Episode06-26 小休止


八神迅やがみ・じん視点]


 感覚的には1層を3分の2ほど進んだ感じだろうか? 自分で「神鳥」を召喚していないので、その辺は白絹嬢頼りだけど、俺の問いに彼女は「はい、そのくらいです」と答えてくれた。


 なので、俺は


(そろそろ休憩を入れておくかな?)


 と考えつつ「須波羽奔・形代」を一閃。剣身の切っ先が餓鬼の首を「スパンッ」と刎ね飛ばし、更には剣が届かない間合いに居た怨霊さえも、まるで見えない刃が届いたかのように切り裂いてしまう。


 ちなみに、この「本来の間合い外への攻撃」というのは、扇谷高校の一件で「甘露」を飲んだ後から出来るようになった。恐らく「エミの加護」としての能力補正が無くなり、代わりに甘露を飲んだことで自分自身の能力値が向上した結果だろう。


 その結果として「斬ろう」と思って「須波羽奔・形代」を振るうと、自然と霊力が刀身に通い、今のように剣が届かない間合いにまで斬撃の効果をもたらすことが出来る。


 現象としては、エハミ様の神界で諏訪さんがやって見せた「素振り」に似ている。あの時は木刀(というか木の棒)を振るい、その先の地面が抉れていた。アレと同じことが、ようやく再現できるようになった感じだ。


 ただ、「いつも必ず決まって出来る」という訳ではなく、例えば武器を「オサキの短刀」に持ち替えると全く出なくなる。また、俺が単独で穢界に入っている時は5分5分の確率で「出たり出なかったり」だ。確実に「出そうと思えば出る」状態にするには、彩音が行う神楽舞3点セット(穂踏・御垂水・唐獅子)が必要になってくる。


 おそらく、今の俺の能力値はこんな「視えない斬撃」を使いこなすための閾値しきいちの上に丁度乗っかっている感じなのだろう。


 と、こんな風に戦闘直後のわずかな時間で「視えない斬撃」について考察をしている一方、隣の彩音は


「ちょっと休憩しよ?」


 と提案。どうやら「神楽舞」の効果が切れるタイミングらしい。すると、


「その先の角、左に曲がると行き止まりみたいなので、休憩場所に丁度良いと思います」


 白絹嬢が彩音の提案に乗る。俺もちょうど同じことを考えていたし、これから先の「連携」について整理したいので休憩には賛成だ。だから、


「そうしよう」


 となった。


******************


「八卦・隠形陣……これで、怪異からはこの場所が見えなくなります」


 穢界内に出来た袋小路の行き止まり。その入口に当たる場所で、白絹嬢が「結界陣」を発動した。


 ちなみに、今の結界陣は白絹嬢があらかじめ準備していた物らしい。朱書きで複雑な文字と記号を書き込んだ半紙(これが「結界陣符」と呼ばれるものらしい)をナップサックから取り出して袋小路の入り口の地面に貼り付けていた。そうすることで効果が生まれるらしい。


「ありがとう」


 とお礼を言う俺。一方、彩音は、


「ふう……」


 と一息。彼女は袋小路を見渡して、隅っこに置かれた段ボール箱を見つけると、ソレに腰かけて、


「麗ちゃんもコッチコッチ」


 と、隣に座るように手招きする。


 対して俺は、他に何もないので彩音の対面に陣取るように、ドカッと床に胡坐をかく。それにしても……


(穢界の中に「モノ」があるのって珍しいなぁ)


 彩音と白絹嬢が椅子代わりに使っている段ボール箱がちょっと気になった。


 穢界の中にも触れて動かせる物体はある。ビールケースとかドラム缶とかバケツとかだ。ただ、どれもその場の穢界の風景・・・・・・・・・に溶け込んでいるのが普通。


 一方、彩音が今腰かけた段ボール箱は「在りそうと言えば在りそう」な物体だが、よくよく考えると、スーパーマーケットの売り場風の場所に、段ボール箱がそのまま置かれているのは不自然だ。それも、ここまで穢界の中を進んできて、こんな段ボール箱を見かけたのは初めてだから、尚更不自然に見える。


(なんだろう、気になるな)


 ただ、気にはなるものの、凝視する訳にはいかない。何と言うか、地面に座った俺の視線の高さが、ちょうど段ボール箱の腰かけた2人のスカートの中を覗くような……いかんいかん、絶対見ないぞ!


(……というか、対面に座ってるからダメなんだな)


 そう思い至って腰を上げる俺。そんな俺に


「あの……」


 白絹嬢はそう声を出す。それで俺は


(あ、やべ――)


 実は一瞬だけ視えてしまった白い布地を思い出して妙な汗が噴き出る。しかし、


「先ほどはすみませんでした――」


 俺が反射的に「ごめんなさい」をする前に、謝罪の言葉を口にしたのは白絹嬢。なので、俺は、


「いや、俺の方こそ配慮が無くて……すみません」


 と今さらながらに謝罪。しかし、


「え?」


 どうやら、謝罪の対象がかみ合っていない模様。


 とここで、


「迅さん……今のは無いわ……」


 全てお見通し、的な視線で非難と若干怒った表情を見せる彩音が行き違いを整理するように、


「麗ちゃんは、たぶんさっきの戦い方の事を言ってるのよね」


 と言う。それで、白絹嬢は「はい」と頷く。


(なんだ……その事か)


 一方、


「で……迅さんは何に謝ったのかな?」


 俺に対しては、そう迫ってくる。


(あ、これ、バレちゃダメな相手にバレた感じだわ……)


 この後、俺は「スカートの中が見えそうな場所に座ってしまい、誠に申し訳ありませんでした」という、とても恥ずかしい謝罪を白絹嬢に対してするハメになってしまった。


******************


 その後、俺の謝罪を受け入れてくれた(というか本人は気が付いていなかったみたいなので、どちらかと言うと「彩音の気が済んだ」と言う方が正しい)白絹嬢は、自身の述べた謝罪の内容を説明する。


 曰く「対抗意識があった」「その辺の悪い感情が穢界の瘴気で増幅された」「瘴気当たりという現象です」「先ほどの八神さんの戦いを見て目が覚めました」とのこと。


 「対抗意識があった」というのは、まぁ何となく感じていたので納得。それにしても、俺のパンツ覗き過失未遂(故意犯ではない!)同様に、言い難い事を「よくぞ言った」と思う。偉いぞ、白絹嬢!


 ちなみに「瘴気当たり」という言葉は、俺は初耳だが、「マイナスの感情を強く持っていると、瘴気がそれを増幅し、思考や行動に支障をきたす」という説明は、まぁ「ありそうな話だな」と納得。


――彩音の「神楽」には、瘴気の悪影響を打ち消す効果も備わっていると思います――


 とのこと。それで彩音がちょっと得意そうな表情になったので、なんだかイラっとした。


(帰ったらどんな仕返しをしてやろうか……ゲヘヘヘ、グフフフ……)


このいうのが「瘴気当たり」なのかもしれない。


 それで「目が覚めた」については、本人が何をどう感じてどんな結論に達したのか、結局白絹嬢本人にしか分からないので、深くは訊かないでおいたが、


――私は、彩音と一緒にサポートに回る事にします。八神さんが討ち漏らした怪異を斃していくので――


 連携の方は「一歩下がった立ち位置」を取る事にしたようだ。ただ、白絹嬢がこの立ち位置を取ってくれると、俺としてはとても助かる。彩音のサポートだけでも随分と助かるが、それでも補助の手が1組から2組に増えれば、それだけ俺は新手の怪異に集中する事が出来る。


 俺(と彩音も)、白絹嬢の判断に感謝と歓迎の言葉を述べる。そして、休憩を切り上げて行動を再開しようとしたところで、


「ねぇ迅さん――」


 彩音が今まで椅子代わりに座っていた段ボール箱を見ながら変な声を上げる。


「どうした?」

「なんだか……アタシ、この箱が妙に気になるんだよねぇ」


 確かに俺も「不自然」だとは思ったけど……


「掲示板にあったじゃん、六等穢界から宝箱が出るって」


 どうやら、彩音はこの段ボール箱を「宝箱」だと思っているらしい。



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