Episode03-29 蠢動する未来
埼玉県内某病院
未明の病棟を1人の女性看護師が慌てた様子で走っている。彼女はそのままの勢いでナースセンターに駆け込むと、同僚の宿直看護師達に向かって大声で
「た、大変です。2031号室の患者さん。見当たりません!」
と告げた。すると、
「え? 居ないの? トイレとかじゃなくて?」
年配の看護師が問い質すが、駆け込んで来た女性看護師は息を切らしながら、
「いませんでした! 何処にも!」
と言う。そこで、もう1人の看護師が
「2031号室って、あの……」
姿を消した入院患者に心当たりが有るような素振りを見せ、そして、年配の看護師に向けて
「主任、2031の患者さんって、例の……乱暴された女の子です。昨日の昼に意識を回復させたばかりなので、ちょっと自力で出歩くのは無理だと思います」
それで主任と呼ばれた年配の看護師は、
「ああ、集団強姦の被害者……」
言いつつ、診断カルテの内容を思い出す。確か名前は
(確か恋人さんが、毎日様子を見に来てたわね)
カルテの情報以外で、彼女が覚えているのはそんな事だ。同じ歳頃の少年が毎日1階の受付にやって来て「会わせて下さい」と頼み込んでいると聞いた。その一方、知り合いの刑事からは「当面は面会謝絶で、事件性がありますのでご家族以外は会わせないで」と言われている。
「もしかして……自殺を!」
ただ、主任看護師がそんな事を考えている間にも、若い看護師2人はそんな結論に達していた。確かに、それはあり得る話だ。だから主任看護師は慌てたように、
「田中さん、あなたは屋上を! 吉川さんは守衛に確認して! 私は警察に連絡を――」
と指示を出した。
しかし、この後病院中を探したが、患者「飯塚詩音」の姿は何処にも見当たらなかった。また、後日調べたところ、病院の各所に設置された監視カメラの画像データはどれも揃って当日の午前3時の前後5分間だけ、データがクラッシュしている事が判明した。それは、患者「飯塚詩音」が姿を消した時刻と一致していたという。
このような経緯で、現在集団暴行・強姦事件と認知されている事件の被害者少女「飯塚詩音」は行方をくらました。
そして、毎日彼女との面会を希望していた少年「岡田浩二」も、その数日後から行方が知れなくなった。
*******************
冷房が強く利いた暗い部屋にはカップ麺やコンビニ弁当の空き殻、飲みかけのPETボトルが散乱している。そんなゴミにまみれた部屋の中で、小太り男が
男はフリーのアプリプログラマ。先月までは副業としてやっていたが、今月から「専業」に切り替えていた。副業時代に色々な仕事を受けて来たので「小回りの利くフリーランス」として、業界では少々名前が売れている。そのため、「専業」になった今は比較的大きな案件が転がり込んでくるようになった。
――ターンッ
ひと際大きな音で男がエンターキーを叩く。それを合図に画面上の白い文字が凄まじい勢いで流れ出した。
画面を眺める男が椅子の背凭れに身体を預ける。
――ギギィ
肥満体の体重を受け止めて椅子が悲鳴を上げた。
「ふう……それにしても、妙なアプリだな」
男は椅子の悲鳴を聞かなかったことにして、そう呟く。そして、今まで自分がデバック作業をしていたアプリの事を思い出した。アプリは一見するとスマホのゲームアプリのような感じだった。至る所でGPS情報を参照するので、おそらく「位置ゲー」の一種だと男は思っている。
ただ他にも頻繁に「訳の分からないパスを経て、何処にあるのか分からないデータを頻繁に読み込む挙動」があった。しかし、
「どんなゲームか気になるけど、まぁ下請けの下請けだからな……全体は分からんか」
男の元に回って来た仕事は、アプリ全体で言えば「ほんの一部」のプログラムデータのデバックのみ。だからデータの全てを開示された訳ではない。ただ、締め切りが9月半ばで、データ自体は来年の1月頃に行われるアプリのアップデートの差分ファイルだと言う事くらいは「仕様書」に書かれていた。
その一方でアプリの名前は開示されていない。ただ、それでも「何となく」で推測することが出来た。というのも、送られてきたオリジナルのプログラムデータ内に消し忘れと思しきコメントがあり、そこに――
「……イー・エフ・ダブルか……」
というアプリの名称と思しきものが残っていたから。
「どっかで聞いた気がしないでも――」
男はその名称に聞き覚えがある気がした。しかし、思い出せそうで思い出せない。
そのもどかしさに、男は気分を変えようと別のPCを起動する。そして、趣味である「怖い話系サイト」に面白い新作が出てないか探そうとするのだが、
――ピピピピッ、ピピピピッ!
この時、突然男のスマホが着信音を鳴らした。見ると知らない番号だった。
「仕事の依頼かもしれないからな――」
出ない訳に行かないと思い、男は通話のボタンを押す。すると、
『吉川君だね――』
くぐもった声が男の名前を呼ぶ。
「はい……どちら様で?」
『君に折り入って頼みがあるんだ』
「はぁ……」
『君の手元にあるアプリのデータについてだ』
「え?」
吉川と呼ばれた男は、咄嗟に目の前の画面を見る。
『そう……それだ、そのデータの一部を書き換えて欲しい』
「い、いや、それは」
『報酬は出そう。5千万円だ』
「ご……せん、まん?」
『そうだ。君はデータの中に1行だけ私の言うソースコードをかき込む。それで5千万円を得る。なに、バレる事は無いし、バレたとしても君がやったとは誰も思わんさ』
気が付くと、吉川は自分の個人用のメールアドレスを誰とも知れない電話の先の男に話していた。
*******************
埼玉県内某所
24時間営業のスーパーマーケットの駐車場。その片隅にありふれた中型セダンタイプの車が駐車している。傍目に見れば買い物客が駐車したように見えるが、この車には1人の中年男性が数時間ずっと乗りっぱなしだった。
男は刑事だ。埼玉県警刑事部第二捜査課、主に経済犯を取り扱う部署で25年のベテランである男は仲間内から「マムシの山」と呼ばれている。そんなベテラン刑事が追っているのは、先月発覚した贈収賄事件。県庁職員の自殺未遂を発端として発覚した一連の汚職事件だった。
ただ、事件は今のところ表面上は県や市から随意契約で仕事を貰っていた複数の民間企業と県庁・市役所職員の少額な賄賂を介した癒着でしかない。しかし「マムシの山」こと山本警部補は、それが単なる木っ端役人と零細企業の些細な悪事とは思っていない。
現に癒着構造の中核にいた「田村警備保障」は不自然なほどの迅速さで警備業の許認可を取り消されて廃業に追い込まれている。これは、警察庁のトップが絡まないと出来ない不自然な動きだ。だから、山本は
(このヤマは絶対に大物に繋がっている)
そう考え、半ば独断でこの事件を追っている。山本は、組織に対する反骨心のある男だった。
勿論、山本の
そのため、地検からは「公判が維持できない可能性がある」として、捜査員に強い圧力が掛かっている。
おそらく、贈収賄の過程で、もっと大きな力を持つ ――例えば地元選出の国会議員など―― に大部分の金が流れた可能性がある。
そして、その金の流れの一端を握っているのが
「……八神迅……」
現在、山本が張り込みを続けているマンションに引っ越したばかりの元田村警備保障社員「八神迅」だった。もちろん、この辺は全て山本の勘(ヤマ勘)なのだが、それで調べてみると、色々と怪しいところが出て来た。
そもそも、贈収賄事件が発覚したのは県庁職員の自殺未遂が発端だが、その自殺未遂の現場にいたのが八神迅だ。
そして、他の田村警備保障の関係者がせっせと「再就職活動」をしているのにもかかわらず、八神だけが(一応ハローワークに登録しているものの)再就職活動を行っていない。むしろ、毎日ブラブラと新車のスクーターを乗り回し、いつの間にか未成年の女子高校生と同棲生活を始めている。
しかも、ここにきて八神は突然家賃が10万円を超えるマンションへ引っ越しをした。
(不労所得……恐らくプールした賄賂を引き出せる立場なのだろう)
今では、山本はそんな結論に至っている。しかし、
(同居人が未成年であることを理由に引っ張ればいいものを――)
なぜか上の動きは鈍い。
(こうなったら、別件……微罪で引っ張るか)
「マムシの山」こと山本がそんな腹を決めるのに、そう長い時間は必要としなかった。
___________________
Episode03 ようこそ、「神界」へ!(完)
お読み頂き有難う御座いました。
次回より
Episode04 重要参考人「八神迅」?
を開始します。
~~以下、クレクレで申し訳ありません~~
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作者:金時草
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