Episode04-27 呪物、あるいは禍魂物、又は忌九十九


「あ、もしもし俺だけど――」


 俺はその日の夜、諏訪にある爺ちゃんの家に電話をしていた。


『俺さん? どちら様ですかね?』

「だから、俺だよ俺――」

『……ユウスケかい?』

「いや、婆ちゃん、ユウスケって誰だよ? 俺だよ、迅だよ」

『なんだ、迅かい』


 電話に出た婆ちゃんの応対で、一瞬「ボケたのか?」と思うが、


『最近またオレオレ詐欺が増えてるらしいからねぇ……』

「ああ、そういう事か。てっきりボケたのかと思った――」

『失礼な子だね。そういえば、彩音は元気にしているかい?』

「元気だよ、今はアルバイトに行ってる」

『そうかいそうかい――』


 開口一番で実の孫より彩音の心配をするあたり……まぁ、母さんに電話しても似た様な感じだけど。


『で、どうしたんだい? 電話なんかしてきて』

「あ、そうだった、爺ちゃんは居る?」


 電話の向こうで婆ちゃんが大声で爺ちゃんを呼ぶのが聞こえる。


 一方俺は、電話の相手が爺ちゃんに代わるのを待つ間に、日中の出来事を頭の中でもう一度整理してみた。


*******************


 あの後、骨董品屋に突撃した彩音(と俺)は、口論中の店主とその奥さんの間に割って入る感じになった。


――あの~すみません、さっきの子に売ったアレは一体何ですか?――


 実は、後から聞いた話によると、彩音もあの少女(彩音の同級生)が半ば無理やり持ち去るようにして買っていた品物に「とても嫌な感じがした」のだという。俺のように「赤黒いモヤモヤ」が視覚的に見えた訳ではないが、とにかく「鳥肌が治まらない感じ?」だったとのこと。


 まぁ、彩音も「霊感」は高いし、それに元々「何となく見える系ギャル」だった(らしい)。俺との見え方・感じ方の違いは、恐らく持っている霊感の「質」の違いと鬼眼スキルの有無の差だろう。


 とにかく、彩音も、あの少女が買って行った「小箱サイズの何か」が気になったため「お店の人に直接聞く」という手っ取り早い行動にでた。


 ただ、そこから店主とその奥さんが事情を話してくれるまでにはちょっとした紆余曲折があった。


 まぁ、突然現れた(多分客ではない)2人組に、彼等的には「やっちまった感」のある出来事を正直に話すほうがレアケースだろう。


――冷やかしなら他所へ行ってくれ――


 と、にべもない・・・・・店主の対応だったが、彩音の方も結構食い下がった。


 一方、その間に俺は何をしていたかというと、あの「赤黒いモヤモヤ」を纏った小箱について考えていた。ただ、情報が少なすぎて「考える」だけでは何か分からない。なので、「鬼眼」で得られた直感的な洞察を反芻する。それはつまり、


――変な事を言うようですが、アレって「呪われている」系の物ですよね?――


 ということ。ついでに言うと


――持ち主に害を与えるような……――


 と付け足す。


 勿論、それで店主はこちらを「キッ」と睨みつけるような顔になるが、


――例えば、そこの壁に掛かっている掛け軸とか……後は……ああ、そこの能面とか‥…そんなのよりもよっぽどたちが悪い――


 俺は「鬼眼」を用いて店内を覗き込んだ結果を言った。


 ちなみに、その時挙げた「掛け軸」や「能面」は、先程の「小箱」のような「赤黒いモヤモヤ」を纏っている訳ではなかった。何と言うか、俺が(鬼眼の)視線を送ると「見つめ返して来る感じ」がしただけ(まぁ、それだけで十分気味が悪いけど)。


 この時、俺が言った言葉は「だったら何だ?」とやり返されれば、それまでの事だった。しかし、実際は、


――あんたは一体……――


 店主と奥さんを絶句させる結果になった。


 一方俺は、更にもうひと押し分の鎌をかけるために思い付いた事・・・・・・を口にしてみた。それは――


――「七曜会」の者です――


 という事。果たして、


――……な、中へどうぞ――


 と言う事になった。


*******************


『おう迅かぁ、彩音さんは元気にしとるかい?』

「元気だよ」

『そうかそうか、それでどうした? 金か?』

「違うよ!」

『ハハハハッ、冗談じゃ……で、何かあったのか?』


 電話先に出た爺ちゃんに、俺は骨董品店の店主から聞いた事を話した。


 端的に言うと、彩音の同級生の少女が無理やり買って行った物は、正真正銘の「呪物」だったということ。


 どうやら、数年前に「呪物ブーム」的な流行りが界隈かいわい(どこの界隈なのか、良く分からんけど)で起こっていたらしく、その当時にまとめて仕入れた「ソレっぽい骨董品」の中に本物が紛れ込んでいたということ。


 店主的には「アタリ」なのか「ハズレ」なのか、まぁ


――こんなものを売るなんて、出来なくて――


 「死蔵するしかなかった」と言っていたので「ハズレ」だろう。


 ちなみに店主は、


――こんな商売を長くやっていると、霊感は無くても「曰く付き」は何となく分かるもんです――


 と言っていた。そのため、明らかにヤバい「曰く付きの小箱」は売り物にならないように、店の奥の棚に仕舞い込んでいたのだが、何故か今日、安売りワゴンの中に紛れ込んでいたのだという。そして、


――あの時、ほんの少しだけ「これで手放せる」と思ってしまいました――


 そう言うと、恐縮するように頭を下げた。


「――そんな事ってあるのかな?」

『ふむ……まぁ、実際あったんじゃから、『ある』のじゃろ』


 俺の問いに爺ちゃんの返事はそんな感じ。そして、


『呪物と一概に言うが、まぁ種類としては大別すると2系統じゃな』

「へ~」

『1つは、人が呪を籠めたもの。語感的にはこちらが『呪物』という呼び方に相当するが、儂らの業界では特に『まがたまもの』と呼んでおる』

「まが、たま、もの?」

『禍々しいの『まが』にたましいの『たま』、そして物はそのまま『物』じゃて』


 どうやら、人が呪を籠めた品物を禍魂物まがたまものと呼ぶらしい。一方、


『もう1つは、たちの悪い付喪神つくもがみしろにしてしまった品物じゃが、こっちは『やそまがついみつくものかみ』、略して『いみつくも』と呼ぶな』


 「やそまがついみつくものかみ」は「八十禍津忌九十九神」で、「いみつくも」は「忌九十九いみつくも」と書いて読むらしい。ちなみに、


『禍魂物じゃから『こうだ』とか忌九十九じゃから『こうだ』とは、一概に言えぬ。いずれも由来や縁起、人にもたらわざわいの種類は千差万別じゃ』


 だという。ただ、


『ただしなぁ、積極的に人に害を与えるものは、まぁ手を変え品を変え、時には己の姿すら変えて、何とか人の世の中を渡り歩こうとするものじゃ……だから、その彩音さんの同級生の手に渡った物は、恐らく――』

「恐らく?」

『かなりたちの悪い物じゃろうな』


 式者として長年の経験を持つ爺ちゃんが言うのだから「そう」なのだろう。だとすると、ちょっと心配だ。


『しかし、そのような禍魂物や忌九十九といった呪物が大いに悪さをする事はない‥…いや、無かったと言うべきなのじゃが――』

「え? どういうこと?」

『迅がエハミ様から聞いた『大結界』の話じゃよ。アレのお陰で殆どの呪物は強さが二等から三等分は減じられておった』

「でも、大結界は――」

『そうじゃ、エハミ様が仰るように、もう無い・・・・。実は、あの話を聴いてから儂も気になって昔の伝手を色々と辿って聞いて回ったのじゃが、どうやら、本当にもう『無い』ようじゃな』


 爺ちゃんが言うには、昔の伝手(式者時代の繋がり)で日本各地の状況を聞いたところ、どこも「穢界が増えた」「封印が弱まった」「呪物が悪さをし始めた」といった状況だという。


『いずれにしても、これから世の中は大変になる』

「うん――」

『それにどう関わっていくかは、お前次第じゃが――』

「……」

『くれぐれも気を付けるのじゃぞ――』


 爺ちゃんとの電話を終えてふと時計を見ると、時刻は夜の10時半。そろそろ彩音のバイトが終わる時刻だった。


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