Episode01-03 アプリ起動!


「う、うわぁ!」

「先輩、それはただのマネキンです」

「ひ、ひえぇ!」

「そっちは造り物の観葉植物です」

「ぎゃぁ!」

「それ、ガラスに映った自分の顔ですよ」


 結局、2階を一周する俺と吉川先輩は終始こんな感じだった。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という言葉があるが、先輩がその境地に達するには相当時間がかかりそうだ。


 というか、そもそも――


「先輩」

「な、なんだよ」

「思うんですけど、オカルト系のサイトを見るのは止めたらどうですか?」

「なんで?」

「なんでって……あからさまに業務に支障が出てるじゃないですか」

「でも、アレはアレで娯楽としては……」


 と、そんな会話を交わしているうちに、2階の巡回は完了。一応、外で待っている葛城主任に無線で報告を入れる。


『こちら葛城、了解した。さっき本部から連絡があって3階のセンサーも何個か感知したらしい、多分センサーの誤作動だと思うが注意してくれ』


 とのこと。それでこちらは、というと、


「じゃぁ、後は任せたぞ、迅」


 2階の階段からそう声を掛けて来る吉川先輩を後目しりめに、俺は3階へと続く階段を上って行った。


*******************


(……なんだろう、これ?)


 というのが第一印象。


 3階のフロアに足を踏み入れた瞬間から、何とも言えない違和感を覚えている。周りの空気は粘り気を感じるほど湿って暑苦しいのに、何故か鳥肌が立つようにゾクっとする。LEDライトが作り出す照明も妙に暗く感じられた。


(3階だからな……日中の熱が籠っているんだろう。それに、埃がライトの光を遮っている……のかな?)


 俺は纏わり付く不快な熱気と暗く感じられるライトの光にそんな理由付けをすると巡回を開始する。


 ちなみに3階のフロアはくだんのコミュニティーセンター改装工事が一部完了していて、1階や2階とは見た目が違っていた。


 具体的には階段上ってしばらく進むと受付カウンターのような造りがあり、その奥には壁に設置された「フロア案内図」がある。


(そうか、3階はほとんど出来ていたんだな)


 そう思いつつ「案内図」を見ると、どうやら3階は2つの多目的ホールと複数の小さな貸し会議室があり、通路が碁盤の目のように通っている構造のようだ。


(取り敢えず壁伝いに外周を回るか)


 俺はそう決めると左手側を外壁に沿わせるように歩き出す。しかし、30歩も歩かないうちに、足が止まってしまった。なんとも重たい空気に押し返されるような抵抗を感じたからだ。どうやら、奥へ行くにつれておかしな空気感が濃くなっている。


「……」


 余り感じた事のない感覚に少しだけ「怖さ」を感じて、俺は周囲を見る。


 前方には壁沿いに少し湾曲しながら奥へ続く通路。左手側は壁。右手側は貸会議室の間を通って多目的ホールへ通じる通路。そして後ろは今歩いて来たばかりの通路だ。つまり、今の俺は「T字」の交差場所に居る事になる。


「よし!」


 結局、気合で嫌な感じを跳ね退けることにする。ただ、念のため、ライトを左手に持ち替えて右手で胸ポケットのスマホを取り出す。直ぐに「110番」が出来るようにするためだ。


 この会社に入った頃「警備員が110番?」と疑問に思ったものだが、実際のところ警備員は基本的に「私人」扱い、ただの「一般人」だ。犯罪行為の現行犯や正当防衛ならいざ知らず、それ以外の行為は逆にこちらが罪に問われることがある。


 だから怪しい人物を見つけたら「本部」に連絡する事も大切だが、何より「110番」が先決だ。他社はどうかしらないが、弊社ではそういう決まりになっている。


 ということで、俺はスマホの「緊急通報」機能を立ち上げようとするのだが……


(緊急通報は……って、ナニコレ?)


 画面を見て固まってしまった。


 というのも、この時のスマホは、ホーム画面ではなく白い画面に血のような赤いフォントで


――Evil Filed Walkers――

――Localization : Japan――

――Now Loading, Please wait……――


 と表示していたから。


「え?」


 と驚く声が洩れる。その間にもスマホはフッと真っ黒な画面に切り替わり、次いで


_Launcher set up……Done

_Firmware update……Version00.02.04_OpenBeta

_Activate biometric scan mode……Wait……Done

_Activate spirituality scan mode……Error

_Retry spirituality scan mode……Error

_Refer to [Preset typeC]

_Configurating personal information……Suspended

_Generating Personal ID……Done

_Auto select local version:[日本]………

 ……………………………………完了


 怒涛の勢いで白い文字の羅列を流していく。そして、


_ランチャー起動_


 表示が三回点滅してから、再び白地に赤色文字で


 ――Evil Field Walkers――


 と浮かび上がった。


「……どうなってんだ?」


 そんな光景を見せられ、俺は無意識にそう呟くが、まぁ何が起こったかは大体察しが付く。多分、緊急通報を立ち上げようとして無意識に謎のアプリ「EFW」のアイコンにタッチしてしまったのだろう。


 気味の悪いアプリだったので触らないでおこうと思っていたのだが、こうなってしまっては仕方ない。取り敢えず、


(変なウイルスとかが仕込まれていたらイヤだけど……後で吉川先輩に相談しよう。今はそれよりも緊急通報を――)


 ということでスマホの表示をホーム画面に戻そうとするが、


「あれ? もどらない……」


 不思議な事に、何をどうやっても画面がホームに切り替わらなかった。試しに電源ボタンを長押ししてみたが、それでも切り替わらない。


 視界の中では「――Evel Field Walkers――」という赤い字の下で、小さなフォントで「――システム構築中――」「――解析不能な未知の加護を封印中――」「――位置情報取得中――」という表示が交互に点滅しているだけ。


「どうなって――」


 「どうなってるんだよ!」と悪態を口にし掛ける俺だが、そこでハタと口をつぐむ事になる。というのも――


(?)


 その瞬間、俺は本能的に自分へ向けられた「視線」を感じていたから。


 まったくもって好意的ではない、悪意の籠った視線だ。それが、通路の前方、そして後方、更に右手側に伸びる通路の3方向から俺へと注がれている。


「……」


 思わずゴクリとツバを呑み込む。


 同時に、右手に持ったスマホが小さく振動。ギョッとして反射的に画面を見ると、そこには画面表示が切り替わったアプリ画面があり、


――システム構築完了(ver.00.02.04)――

――ステータス画面を確認してください――

――お知らせ:新着メッセージがあります――

――位置情報取得――

――八等穢界(開)を検知――

――穢界に侵入中です――


 メッセージがポップアップしていた。


 しかし、この時の俺にはそんな表示をじっくりと眺める余裕は無かった。


 というのも、


――カチッ、カチッ、カチッ


 背後、つまり俺が歩いて来た方の通路から、明確な物音が聞こえてきたから。


――カチッ、カチッ、カチッ


 それは、まるで爪が伸びた犬がコンクリの上を歩くような音で……


――カチッ、カチ……


 立ち止まると、次の瞬間、


「キシャァァァァッ!」


 耳障りな声を上げて一気に駆け寄って来た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る