Episode08-10 魔術師・千尋
――ピピッ
小さな電子音が鳴り、ゴーグルを掛けた私の視界に映る怪異の姿に重なるように表示が投影される。その内容は、
******************
*ホブ・ゴブリン 6等級
――法術耐性:低
――物理耐性:中
――*中級穢界に出現する一般的な怪異。
飛び道具を携行していない限り、近接攻撃しか攻撃手段を持たない。
体格に見合わず膂力が強いため、近接攻撃を行う場合は注意が必要。
法術による攻撃を推奨。
******************
というもの。
これは、迅さんが大学の入学祝に買ってくれた「コンバットスキャナ」とかいうゴーグルタイプの装備の機能。私としては、前に迅さんが使っていた片目グラスタイプの方がおしゃれ(でもないかな?)で良かったのだけど、どうやらそのタイプは色々と問題がある装備だったみたいで、今は迅さんもお揃いの「コンバットスキャナ」を使っている。
コレの良い所は、迅さん曰く「慣れると片目タイプよりも見やすいし、弱点とかを自動で教えてくれる」という点。現に今も「ホブ・ゴブリン」という見た目が「
とにかく私は、
「麗ちゃん、ホブゴブリンは法術が弱点!」
「分かった」
というやり取り。それで、少し先行している麗ちゃんは(多分お手製の)「破魔符」を取り出すと、それをホブ・ゴブリンに投げつける。
――ドンッ
という衝撃音と共に、見た目が「マッチョな中学生」サイズのホブ・ゴブリンは吹っ飛ばされて、通路脇の陳列ケースに突っ込む。
「トドメは――」
「私が!」
麗ちゃんの声にそう反応しつつ、私は
「ギャッ!」
という短い絶叫を残し、怪異は床に崩れ落ちる。ただ、
「まだいる、あと5匹!」
麗ちゃんの声で通路の先を見ると、今斃したのと同じヤツ等がワラワラと姿を現したところ。
と、ここで、これまで無言だった千尋が
「私もっ!」
と、声を上げる。
チラと見ると、小さな棒(杖かな?)を片手に持ち、もう片方の手でスマホを持つ千尋の姿。
彼女はスマホを片手で操作し(器用だな)、次いで別の手に持った小杖を前へ突き出しながら「
(魔術って、あんな感じなんだ)
と、場違いに感心する私の視界を横切り、淡い光の
「やっぱりダメじゃん!」
と千尋が自分で言うように、効果としては微妙。直撃を受けたホブ・ゴブリンは、少し仰け反って歩を止めたが、直ぐに前進を再開した。
「千尋、魔術師のスキルって、サポートできるヤツもある?」と私。
「あるけど」と答える千尋に、
「じゃぁ、ソッチでよろしく!」
と返す私は、右手を操り、コンバットスキャナの視野の隅っこに設置したアイテム・ショートカットボックスからビー玉サイズのアイテム「雷玉」を取り出し、それを前方へ投げつける。
――ビシッ!
「雷玉」が割れると同時に、紫色の閃光が走る。まぁ、「雷玉」の効果は読んで字の如く。ただ、迅さんがコレを投げても「チカッ」と小さく瞬くだけで終わるけど、忍者クラスのスキルである「即事応用」を持っている私が使うと、
「ギョンッ!」
短時間だけ、怪異の動きを止める事が出来る。ちなみに「雷玉」のお値段は10宝珠(千円也)。上手く使えればコスパの良いアイテムだ。
「彩音?」
「麗ちゃん、取り敢えず迂回しよう」
「そ、そうね!」
「千尋も」
「わかったわ!」
この後、感電しているホブ・ゴブリン5匹を通路に残し、私達は売り場スペースをショートカットする事にした。
******************
通路を避けて売り場スペースを突っ切った結果、私達は悲鳴を上げていた人(女の店員さんだった)の元にたどり着いた。床に倒れ込んだ店員さんの上に跨ったホブ・ゴブリンが、逆手に握った牛刀(?)を振り下ろす瞬間だったので、まさに間一髪。
麗ちゃんの破魔符がさく裂して、吹っ飛ばされたホブ・ゴブリンを私が槍で仕留める流れで、その店員さんは解放された。
見ると、手足を擦り剝いていて、腕にはザックリと斬り傷がある。結構出血しているが……今直ぐに
しかし、
「囲まれた……」
麗ちゃんがそう告げるように、救出を急いだ結果、気が付けば周囲をホブ・ゴブリンが取り囲んでいる状況。場所的にフロアの隅っこなので、退路もなく結構ヤバイ状況。
「判断ミスった?」
「でも、慎重に進んでたら助けられなかった」
「そうね、結果オーライよ」
そんな言葉を掛けあう私達。ただ、ピンチな事には変わりない。とここで、
「彩音、千尋、ちょっと時間稼ぎをお願い」
麗ちゃんはそう言うと、片膝の状態で床に白い半紙を広げる。
「何をするの?」
というのは千尋の疑問だけど、まぁ、付き合いが長い私には麗ちゃんの意図が何となく分かった。だから、
「たぶん、何かの結界陣を作るんだと思うから、それまで時間稼ぎを――」
「結界陣を作る? わ、分かんないけど、分かったわ!」
この後、随分と長く感じたけど、たぶん正味で3分間くらい、私と千尋はホブ・ゴブリンが接近して来ないように牽制を続けた。そして、
「出来た……、彩音!」
と麗ちゃんの声が掛かり、
「合図をしたら、
「え、煙遁?」
ちなみに「煙遁」とは、忍者クラスのスキルの1つで、使うと結構な広範囲に視界が利かなくなるレベルの濃い煙を出すことが出来る。ただ、それを使うと自分も視界が「ゼロ」になるので、それこそ迅さんが持っている「鬼眼」と合わせて使うくらいしか用途が無いスキルだ。
「そう、一旦怪異どもの視線を切らないと効果がないの」
「う~ん、よくわかんないけど、分かった!」
我ながら情けない返事だが、式者としての実践経験も積んでいる麗ちゃんの方が、知識や戦略の面では1枚も2枚も上手。黙って言う通りにするのがベストだろう。
ということで、
「いくよ、八卦陣・陰身隠形回廊!」
麗ちゃんの声が上がり、次いで、肌で感じられる程の「霊力」の波動が周囲を包むのを感じる。そして、
「彩音――」
という合図の声に応じて、私は煙遁を発動。
「え? なによ、何も見えないじゃない!」
という千尋の手を麗ちゃんが掴んで「シッ」と黙らせる。どうやら、黙っていた方が良いらしい。
それからしばらく、白っぽい煙が視界を覆いつくす中で息を詰める沈黙が続いた。
私はこの時、ふと「コンバットスキャナ」の視界の右上隅に、何かのアイコンが緑色に点滅している事に気が付く。いつから点滅していたのか認識が無いが、かなり控え目な点滅だから今まで全く気が付かなかった。そして、
(えっと……これって、何の点滅だっけ?)
実はこの
(う~ん)
とりあえず、視界の隅で点滅を続けるアイコンに右手で触れるようにしてみる。アイテムショートカットと同じように、これで右手首に着けた筋電センサーリングが連動して疑似的にアイコンに触れる事が出来るのだけど――
*「戦闘モード」検知中。 *
*モード中の機能最適化は設定画面へ*
*設定画面に移りますか? *
というメッセージが視界にポップする。
(戦闘モード? 設定画面? 面倒臭そう……)
そんな感想を持ったのとほぼ同時に、
(煙が晴れて来たよ)
千尋が小声でそう言う。確かに(ポップしたメッセージウィンドウが邪魔だけど)視界の先を覆っていた煙は急速に薄れつつある。だから、
(今はそれどころじゃないな)
ということで、私はポップしたウィンドウを、右手を払う仕草で視界の外へスワイプ。すると同時に点滅していた緑のアイコンも消えた。
(あれ? ま、いっか)
ということで、私は前方に集中。やがて、煙遁術の煙はスゥッと急激に晴れた。
視界が戻った先には、相変わらずホブ・ゴブリンの集団が居るが、全員が全員、妙な表情で周囲をキョロキョロと見回しているだけ。
(……私達を見失った?)
どうやら「そう」らしい。
(行こう)
と麗ちゃんが小声で言うので、この後、私達は負傷した店員さんを抱えつつ、不審そうに周囲をキョロキョロしているホブ・ゴブリンの集団をすり抜けて11階へ続くエスカレーターを上るのだった。
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