Episode04-19 七曜会


 大学時代の親友「一条俊也いちじょう・しゅんや」と会った翌日も、俺は普段通りの日常を送っていた。


 俺の毎日は先ず彩音を学校に送るところから始まる。


 ちなみに、「学校まで送る」ようになった事の発端は自宅マンションの集合ポストを漁っていた「監視男」を警戒しての事なので、もうその心配は必要ない(流石にもう現れないだろうと思う)。ただ、今日は朝から空模様が怪しく雨が降り出しそうだったので、折角車を買った事も相まって、ドライブがてらに彩音を学校まで送る事にした。


 助手席に座った彩音は「やっぱり車が良いよ」とのこと。「バイクもたまには良いけどね」とフォローをしているが、まぁ、バイクだとヘルメットを被るので髪の毛がグシャグシャになる。最近は髪型を以前の手巻きクルクルヘアからストレートに変えた彩音だが、年頃の少女なので外見は気になるだろう。そういう意味でも、車を買って良かったと思う。


 信号待ちの交差点で停車。とここで彩音が


「ねぇ迅さん、昨日の一条さんの話、アレどうするの?」


 と問い掛けて来た。


 実は、昨夜の俊也からの「お願い」に対して、俺は返事を保留している。俊也の方も


――じっくり考えてくれ――


 と返事を急かす感じではなかったので、1・2日考えてから返事しようと思っている。


「う~ん、考え中だけど……彩音はどう思う?」

「アタシ? アタシは~」


 信号が青になり、ゆっくりとアクセルを踏み込む俺。


「イイと思うよ。一条さんて迅さんの友達でしょ、だったら協力しても良いんじゃない?」


 軽い感じで意見を言う彩音だが、最近親友が行方不明になったばかりの彼女が「友達」とか言うと、妙に重い。まぁ本人にはそんなつもり・・・・・・は無いだろうけど――


(あぁそうか、行方不明になった詩音という少女の事も、警察と繋がりを持てば情報が入り易いか?)


 ふと、そう気が付いた。


「それに、ナントカっていう警察の……子会社?」

「『七曜会しちようかい』な、警察に子会社はないだろ」

「似たようなモノじゃない、とにかく、そこの社員扱いになるんだから、迅さん……ローン組めるよ!」

「……余計なお世話だよ」


 そうは言いつつも、内心では


(そうなんだよなぁ~)


 と思う俺。


 行方不明の少女の消息を手に入れやすくなる、というのはどうか分からないけど、確かに彩音が言うように、昨夜の俊也は「協力」の見返りとなる幾つかの「メリット」を提示した。


 その一つが、警察の外郭団体 ――七曜会―― の団体職員扱いをされるということ。この「七曜会」(なんだか政治団体や宗教団体っぽい名前だけど)は、表向きは事件や事故の被害者救済と互助を目的とした慈善団体で一応社団法人か公益法人か、そんな感じの法人らしい。


 しかし、その正体は各地に存在する警察の協力者 ――まぁ俺のようなアプリユーザーや、式等の低い式者等―― を囲っておくための「入れ物」だ。


 俊也曰く、


――1人でやっていく事が難しい、力の弱い式者やその縁者……まぁ俺もそうなんだけどな。後、最近では性情が好適なアプリユーザーなんかを「職員」と位置付けて協力の見返りとして謝礼を給料として支払っているんだ。まぁ、元々は1人立ちが難しい半端な式者が犯罪行為に走らないように管理しておくための団体だったらしいけど……今は情勢が変わったから――


 とのこと。


 半端に「法術」なんかが使える式者崩れの犯罪者を出さないための管理団体が、世情の変化 ――エハミ様や諏訪さんが言っていた「大結界」の件だろう―― を受けて、アプリユーザーを取り込んだ警察の協力者の団体に姿を変えた。そんな感じの団体が「七曜会」という訳だ。


 そこの職員(つまり協力者)になれば、謝礼代わりに給与が貰えて、各種の書類に「年収」や「団体職員」を書く事が出来る。だから、彩音が言うように「ローン」も組めるし、昨晩指摘されて気が付いたが、クレジットカードの更新も問題なく出来る。


 これは、俺みたいに社会的には無職になってしまう「専業アプリユーザー」にとっては、大変ありがたい話だ。しかし、


(でもなぁ……協力の内容がイマイチ分からないんだよな)


 と言うのが少しネックだ。


 一応、昨夜の俊也は「協力者」に求められる業務について、


――怪異や穢界が絡む事件で、オレみたいな「第四係」の捜査員に同行して現場に行ったり……まぁ、捜査員ナシで行ってもらう事もあるけど、とにかく、求めているのは怪異や穢界への対処になる――


 と言っていた。かなり「ザックリ」とした印象だ。


 一方、報酬については


――月末締めの翌月末払いで給料として振り込まれる。一応最低保証額があって、それは全国一律で15万円だけど、実際に「協力」してもらった場合は1件につき5万円の歩合制だ――


 報酬は渋すぎる。実に日本の役所らしい。ただ「穢界」絡みだった場合に得られた「浄化ポイント」や「ドロップアイテム」の売却益は全て「協力者」の取り分になるとの事。この辺でバランスを取っているのだろう。


 そして、肝心の勤務体系については、


――別に毎日何処かに出勤する必要はないって。そもそも事務所なんて小っちゃいの・・・・・が有るだけだし、迅の分のデスクなんて無いよ。来られたら逆に困る――


 勤務体系と言えないほど「ユルユル」な状態。それで、


――一概には言えないけど、そうだなぁ……迅だと関東を担当してもらう事になるから、他にも結構「協力者」が居るし、月に1度か2度ってところかな?――


 という頻度で「お呼びの声」が掛かるらしい。


「アタシは結構良い話だと思うな。だって何か有っても補償が出るんでしょ」

「まぁな……そうも言っていたな。じゃぁ、彩音は賛成?」

「そゆこと。将来安心じゃん。それに……アタシも入れてくれるって話だし、そうなると迅さんと一緒って事だから……良いなって――」


 助手席の彩音からの視線がちょっとアツい。


 でも確かに、俊也は俺と彩音を「2人とも」と言って誘っていた。


 実際、彩音の事を考えると、彼女はこのまま高校を卒業してもフリーターをしながら「アプリユーザー」を続ける事になるだろう。少なくとも本人はそう考えている様子だ。ただ、もしそうなると、今の俺のように「ローン」が組めなかったり「クレジットカード」が作れなかったり、それ以外にも、万が一大きな怪我をしたら、それでアウトな人生になってしまう。


 一応、自称保護者な俺としては、彩音の将来を考えると「協力者」というポジションに収まるのは悪くないか……


そうだな・・・・


 と俺は相槌をして、


「まぁ、返事をするまで未だ1・2日あるし、もうちょっと考えてみる」


 と言う。


 言ったところで、丁度、車は学校の近くに到着した。バイクで送る際に、いつも彩音を降ろしていた場所だ。次の交差点を左折すれば、そのまま正門前の通りに出る感じになる。周囲には制服姿の少年少女が、ダルそうに歩いているのが見える。


「ついたぞ」


 そう声を掛けるが、彩音は「え?」といった感じ。朝だしまだ寝ぼけているのか? チラと見ると、傍目でも分かるほど顔が赤くなっている。


「どうした? 具合でも悪いのか?」

「ち、違うよ……じゃ、また夕方ね」

「おう、しっかり勉強しろよ」

「なによそれ、お父さん気分?」


 結局、そんなやり取りで彩音は車から降りると、直ぐに知り合いを見つけたのか、そっちの方へ走っていく。そして、


「……?」


 知り合い数人のグループと合流した彩音は、何やら笑いながら話しているが、その相手方の少女2人は、仕切りにこちらの方へ意味あり気な視線を向けて来る。それで、彩音が、そんな友人に笑いながら何かを言っている。


「若いって、いいなぁ」


 なんともジジ臭い独り言を口にしつつ、俺はアクセルをゆっくりと踏み込んだ。


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