Episode01-04 初めての戦闘


「キシャァァァァッ!」


 という奇声。


 俺は反射的にそちらへライトを向ける。


 目と鼻の先の距離でLEDライトに映し出されたのは


(なんだ!?)


 一瞬、野良犬かと思ったが、そんなものでは決してない。理解が追い付かない造形をもった「何か」だった。


 その「何か」が四つん這いの姿勢から、俺へ飛び掛かって来る。


「うぉっ!」


 対して俺は、反射的に左手のLEDライトを振り回して跳ね除けようとした。その結果、


――ゴンッ


 という衝撃が腕に伝わり、


「キシャッ!」


 と悲鳴(?)があがる。振りまわしたLEDライトの持ち手側がカウンター気味に当たったのだろう。「何か」は飛び退くように距離を取った。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 ここでやっと、思い出したかのように鼓動が脈打ち、息が荒くなる。そんな状態で俺はもう一度LEDライトを「何か」へ向ける。


「なんだ……コイツ」


 今度はハッキリと見えた。


 それは、背格好は子供くらいの大きさ。衣服を身に着けておらず、露出した肌の質感はゴツゴツとしていて、全体が黒っぽく汚らしい緑色に見える。また、身体の大きさに対していびつなほど細く長い手足の先には鳥類を連想させる三本の鋭い鉤爪状の指。


 しかし、なによりも注意を惹いたのは「何か」の顔だ。


 一見すると人間と同じような基本造形。ただ、どれもこれも醜くゆがんでいる。先ず頭部にはまばらに抜け落ちた棕櫚しゅろのような毛。額の中央が盛り上がり、小さな角のように見える。その下には眉に相当する部分は無く、見開いた吊り目の両目は赤く血走り、鼻は低く、口は犬のように突き出て、飛び出した鋭い牙には血が……


「あっ」


 と思い自分の袖口を探ると、ベタッとした感触があった。どうやら、最初にLEDライトを振り回した際に噛まれたらしい。


 余り痛みを感じないのはアドレナリンのせいだろう。


 とここで目の前の「何か」が気色悪い笑みを浮かべた。傷口を気にした俺を見て「ひるんだ」とでも思ったのか、もともと歪んでいた顔を更に歪ませ威嚇しているようだ。


 ただし、お生憎あいにく様。


 今の俺は「怯む」というよりも、どちらかというと「ムカついて」いた。その理由は自分でも良く分からないが、強いて言うなら「昔のいじめっ子に再会した」気分だ。


 「何か」の持つおぞましい容姿や気色悪い感じの全てに虫酸が走る。


「くそったれが!」


 自分でも驚くような悪態を吐きつつ、俺は右手のスマホを胸ポケットに納め、次いで腰の伸縮式警棒に手を伸ばす。


 それが合図になったのか? 次の瞬間、「何か」は四つん這いの姿勢を取ると、そこから俺へと飛び掛かって来る。


「うおぉぉ――」


 対して俺は、前蹴りで応戦。結果として、蹴り出した右足に「何か」がしがみ付く格好になった。


 制服のズボン越しに太ももに食い込んだ鉤爪の鋭い痛みを感じる。見下ろす先では、大口を開けた「何か」が太ももに噛み付こうとしている。しかし、


――ゴツンッ


 俺は、大口を開けた「何か」の鼻先にLEDライトの台尻側を叩き込んだ。


「ギャンッ!」


 この一撃が相当効いたのだろう。「何か」は俺の足からずり落ちる。そこへ目掛けて、俺は警棒を振り下ろした。


――ゴンッ、ゴンッ、ゴツンッ


 何度も、何度も叩きつける。そして、


――ガチンッ!


 いつの間にか「何か」の姿は消えていて、振り下ろした警棒はコンクリの床を殴っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……ざまぁ見ろ……」


 なぜ「ざまぁ見ろ」なのか自分でも分からないが、俺は無自覚にそんな言葉を呟いていた。


 そして、今更ながらに我に返り「なんだったんだ?」と自問するのだが、ゆっくりと出来事を振り返る暇は無かった。ついでに言うと、胸ポケットのスマホが振動したような気がしたが、それにも構う暇がない。


 そもそも、三方の通路から俺へ向けられた「視線」は一つではなかった。直ぐに次の「視線の主」が現れた。


「まだいるのかよ!」


 再び悪態を吐いて身構える。


 今度の「何か」は右側通路から飛び出して来た。


 ただ、これは前もって「気配」で分かった。なので、今度は迎え撃つ。


「キシャ――」


 ワンパターンにも奇声を上げて飛び掛かって来る矢先、俺は「何か」を手持ちのLEDライトで照らす。暗闇で蠢いていた相手だからLEDの光は「さぞかしまぶしいだろう」と咄嗟の思いつきでやった事だが、反応はそれほどでもない。一瞬怯んだ程度だ。しかし、今はそれで十分。


――ゴンッ!


 振り抜いた警棒に確かな手応え。


 「何か」は横殴りに殴り付けられて吹っ飛び、床に転がる。俺はそれを追いかけて、サッカーでいう処の「トゥキック」の要領で「何か」の頭を蹴り飛ばす。鉄板入りの安全ブーツのつま先に「メリッ」とした感触。その結果、「何か」はその場で黒い「灰」を残して消え去った。


(あれ? 弱い?)


 心の中にそんな言葉が浮かぶ。ただ、これは単なる「油断の芽」だった。というのも、次に現れた「何か」は2匹同時だったから。


「キシャァァァァッ」

「キシャァァァァッ」


 ほんとど同じ造形の「何か」2匹が今度も右側の通路から現れた。


「チッ」


 俺は舌打ちしつつも、先程と同じ様にLEDライトを照らすが、やはり二匹相手だと勝手が違う。一匹は少し怯んだが、照明が上手く当たらなかったもう一匹は俄然突進してきた。結果として、突進してきた「何か」には警棒の打撃を当てる事ができたが、一瞬怯んだ方の体当たりは躱せない。


――ドンッ


 結果として、俺は体当たりをまともに受けてバランスを崩して転倒。そこへ、


「キシャァァ――」


 「何か」の大口が迫る。


(やばいやばいやばい――)


 床に転がった状態で、俺は何とか身をひねって噛み付きを避けると、寝転がった状態のまま、そいつの首を両手で掴む。勢い、警棒もライトも放り出す事になったが、今はそれに構っていられない。我武者羅がむしゃらな力を振るって、目いっぱい「何か」の首を締め上げる。


 途中、藻掻もがく「何か」の手足の鉤爪が何度も体を掠るが、上半身に身に着けた防刃ベストがそれらを防ぐ。そして、


「グ……ェ」


 程無く「何か」は脱力。次いで先程と同じように灰になって消えた。


 慌てて、警棒とライトを拾って起き上る。しかし、もう一匹いたはずの「何か」も既に灰になって消えていた。


「助かった……」


 流石に二匹同時はヤバい。そう思いつつ、無事に切り抜けた事に胸を撫で下ろす気持ち。それで胸ポケットのスマホがまたも振動しているのに気が付くが、それを取り出すよりも先に、


「キシャァァ!」

「キシャァァァァッ!」

「キシャァァァァッ!」

「キシャァァァッ!」


 今度は右側の通路と、これ迄俺が歩いて来た通路の側から2匹ずつ、計4匹の「何か」が迫って来る。これは流石にヤバい!


 俺は仕方なく、奥側の通路へ逃げ込むように後退するのだった。


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