Episode05-28 甘露のキッス
何か柔らかいモノが頬を包む。そして、ムニュっとした温かい感触が唇に押し当てられた。
(なんだろう?)
俺は、覚醒しきれない意識の下で、ぼんやりとした疑問を抱く。
自分の身に何が起こったのか理解できないまま、俺の意識はまるで暗い水の底に沈んでいるようだ。そこから浮かび上がろうとしても、「力」が足りなくてどうにもならない。
(これって、まさか……死んだのか?)
「死」という観念が芽生えると、それは生理的な恐怖を伴って急速に膨れ上がる。同時に本能的な「生」への渇望が嵐のように吹き荒れ、俺は
(死にたくない!)
声にならない声を発する。
その瞬間だった。
ずっと唇に感じていた柔らかい感触。それが少し動き、隙間から液体が流れ込んできた。
その液体はほのかに温かく、少しだけトロッとした粘度を感じさせ、そして何より……激烈に
(あっま!)
甘かった。
もはや「砂糖の〇〇倍」とかいう分かりにくい曖昧な比較は意味をなさない。感じた事のない甘さは、「甘い」という概念そのもの。それが、舌先を過ぎて喉へ至り、食道を通って胃に落ちる。そして、血管に溶け込み全身を駆け回る。
激烈な甘さは、分かりやすいエネルギーだった。そして、
「……ぅんはっ!」
急激に意識を取り戻した俺が目を開くと、そこには
「迅さん! よかったぁ……」
かなりの至近距離で俺をのぞき込む彩音の顔があった。どうやら彼女は、床に寝転んだ俺の上に覆いかぶさるような姿勢で俺をのぞき込んでいるらしい。その状態で目に涙を浮かべ、ついでに唇がテラッと濡れている。
対して俺は、状況がイマイチ理解できないながらも、目の前に元ギャル系美少女のドアップが迫っている事だけは理解できたので、
(いや、近い。近すぎるって――)
近すぎる彩音との距離を適正にしようと、押し戻す意図で腕を伸ばす。そうしつつ、
「一体……」
「一体何があったのか?」と疑問を口にするのだが、
「迅さん!」
彩音は俺が伸ばした腕をすり抜けると、そのままガバッという勢いで抱き着いて来る。そして、勢いが付き過ぎたのか、殆ど「事故」のような勢いで唇同士が重なり合い
――ガチッ
前歯がぶつかる音がした。
******************
「つまり『張り切り過ぎた』と?」
「……ごめん、迅」
現在、俺と彩音、そしてエミの3人(でいいのか?)は、依然として2階の階段口に居る。その場所でエミから「何が起こったのか?」について説明と謝罪を受けている状況だ。
ちなみに、俺と彩音の間で発生した偶発的な事故については、お互いに前歯が折れたり欠けたりすることは無かった。ただ、ぶつかった拍子に彩音が仰け反った(たぶん痛かったから)ので、そのまま何となく「なかった事」になりそうだ(と思う)。
失神した俺の「法力」を補充して意識を回復させたのは、エミが持っていた「
「ありがとうな、彩音」
「べ、別に――」
ちょっと赤くなった顔で、さっきからずっとそっぽを向いる彩音はご機嫌斜めな感じだ。
「さすがに6体同時に呼び出すのは無理だった。ごめん、迅」
一方、エミはというとこんな感じ。
その説明によると、エミは(まぁ想像通りだけど)ずっと俺を見守りつつ、その傍らで「どうやったら簡単に顕現化できるか」を試し続けていたとのこと。理由は「迅と彩音の生活が楽しそうだったから」だという。
そして努力の結果、俺や彩音が日常的に穢界から貰ってくる「穢れ」を摂取することで、エミはある程度は顕現化 ――つまり、女の子の姿で
ちなみに、この「顕現化の練習」過程で、彩音はエミの姿を何度か目撃しており、
「同じマンションに住んでる子かと思ってた」
ということ。だから、俺がエミを使鬼召喚で呼び出した時に、その正体に勘付いて驚いていた訳だ。
と、それは
エミはこれまで何度か顕現化して俺を助けてくれた事がある。しかし、その時の顕現化は「エハミ様の領域」だった場合を除くと相当に「無理やり」な事だったらしい。例えば「八等穢界・生成り」の時なんかがそれにあたるが、あんな無理やりを続けると
「力を失って存在自体が消える」
らしい。
そこで、彼女が「力の行使が可能な顕現化方法」として思い付いたのが、
「使鬼召喚に
という事。その結果、思った通りに「使鬼」として顕現化する事に成功したエミは、俗にいう「テンションが上がった」状態で、勢い余って「お仲間」を6体も召喚してしまったとのこと。
ちなみに、エミが行った召喚は「使鬼召喚」に近いが、別の方法とのこと。どうやら、「呼べば」直ぐに来るらしい。しかし、その召喚にはやはり代償が必要で、それは依り代としての「呪符」と、
それで6体もの「お仲間」を一気に召喚した結果、俺の法力は急激に減って「
「
サラッと恐ろしい事を言うエミ。なんて怖い子なんでしょう……
「や、やめてくれよ?」
「当然よ」
本当に勘弁して欲しい話だ。
ただ、そうは思う一方、今呼ばれた6体の「お仲間」(プラス呼ばれなかった白羅鬼)は、どれも
「迅と
とのこと。
あの面々(「友達と思っている」とか言われたら「化け物」呼びがしにくくなった)からそう思われているのは、まぁ、エハミ様の神界での修行の日々が理由だろう。といっても、俺としては、嚙まれたり締められたり、ぶっ飛ばされた記憶しかないけど、まぁ「友達」や「仲間」だと思ってくれているならありがたい事だ。
******************
「それで、これからなんだけど――」
とりあえず、一通りエミの説明は聞いたので、俺は話題を切り替える。
「2階のアッチは
エミの説明は「アッチ」「コッチ」と分かりにくいが、2階の新校舎には地蜘蛛と狒々を差し向けて、旧校舎には大百足を向かわせたという。
そして、同じように3階には夜斗と鵺を向かわせ、4階にはハニ〇君が向かっているらしい。俺が気絶していた間に、「お仲間」達は行動を開始していた。
それで、エミ自身はというと、
「私は、みんなが助けた人たちを1階に誘導する」
まぁ、それが良いと思う。
というのも、こうやって話している間にも2階から響いてきた「バシバシ、ドンドン」という物音は無くなったものの、一瞬静かになった後、すごい悲鳴が再度聞こえてきたから。
おそらく、教室なんかに逃げ込んだ人たちからすると、「別の化け物が出た」を思うに違いない。ここは誰か、少なくとも人間の恰好をした誰かが行って、宥めるしかない。
「そうしてくれ」
という事で、俺と彩音は一足先に上の階を目指す事にした。ただ、
「上に居るのは……たぶん、神よ」
別れ際、エミはとんでもない事を言ってきた。
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