Episode03-28 別れと新たな生活
あの後、新宿駅周辺で夕食をして、それからしばらくは駅周辺をブラブラと歩いた。途中、彩音が(多分有名な?)アクセサリー店の前で足を止めた。お店の外観は、俺のような人間には全く縁のないお洒落な感じだ。しかし、タイミング的には「何かプレゼントを――」と考えていた矢先なのでドンピシャだった。だから俺は、決死の覚悟で彩音を促すとその店に入った。
その後は、その場の流れ任せ。店員さんの「18歳のプレゼントはやっぱりシルバーアクセですね」という言葉に完全に乗りかかる感じで、シルバーのネックレスを購入した。お陰でスムーズに彩音に誕生日プレゼントを渡す事が出来た(と思う)。
俺的には、自分でいうのもなんだが、かなり「取って付けた感じ」がしたものだ。しかし、
――迅さんありがとう!――
そう言って笑う彩音の笑顔を見ると、なんだか自分まで嬉しくなってしまった。
昨夜、婆ちゃんが彩音にあげた「涙を誘う」ようなプレゼントも感動的だが、やっぱりプレゼントは
(相手を笑顔にさせたい)
ガラにもなく、そんな事を考えてしまった。
結局、その日俺と彩音がボロアパートに帰ったのは夜の10時過ぎだった。
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明けて翌日、俺と彩音は揃って
8畳の1Kアパートには4年ほどお世話になったが、大半は夜勤明けに「寝に帰る」だけの場所だった。なので、この部屋に対する思い出は、ハッキリ言って彩音が転がり込んで来た数週間分のドタバタ生活しかない。
「なんだか寂しいね」
「そうか?」
「もう、ジョーチョがないよ、迅さんは」
粗方片付いてガランとした部屋は、西日が差し込んで、確かに寂し気ではある。しかし、「情緒が無い」と彩音は言うが、大半の思い出の中心人物は彩音自身だ。それが一緒に引っ越すのだから、この場所に残していく「想い」は無い。
もちろん、そんな事を上手く口で説明できるはずもないので、
「……だったら、残るか?」
余計な一言を言ってしまい、しばらく彩音をプリプリと怒らせてしまう事になった。
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2024年8月31日
この日、俺は朝早くに近くのレンタカー店に行き、予約していた2Tトラックを借りるとボロアパートに戻り、荷物の積み込みを行った。
しかし、元々家財道具が殆ど無いので、積み込むといっても直ぐに終わってしまう。手強いのは冷蔵庫と洗濯機、あとはソファーベッドくらいだ。しかし、
「っていうか、迅さんってそんなに力持ちだったっけ?」
と彩音が指摘するように、普通ならちょっと苦労しそうな冷蔵庫、洗濯機、ソファーベッドを、俺は「ホイホイ」と軽い感じで運ぶことが出来た。
「……そう言われれば……そうかも」
「ちょっと引くんですけど」
「ハハハハ……引くなよ」
彩音に言われて初めて自覚したが、確かにちょっと不自然だった。もしかしたら――
「アプリのせい? それとも修行の成果かな?」
「う~ん……両方?」
たぶん、両方の相乗効果だと思う。
「でも良かったじゃない迅さん。引っ越し屋さんでバイトできるよ」
「やらないよ!」
そんなやり取りで俺と彩音はトラックに乗り込むとボロアパートを後にする。この後は不動産屋に鍵を返し、引き換えに新しい鍵を貰ってから引っ越し先へ行くことになる。しかし、
「ねぇ迅さん」
「ん? どうした?」
「ちょっとお願いなんだけど――」
途中の車内で彩音は、
「ちょっと、寄って欲しいところがあるんだ」
と言い出した。
彩音が言う「寄って欲しいところ」とは、まぁ、以前彼女が母親と暮らしていたアパートだった。なんでも、
――ちょっと荷物が残ってるから、あと、一応ケジメとして独り立ちする事を言っておきたい――
とのこと。
ちょっと緊張するが、俺にもケジメになる話。「否」は無い。なので、寄り道として元彩音のアパートへ向かったのだが……
「……どういう事?」
元々彩音が住んでいたアパートは、俺が住んでいたボロアパートと同じ感じの造りだった。その2階の真ん中の部屋が「住んでいた部屋」になるのだが、玄関の呼び鈴を鳴らしても無反応。彩音が言うには「この時間なら居るはず」とのことだが、反応が無いので彩音は持っていた合鍵でドアを開けた。
そこで絶句することになった。というのも、
「引っ越した……のかな?」
彩音の後ろから室内を覗いた俺の目には、スペッと何もない2DKの室内が映っていたから。畳やフローリングに家具を置いていた跡だけが生々しく残っている感じ。
「……マジなの……」
彩音はそう言うと玄関でスニーカーを脱いで中へ入る。そして、恐らく元々自分の部屋だった6畳間に入ると、押し入れを開けたり、その上の天袋を開けたりしてから、
「ハハハ……サイアク……」
泣きそうな顔で戻って来た。
そんな彩音に、俺は何と言って声を掛けて良いか分からず、
「ま、まぁ……母さんなら、ウチにも居るから」
変な事を口走っていたものだ。
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その後、俺は呆然とした状態の彩音を引っ張ってアパートを後にしたのだが、トラックに乗り込むところで、彩音の顔見知りと思しきアパートの住人に声を掛けられた。30代前半の
――
とのこと。その場は適当にあしらってアパートを後にしたが、どうやら彩音の母親は彩音がアパートを飛び出した直後に引っ越してしまったらしい。
――鍵……不動産屋さんに返さなきゃね――
呟くような彩音の言葉を聞いて、俺は何とも言えない嫌な気持ちになったが、この後、更に嫌な気持ちになった。
というのも、
――桧葉埼さん? ああ、やっと引き取りに来てくれたんですね! もう、ウチは倉庫じゃないんですよ! あと、滞納している7月と8月の家賃と光熱費、払ってくださいね!――
彩音の元アパートを管理している不動産屋を訪れて鍵を還す際、そんな事を言われた。どうやら、彩音の母親は家賃を滞納したまま、一部の荷物を放置して引っ越していったようだった。
ちなみに、不動産屋さんが預かっていた荷物は裏の駐車場の屋根の下に在ったが……殆どが粗大ごみにしか見えない痛んだ家具類や、汚れがこびり付いたままの食器類だった。しかし、その中のひとつ、大き目のごみ袋の中には
――アタシの……だね――
と言うように、彩音の替えの制服や私服に下着、後はちょっとした小物類が纏めて突っ込まれていた。
それを見る彩音は完全に無表情。感情が顔から消えてしまっていた。俺自身もこの状況にかなりムカついてしまったが、そんな事より彩音が心配だった。なので、服が詰められたごみ袋一つを掴んでトラックの荷台に投げ入れると、そのまま彩音の腕を掴んで隣のコンビニに駆け込み、ATMで現金を下ろした。そして、
――これで、家賃と荷物を預けた迷惑料、ついでにあのゴミを処分してください――
そう言って不動産屋のカウンターに下ろしたばかりの現金を置くと、「ちょ、ちょっと、清算しますので――」という店員を振り切ってトラックに乗り込んだ。
「……アタシ……」
「気にするな!」
「でも……」
「忘れろ!」
「忘れる」なんて無理な話だろう。でも、この時の俺にはそんなことしか言えなかった。
「そ、そうだね……」
という彩音の声が懸命に涙を堪えているようで……なんだか俺の方が泣きそうになってしまった。
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その後、俺と彩音は本来行く予定だった不動産屋さんに出向き、ボロアパートの鍵を返して、引っ越し先の鍵を受け取ると、そのまま引っ越し先へ向かった。
この時点で未だ正午過ぎだったが、「何か食べる?」という雰囲気ではなかったので、俺はさっさと引っ越しを済ますことにした。
部屋は2階の角部屋。エレベーターのある物件なので、それを利用して荷物を運び込み、大物(といっても洗濯機と冷蔵庫とソファーベッドだけ)を良さそうな場所に設置する。その間、彩音の方は小物や布団・衣服類などを黙々と整理していた。
そして粗方片付いたところで、PETボトルのお茶を飲みつつリビングで一休みする。
「……なんだか……広いね」
「そうだな」
現在、リビングにはソファーベッドとローテーブルが有るだけ。余りにも物がなさ過ぎて、14.5畳のリビングは殺風景な程広く感じる。
「でも、そのうち、モノが増えれば丁度良くなるだろ」
「そうね……」
ソファーベッドに並んで腰かけ、これからの事を考える俺と彩音。握り拳が2つ分ほどの距離感が、今は丁度良いのだろう。
(というか、この距離をキープしないとだな)
そんな事を考えつつ、俺は窓の外を見る。
夕日に照らされた「スーパーバリューショップ・与野店」の屋根が見えた。しばらく放置する事になったけど、あの店の「穢界」はどれだけ増えたのだろう? と思うが、まぁ今は「
「とりあえず……カーテン買おうか?」
そう言う俺に彩音は頷くと、
「でもちょっとお腹空いたかも……ねぇ迅さん、前に焼肉奢ってくれるっていってたよね?」
「え? あ、ああ、言ったかも?」
「私も出すから、行こう。焼肉!」
「お、おぅ……じゃぁそうするか」
と言う事になった。
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