Episode08-13 八王子駅ビル事件② センター職員専用クラス「禁呪官」


「無事みたいで良かったな」


 電話を切った俺に俊也が声を掛けてくる。まったくその通りなので、俺は「ああ」と相槌を打ちつつ、止まっていた足を再び動かし、エスカレーターの階段を上る。後ろでは俊也が


「オレも居るって、伝えて欲しかったなぁ」


 と言っているが、まぁ、わざわざ電話を掛けなおして伝える程の事でもないので黙殺。


「……ま、いいか。それより迅――」


 すると俊也は一人で納得したように、話題を切り替える。


「この穢界に出る怪異は、アッチ系らしいぞ――」


 この後、俊也が簡単に説明したのは、この「六等穢界・開」に出現する怪異の情報……というか、系統の話。先行している七曜会の会員からの報告によると、この穢界に出現するのは「アッチ系」、つまり――


「……ホブ・ゴブリンか?」


 この時、俺と俊也は既に6階のフロアに到達していた。それで早速遭遇した怪異を見つつ、俺が声を発すると、


「そうだな。ファンタジー世界の産物だな」


 と返す俊也。


「餓鬼、というより大餓鬼・・・だな」


 というのが俺の感想になる。ちなみに「大餓鬼」とは、和風怪異(一部界隈ではそう呼称するようになった)が出現する七等穢界なんかで「穢界主」として出現する大き目サイズの餓鬼の事。大きいだけあって力が強いので、リスクを避けるなら遠距離から法術で仕留めるのが良い。


 それで、この「ホブ・ゴブリン」も


「性状も弱点も似てるな」


 「コンバットスキャナ」による戦術ガイダンスには「物理に強く、法術に弱い」と出ていたので、そのまんんま「大餓鬼」と同じだ。違う点と言えば、鉈や牛刀のような刃物を装備しているくらいか?


「とにかく、排除しよう」


 相手は売り場の通路を単独でうろついていた。なので2対1の状況。この状況で、


「ちょっと、オレにやらせてくれ」


 と俊也が言う。俺としては、そんな余計な手間を掛けたくないのだが、ソレを口にする前に、俊也は一歩、二歩と前に足を踏み出していた。


 ちなみに、俊也は「各務原一条家」という修験道系の法術を能く使う三等式家の3男。自身も「ソッチ系」の法術をそれなりに使うことが出来る。しかも、


「研修ってことで、1か月ほどセンター長にしごかれてたんだぞ――」


 との事。

 

 俺としては、彩音の無事は確認できたが、それでも「絶対安全」とは程遠い状況なので、早く上階へ進みたい気持ちはある。ただ、


(でも、俊也の実力を確認しておくことも必要か)


 と、自分に言い聞かせる。俺自身はともかくとして、俊也の実力を見誤ると、この先で思わぬ負担になるかもしれない。まぁ、「足手まとい」と直接は言い難いが、実力がこの「六等穢界・開」に見合っていないなら、このまま置いて行く方がお互いのためだ。


 流石に、考えた事をそっくりそのまま俊也に伝える事はないが、代わりに俺は通路の脇に一歩避ける事で、「この場を譲る」ジェスチャーとした。


******************


 俊也の実力について、俺はそれほど詳しくない。2人だけで穢界に入った事が余り無いからだ。だから、思い出せる範囲で記憶を辿ると――


(たしか、「呪界」とか言う特殊穢界に入った時……もう、半年も前の話か)


 となる。


 確か、当時の俊也はEFWアプリのクラスが「騎士」で、レベルは11か12くらいだったか? たぶん、そんな感じだろう。「何故に騎士?」と疑問に思ったので覚えている。


 ただ、俊也はああ見えても(ちょっと失礼か?)、三等式家の三男坊。修験道系の法術を修めているので、「九字」や「発勁」といったソッチ系の技術を習得している。なので、「呪界」の時もソレを活用して戦っていた印象だった。


 それから時が経つ事半年。本人曰く


――センター長にしごかれた――


 との事で、世の中の変化に追いつくべく、特事センターのセンター長(オヤジの事だけど)による「研修」を受けていたらしいが、果たして……


「臨・兵・闘――」


 まずは得意の早九字で身体能力の底上げをする俊也。その効果は俺にも及んだが、


(前より強化の度合いが強くなってるな)


 依然として彩音の「神楽3点セット」には及ばないが、ソコソコの能力底上げを感じる。


 一方、俊也は早九字を終えると、腰の鞘に収めた剣やホルスターに収まっている回転式けん銃リボルバーに手を伸ばすのではなく、左手の手のひらを前へ向けて突き出し、


「外発勁、掌底破!」


 妙にわざとらしく・・・・・・声を発する。


 ちなみにこの時、ホブ・ゴブリンは俺と俊也に気が付くと、牛刀のような刃物を振り回しながら猛然とダッシュで接近していた。そのダッシュ中のホブ・ゴブリンが、俊也の発声とほぼ同時に、その場でもんどりうって・・・・・・・床にひっくり返った。


 まるで、見えない壁に衝突したような感じだったが、


(発勁の……「気」なのか?)


 俊也が使う「発勁」について俺は良く知らないが、とにかく、今のは俊也が仕掛けた事であることは間違いなさそう。


 それで、当の俊也はというと、この時点でようやく腰の鞘から剣を引き抜いた。ちなみに剣は、以前彼が持っていた「ショートソード」よりも、少し刀身が細く華奢に見えるが、長さは拳1つ分ほど長い。所謂いわゆる「ロングソード」というヤツだろう。「宝珠ショップ」にはこの手の武器が沢山売っている。


「――っ!」


 鞘を祓ったロングソードを片手に俊也は転倒したホブ・ゴブリンへ肉迫。丁度、起き上がろうとしていた処へ躊躇なく剣を振り下ろす。


 結果、


「ギャギョッ!」


 俊也の剣はホブ・ゴブリンの肩口をバッサリと斬り払ったが、流石に相手も「六等」の怪異。怯みつつも、必死の形相(まぁ普段からそんな感じの顔付だけど)で起き上がり、片手で持った牛刀を滅茶苦茶に振り回しながら俊也へ突っ込む。


 しかし、


――ゴキッ!


 突っ込んだホブ・ゴブリンの顔面を俊也の盾がしたたかに打ち据える。


 カウンター気味にシールドバッシュが決まったようだ。結果として、ホブ・ゴブリンは堪らず、仰向けに仰け反る。胸から喉がガラ空きとなった。そこへ、当然の如く俊也の剣が、フルスイングで殺到し、


――タンッ!


 という音と共に、ホブ・ゴブリンの首は宙を舞い、少し離れた場所にあった売り場のマネキンにぶつかって、マネキン共々床に転がる。


「……ふう」


 俊也が軽く息を吐き出すのが聞こえた。


******************


「――禁呪官っていうクラスに就いた」

「へぇ? きんじゅかん……聞かない名前だな」


 というのは、7階へ向かうエスカレーター(停止中なので階段と一緒だな)を登りながらの会話。


 あの後、全部で3匹のホブ・ゴブリンと遭遇したが、どれも単独行動だったので俊也が戦って斃している。総じて「楽勝」とは言えないが、1対1なら十分に優勢を保ったまま勝ち切る事が出来ていた。


 ちなみに、俊也の実力を測る為に戦闘を彼に任せたが、その事で「余計に時間が掛かった」という感じではない。「瞬殺」とはいかないが、「手間取る」事もない、割とスマートな戦い方だったから。


 とにかく、コレで俊也の実力が分かった。


 それで、気になって俊也のレベルとかクラスを訊いたのだが、レベルは現在17とのこと。クラスは聞き慣れない「禁呪官」というクラスになっていた。


「そりゃそうさ、特事センター職員の専用クラスだからな」


 俊也はそう言うと、専用クラス「禁呪官」の特徴を説明してくれた。それによると、「禁呪官」は遠近両用のオールラウンダー的なクラスとのこと。ただし、


「近距離は剣術スキルが付いてくるけど、遠距離は各自が得意な法術の系統が伸びる感じだな」


 という。そして、


「後は、霊的身体強化ってスキルが付いてくるけど、これは凄いぞ」


 とのこと。どうやら、俺の場合は個人スキルの欄に出ている「霊的身体強化」をクラススキルとして習得できるらしい。


 ただ、


「法術系が付いて来ないと、じゃぁ式者崩れ・・・・とかじゃない、普通の人はどうなるんだ?」


 という俺の問いには、


「その場合は、多分……近接系のみが伸びるんだろうけど、一応『中級職』だから、禁呪官になる前に魔術師や僧侶系のクラスで覚えれば良いんじゃないか?」


 とのこと。


 つまり、ザーッと下級職で法術系統のスキルを習得してからクラスチェンジするべき職らしい。


(まぁ、センター職員専用だってことだから、関係ないけど……)


 俺はそう思いつつ、


「それって、七曜会の会員は取れない?」


 参考までに訊いてみる。すると、


「なに? もしかして羨ましい? でも残念。職員専用だ」


 羨ましくもなんとも無い。寧ろ「職員」ってことは「オヤジの部下」って事だから、何が何でも絶対嫌なのだが、どうやら俺の不用意な問い掛けは俊也に妙な誤解を与えてしまったらしい。


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