんな彩音が、


――れ、連携とかする前にどれ位の戦い方が出来るか、見せてくれたんだよね?――


 私の替わりに言い訳の理由を見つけてくれて、弁明の道筋を作ってくれた。


 本当に申し訳ないと思った。親友を困らせる事は、こんなにも嫌な気持ちになるのかとも思った。


 そんな気持ちになったものだから、私の感情は更にマイナス方向に振れて、ますます「瘴気当たり」の悪影響を受けそうになるが、


――じゃぁ神楽舞、行きます――


 そんな合図と共に始まった彩音の「舞い」を見る内に、心が強くなるのを感じた。


 実際は、能力を引き上げる、所謂いわゆる「バフ」の効果を持つ「神楽舞」というスキルだ。確かに、全身に力が漲る感覚を受けた。ただ、それ以上に「心が強くなる」気がする。もしかしたら、そういう効果がある「神楽」が含まれていたのかもしれない。


 とにかく、


(2人には、瘴気当たりの事は伝えておこう)


 そう思いつつ、それを切り出すタイミングを待ちながら、私は彩音と八神迅の戦いを目の当たりにした。


******************


 正直に言うと、2人とも「ちょっとオカシイ」強さだ。


 まず彩音。


――最近、忍者にクラスチェンジしたんだよ――


 と言っていた。元は巫女だという話だけど、確かに今は「下忍」というクラスになっている。


 私は、この「忍者」クラスについてよく知っている訳ではない。でも、クラスの最下級職である「下忍」のレベルで、あの火力はちょっと異常だと思う。


 「忍者」クラスのスキルは宝珠ショップのアイテムを使用すると聞いた事はある。「即事応用」とかいうスキルが特定のアイテムの効果を引き上げるらしく、その向上具合は「能力依存」だとも聞いた覚えがある。


 スキルとして使う「呪符術」の威力が「霊力依存」なので、その辺の理屈は良く分かる話だ。でも、


(1つ10宝珠の炎玉で……六等の骸穢にあそこまでダメージを入れられるの?)


 というのには驚いた(彩音もちょっと驚いていた)。まぁ骸穢が炎に弱いのは有名な話・・・・だけれども、弱点と攻撃手段がかみ合ったとして、ここまで威力が出るものか?


(レベルは1つ下だけど、きっと私よりも霊力が高いよね……)


 これは確実だと思う。そして、


「彩音、ソッチは任せた!」

「あいよっとぉ!」


 そんなやり取りで、彩音はほぼ無傷の餓鬼を1匹相手にするが、忍術スキルを使うことなく、手持ちの槍(ソード&スピアというらしい)で餓鬼を相手に渡り合い……ちょっと苦戦したものの結局斃してしまった。


 斃した後は、


「いえ~い」


 と浮かれているけど、その笑顔が本当に眩しく見えた。


 一方、八神迅の方は……早速「自分と比べてどうこう」と考えていたのがバカバカしく感じる程。


 まず、彼が使う「呪符術」だけど、この時点で既に威力がオカシイ。「破魔符」は私も実際に餓鬼相手に使ってみたが、2発撃ち込んでも斃しきれない威力だった。


 それなのに、八神迅が同じ「破魔符」を使うと、ほぼ1発で怪異を瀕死状態まで追い込むことが出来る。他にも「鬼火符」なんかは範囲が広くなっていて、怪異のグループをまとめて延焼状態にすることが出来る。


(一体……どれだけの霊力があるの?)


 彩音のバフ効果を受けた私の霊力がEFWアプリの画面上でぴったり「30」な事と比較すると、八神迅の霊力は、


(確実に50は越えて……60に近い?)


 たぶん、そのくらいだろう。どれだけ霊力の修養を行えば、そんな数値に届くのか? ちょっと想像がつかない領域だ。


 しかし、霊力は優れている癖に、スキルではない手書きの「破魔符」は全く大した事が無い。この辺のアンバランスさは、もしかしたらEFWアプリの弊害かもしれない。


 ただ、そんな事は些細な問題だろう。とにかく、八神迅の「呪符術」スキルは桁違いに強い。


 しかも、そんな八神迅は、強力な「呪符術」を使わなくても全く問題なく六等穢界の怪異を次々と斃していく。むしろ、破魔符なんかを使うよりも簡単に短時間で斃している感じだ。


 だから私は、最初に


(あの剣……ぜったい普通の剣じゃないわね)


 その理由を彼が振るう武器に求めた。


 彼が振るう剣からは、漲るような神の気配が感じられる。何処かの神社にご神体として祀られていてもおかしくないレベルだ。


 しかし、よくよく彼の動きを見ると、別にその剣が特別という風には見えない。ちゃんと自分の手足のように操っているし、なんなら、蹴りや突きで怪異を吹っ飛ばす場面だってある。


(どうなってるの……)


 まるで、歴戦の戦士のような戦い方をする八神迅の姿に見入ってしまいそうになる。


 でも、


(……って、あの人がアプリユーザーになったのって7月の話でしょ?)


 そもそも、EFWアプリについて「いつの間にかダウンロードされていた」と困惑していた彼自身を私は知っているのだ。


 そう、大きな霊力を得るための修養も、歴戦の風格を纏うだけの戦歴を積む時間も、彼には無かったはず。なのに、そんな事実を思わず忘れてしまうほどの戦いを繰り広げる男が目の前にいる。


 そして、極めつけは


(え? 今、剣が届いてない相手を斬った? え? 斬ったよね?)


 という光景。


 その光景を見て、私は混乱が限界を突破。もう考えるのは止める事にした。


(この人は……こういう人なんだ)


 そう結論付ける。そして、


(張り合うの……やめよう)


 勝手に心の中で降参宣言をする。


 ただ、そうやって対抗意識を捨ててみると、


(ああ、彩音が「大切な人」だって言ってたな……)


 という事実を思い出す。


 そして、改めて冷静な視点で八神という男を見てみると、自分の力を誇示する訳でもなく、淡々と、しかし真剣に「怪異」に立ち向かっているように見える。しかも、行動の端々には彩音や……私までも気に掛けるような素振りがある。


(目付きはちょっと怖いけど、本当は良い人なんだろうな)


 さっきまで密かに対抗意識を燃やしていた相手なのだけど、そういうのを取っ払うと、別の見方が出来てくる。そして、


(……もしかしたら、何か得られるものがあるかもしれない)


 そんな風に前向きに考える事が出来るようになっていた。


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