Episode08-12 八王子駅ビル事件① オヤジの背中


 駅ビルに入る前、俊也が「引継ぎをしたい」と言い出した。ただ、俺はそんなのを待っている義理もないので、1人で駅ビルの入り口へ向かう。その背中を俊也が「待てって!」と言いながら追ってきた。


 その様子は現場に居た俊也の同僚にも、「なんだ?」と注意を惹くことになり、結局、俺を追う俊也の後を同僚が追って来て、俊也とその同僚は早歩きをしながら言葉を交わしていた。


 俺はその気配を背中で感じつつ、一足先に正面入口の開きっぱなしになった自動ドアを潜り駅ビルに入った。


 ちなみに、俊也が「引継ぎ」をした相手は同じ元・第四係の特事センター職員の模様。少し小太りの温和そうな人物で俊也からすると一番歳が近い先輩らしい。ただ、「荒事向き」ではないらしく、状況真っ最中の現場・・・・・・・・・に入ることは出来ないとの事。


(まぁ、皆が皆、オヤジや俊也みたいな訳は無いか)


 と言うのが俺の感想だった。


******************


 駅ビルの中の状況はと言うと、1階正面のエスカレーター(停止中)を駆けのぼって2階に着いた時点で、外の喧噪が遠ざかり、嘘のように静まり返っていると気が付く。


「焦るのは分かるけど、慎重にな」


 とは、後から追い付いてきた俊也の言葉。


 俊也が言いたい事は俺にも分かる。


 というのも、2階のフロアに入った時点で、周囲には薄く瘴気の穢れた空気感が漂っているから。


(焦り過ぎると、思わぬ失敗をしそうだな)


 と、自分の心を努めて落ち着けようとしつつ、フロアに売り物が散乱した2階を眺める。そして、追い付いてきた俊也と歩調を合わせるようにして、そのまま3階へ続くエスカレーターに足を向けた。


 一応、この辺りで「装備品」を取り出して身に着ける事を忘れない。これも、冷静さを取り戻そうと努めた成果だ(まぁ、実を言うと俊也が先にそうしたから思い出したのだけど)。


 ちなみに、俊也の装備は「第四係」時代とは大きく異なり、実戦向け(?)に刷新されていた。俺の……というよりも、オヤジがマカミ山鼬と対峙した時に身に着けていた装備に近い。


 俺は平常心を取り戻すための切っ掛けとして、止まったエスカレーターの階段を上る道すがら、何となく俊也に声を掛ける。


「装備? ああ、これか」

「なんだか、いきなりそれっぽくなったな」


 ちなみに、俺と俊也は以前の「呪界」や「学園祭の事件」以降、一緒に穢界に入ることは無かった。なので、俊也の装備が切り替わった経緯を全く知らないのだが、


「特事センターに出向になった時に支給されたよ。まぁ、第四係の時代から装備の近代化は課題だったけど、予算が付かなくてな」


 なるほど、と思う経緯と理由だった。


「審議官……まぁお前のオヤジさんだけど、秦角審議官が結構掛け合ってくれたらしい」


 と付け加える俊也。


 俺とオヤジ(秦角審議官)の関係については、年明け早々に電話で話をしている。それを聞いた時の俊也の反応は複雑だったが、「まぁ……似てると言えば似てるよな、特に目付きの悪さとか」とのこと。


 後は、俺とオヤジに共通する取り付きにくい性格(風貌だろうとも思う)や複雑な家庭環境(でもないか?)を察して、色々言いたい事はあっただろうけど、呑み込んでくれた。


 ただし……


「いや、それにしても審議官……いや今はセンター長か、とにかく秦角センター長は凄い人だよ――」


 そんな事を言うようになった。


「何が凄いんだよ」

「だって、あの人は『現世改め』が起こる前から、コッチの世界に向き合う人々をおおやけの存在にしようと頑張っていたんだぞ」

「……どうして?」

「さぁ? お前が直接訊けばいいだろ?」

「……」

「とにかく、警察機能の一部として『怪異』にもしっかりと国として向き合う。そして式者や式家も、そんな治安維持システムの一部として取り込む、っていうのが秦角センター長の取り組みだったんだ」

「あっそ」


 とにかく、俺とオヤジが親子と知ってから、俊也は妙にオヤジを持ち上げる感じになった。ただ、一生懸命に上司(オヤジ)を持ち上げる事で「胡麻を擦っている」という感じではない。むしろ、「オヤジが凄い」という話を俺に聞かせて、俺が嫌な顔をするのを愉しんでいる感じがする。


(仕返しのつもりか)


 まぁ、軽い仕返しなのだろう。現に俺が、苦虫を嚙み潰したようなしかめっ面を見せると、俊也は場所を弁えずに「あはは」と笑った。


「オヤジの話はもう十分だ」


 降参するように掌をひらひらと振ってみると、俊也は気が済んだらしく


「そろそろ6階――」


 と、分かり切った事を口にする。その時だった。俺の「コンバットスキャナ」の視界の隅に緑色のアイコンが点滅表示された。


「ん?」

「どうした?」

「ああ……、あっ!」


 見慣れないアイコン点滅に俺は一瞬「?」となるが、直ぐにそれが「電話の着信」を報せるアイコンだと気が付く。気付いた瞬間にはアイコンをタップして「通話」を立ち上げる。「コンバットスキャナ」の視界の端には見慣れた「彩音」の文字。そして、電話の先からは、


『迅さん!』


 聞き慣れた彩音の声が聞こえて来た。正直、安心したらどっと・・・疲れのようなものが押し寄せて来た気がした。


******************


 6階に至るエスカレーター(停止中)の階段の途中で不通だった彩音と連絡を取ることが出来た。


 ちなみに、電話を掛けて来た彩音は、どうやら俺からの着信には気が付かず「コンバットスキャナ」の操作を間違って「通話機能」をOFFにしていたらしい。その事を彩音は謝っていたが、次いで俺が既に駅ビルの5階辺りに居る事を知って……まぁ、なんというか、デレていた。


 と、そういう俺と彩音のやり取りはさて置き、電話で分かった事と言えば、彩音はやっぱり11階に立て籠もっている、ということ。他には白絹嬢が一緒にいるとも。後は、早速できた大学の「トモダチ」がEFWアプリユーザーだったとも語っていたが、この辺は彩音の説明が(状況が状況だけに)バタバタしていて良く分からなかった。


 とにかく、彩音と白絹嬢と他数人の友達は11階に立て籠もっている。周囲には同じように逃げ遅れた客や店員が居て、数は全部で「52人」とのこと。


 11階へのアクセスは、非常階段側を椅子やらテーブルやらを積み上げた物理的なバリケードで塞ぎ、エスカレーター側には白絹嬢が何かの「結界陣」を張る事で怪異の侵入を防いでいるという状況。そのため、


――しばらくは大丈夫と思う――


 とのこと。ただし、


――麗ちゃんの結界が、かえって怪異の興味を惹く結果になってるって――


 と白絹嬢が言っているように、エスカレーター側に結構な数の怪異が集まっている状況らしい。そのため、


――今、お店の人達が屋上に出られないか試してるの――


 という状況だとも分かった。それで俺は「とにかく今向かっている」と伝えて一旦電話を切った。



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