Episode04-28 神々の誤算
2024年長月(9月) 都内某神宮内宮
21世紀の日本の首都にあってなお、神聖な空気を纏う神宮の森の奥。人知れず佇む古式ゆかしい
2年前より2か月おきに開催されている定期会合は、普段ならば集まった面々により「あぷりけーしょん」の利用者に関する状況の共有や、次のアップデートにおける「日本固有要素」についての話し合われるのが常。
しかし、この日の会合は少し毛色が異なっていた。
清潔に磨き上げられ
驚嘆、猜疑、不満、不信、共感、同情……様々な視線を一身に受け止めるのは、墨引きの袈裟を小柄な体に纏い巨大な剃髪の頭を持つ天津神の知恵袋「
「つまり……このままでは『大結界』は成功の見込みがないというのか?」
そんな
「いかにも――」
「では、なぜ今まで黙っていた!」
「止めんか椋之御雷殿、それをこれから思金殿が説明されるのだぞ」
武人の在り様で激昂に走り易い椋之御雷を遮るのは、束帯姿の老人 ――
「少し静かにしてたもれ」
「そうなのだ、ちょっと静かにするのだ」
と九尾の老弧「
「あい済まぬ……」
対して思金は一同を見渡して巨大な頭を深々と下げる。そして、
「これ迄、状況を明かさずにおいた訳は――」
おもむろに、事情を説明し始めた。
*******************
思金が語るところによると、大結界 ――|葦原中津国《あしはらのなかつくに》
――再び張り巡らすことは難しい――
と言う事。
――
障害となる「負の力」が強過ぎ、思ったような結界を張る事は難しいという。
大昔に造られた「前の大結界」は、今よりももっと障害となる「負の力」が少ない時代に、今よりも強く人々の信仰心を集めていた神々が力を結集して造られていた。それを、時代を経る中で式家・式者たちが「補修と補強」を繰り返すことで効果を維持し向上させてきたのだが、今の世の中で「同じ様に」することは
――あまりにも負の力が強く、対して我らの力は
どうにも不可能。上手く行く見通しが立たないということだった。
勿論、こうなれば自ずと「元の結界を解いた事がそもそもの大失敗」と声高に糾弾する声が多く上がる。しかし、
――元の大結界を維持していたとしても、近い将来、必ず破綻していただろう――
そもそも、元の大結界を解いた理由が、維持の担い手たる「式家・式者」への過大な負荷を軽減するためだ。「このままでは直ぐに立ち行かなくなる」と大半の神が思ったからこそ、数年前の
とにかく、大結界を解こうが解くまいが、何れ同じ結末に至っていたのだ。その事実が思金の口から語られると、糾弾の声を荒げていた面々も黙らざるを得なくなる。
ただ、それでも残る疑念は「何故、それを黙っていたのか?」という事。それに対しては、
――伊勢様と出雲様の意見が割れてしまい――
というのが思金の説明だった。
大結界の再構築が「無理」だと言う事は、実は早い段階で分かっていたという。だから自ずと「ならばどうするか?」という次善の策が2柱の大神によって話し合われた。
この話し合いで、「出雲様」こと
――「アプリユーザーの数を増やし、以て負の力の結晶たる穢界を減らすべし」というのが出雲様のご意見――
対して伊勢様こと
――『現世改め』を行い、我らの神威を向上させることで大き過ぎる負の力を抑え込むというのが伊勢様のご意見――
両者の意見は立場の違いも相まって、未だに一致点を見出せていないという。
*******************
「伊勢様は
説明を聴いた
ちなみに「
「いかにも……今の時世、我らだけで手元の現実を改変しても直ぐに
事代主の呟きに答える思金が言うように、高度に情報化された今の社会では、たとえ1国、1地域が「現実改変」を行ったとしても、他所との情報交換によって直ぐに綻びが生まれてしまう。そのため、日本に於いても独力で
「戦後のように諸外国と……少なくともヘブライの神々と足並みをそろえなければ、やっても効果は薄いでしょうね」
椅子の上にふわふわと浮かぶ巨大なエチゼンクラゲの見た目を持つ「
しかも、
「現世改めは、やればやるほど
事代主が、まるで自分に言い聞かせるように言う事情もある。
「ならばアプリユーザーへのテコ入れという出雲様の案が現実的なのだ」
対して、そう発言したのは白い大鼠こと「
「実は、最近穢界の数が増加傾向にあるのだ。恐らく、前の大結界の効果が本格的に切れ始めたのだ」
「さよう……こうなると、ずっと力を抑え込まれていた
少彦名の言に
「サスレバ、大結界云々ヲ待タズトモ、アプリユーザーヘノテコ入レハ必要カ……」
しめ縄を巻いた岩こと「
「来月の
普段は余り自分の意見を言わない事代主も、今回ばかりはそのような意見になった。
「アプリユーザーへのテコ入れとは、つまり、ずっと繰り延べしていた正式サービスへの移行ということか?」
とここで椋之御雷が確認するように言う。それには、
「そうなるであろうな。今も、正式サービスへの移行に『待った』を掛けているのは我ら日本の神々くらいだ……もう、この流れは止められまい」
思金がそう答える。
「外津神の言う事を取り入れるのはいけ好かないが……背に腹は代えられぬか」
何とも嫌そうに腕を組みながら言う椋之御雷の言葉は、期せずしてこの場に居合わせた者達の総意であった。
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