重要参考人「八神迅」?
Episode04-01 ある日の迅
新居の自室、和室の畳の上に敷いたヨガマットに正座し、心を落ち着けて
「……」
書くべき文字は「残暑」。
画数が多くて難しいが、季節柄はピッタリだ。9月になっても外は連日35℃の猛暑を記録している。さっそく「残暑」ではなく「酷暑」と言っても良いくらいだ。ほんと、日本は一体どうなって――
「……集中、集中」
脇へ逸れ掛けた思考を軌道修正。
最近週3回ペースで通い始めた近所のカルチャー教室「書道教室」の講師が言っていた事を頭の中で繰り返し、息を詰める。そして、ゆっくりと息を吐きながら、半紙の上に筆を走らせた。
「……っ!」
書き上がった文字は……まぁ下手ではないだろうけど、全然「上手」でもない。ただ、最初の頃に比べると、文字の配置というか、バランスは良くなったと思う。
「ふう」
一息吐いて緊張を解く。そして、ふと窓の外へ目をやった。
「もう1週間か――」
自然と独り言が漏れ、俺は新居に移ってからの日々を
*******************
引っ越しの当日は、まぁ、控えめに言っても「最悪な出来事」があった。
実の母親が、たとえ家出中だったとしても、実の娘に何も報せる事無く引っ越しをする。しかも未払いの家賃と公共料金をお土産代わりに残してだ。そんな「トンデモ話」は出来の悪い小説の中くらいにしか出てこないだろう。
だが、現実とは恐ろしいもので、実際に起こってしまった。
「親が行方をくらます」という事自体は、俺のクソ親父も似たような事をやらかしている(便りはあるそうだが……)。しかし、それでも俺の場合はまだ母さんがいたし爺ちゃんも婆ちゃんもいた。だが、彩音の場合は母親だけが肉親だった。その肉親が、まるで厄介者を追い払うように姿を消したのだ。
基本的に「赤の他人」でしかない俺をしても、胸糞が悪くなる話だ。当の本人である彩音の心中は、察する事も覚束ない程だ。
しかし、彼女は(1日ほど落ち込んでいたが)直ぐに立ち直った。寧ろ、
――気にしたら負け!――
と言わんばかりの勢いで(実際言っていたけど)、引っ越しの後片付けや足りないモノの買い出しを精力的に行っていた。
俺は、口が裂けても言う言葉じゃないが、そんな彼女の姿を見て、少し……いや、相当「尊敬」するような気持ちになったものだ。8歳ほど年下だとか、見た目がギャルっぽいとか、生意気な口を利くとか、そんな表面的な話ではなく、彼女の芯の強さに畏敬の念(ちょっと大げさか?)を抱いた気さえする。
たとえ今は「カラ元気」だとしても、表面上、彩音は元気だ。だから、俺も彩音をそのように扱う。変に
とにかく、彩音は元気なのだ。
そんな彩音は新学期がスタートした高校へ初日から文句も言わずに通学している。
ちなみに、彩音が言うには
――アタシって親友とか、そういうのは居ないのよね……広く浅くって感じ?――
学校ではそんな感じの友達付き合いをやっているらしい。ただ、それでも仲の良い女友達は居るようで、
――強いて言うなら
とのこと。
「強いて言うなら親友かな?」という存在は俺も大学時代に1人いたが、ヤツは今頃どうしているだろうか? 警察に就職したという事は知っているが、もう4年ほど会っていないな……。
……というのは
――可愛い子だったでしょ? 私とちがってナイスバディだし――
そう言われても、全然サッパリ全く記憶に残っていない。あの時の駐車場は真夜中だった事もあって、暗かったので人の顔など詳しく判別できる状況じゃなかった。それに、あの後に入った「八等穢界」の中での出来事と、出た直後に起こった事件(彩音全裸事件と俺の中で密に呼んでいるが、俺は「見えて無かった」事になっている)の方が強烈過ぎて、尚更他の事はサッパリ記憶に残っていない。
――でも、学校に来てないのよね。スマホも繋がらないし……ちょっと今日の放課後に家に行ってみる――
そんな彩音の親友「詩音」だが、新学期早々学校を欠席しているらしい。ただ、他に結構休んでいる連中は居るようで、
――詩音の彼氏の浩二とか、後は隆司のクソも来てない――
との事。ちなみに、浩二と隆司という男子高校生にも、俺は詩音と同じタイミングで遭遇しているらしい。その内、隆司という少年は彩音を襲った当事者だ(なのでクソ呼ばわり)。たしかに、あの場から逃げ出すように立ち去って行った少年の存在は何となく覚えている。
とにかく、彩音は今日の放課後に「詩音」という少女の家を訪れるということ。なので、帰りが少し遅くなるが、
――夜の穢界は、私が帰って来るまで待っててね――
という約束になっている。
最近、といってもここ1週間ほどだが、俺と彩音の「穢界」へ行くペースは基本的に以前と同じだ。平日の場合、俺は午前9時前後・午後2時前後・夜8時前後の1日3回。彩音の場合は夜の1回だけになっている。一方、彩音の学校が休みになる土日は、一緒に行動しているので1日3回だ。
行く場所は、特に「夜の部」は行き易さの都合でマンションの向かいにある「スーパーバリューショップ・与野店」が多い。あのスーパーマーケットの店内には、今でも毎日1つか2つの「九~八等穢界」が湧いている。だから九等が2つあるような時は2個連続で行く場合もある。
ちなみに同じ店内のバックヤード側(恐らく事務所のある辺り)に存在する「七等穢界」は場所的に部外者の俺達には入れないので手付かずのまま残っている。おそらく、その「七等穢界」がある種の「核」になって、より等級の低い「穢界」を湧かせているのだろう。
一方、俺が単独で行動している平日昼間はというと、最近は「八等穢界」ばかりだが、今日は思い切って近場の「七等穢界」(目の前のスーパーとは別の場所)へ行ってみようと思っている。
*******************
「これくらいにしとくか――」
目の前には「残暑」と書かれた半紙が何枚か並べて置かれている。見比べると、今日1発目に書いたヤツが一番出来が良い気がするが……書道アルアルだろうか?
「ふう」
もう少し上達したら、本格的に「無地の呪符」に呪符を書く練習をしようと思っているが、その「もう少し」が中々見極められない。なんだか、このままズルズルと何時までたってもやらないような気がしないでもない。
「う~ん……なんなら、1、2枚試しに書いてみるか――」
チラと時計を見ると時刻は正午過ぎ。今日の午後に行こうと思っていた「七等穢界」はバイクで20分程の距離なので、まだまだ時間がある感じだ。
「よし!」
気合を入れてから、脇に置いてあったスマホを手に取り「
後は、爺ちゃんから貰った「呪符術の教本」の1ページ ――「破魔符」の見本―― を開き、呼吸を整える。
一応、呼吸方法を変えて体内の霊力を練るように動かし、丁度良い塩梅のところで、丹田から霊力を取り出して右手の筆に移すようにしてみる。イメージ的には光る糸が腹から腕を伝って筆の毛先に繋がる感じだ。
「……」
しかし、いざやってみると、呼吸方法と光る糸のイメージを保ちつつ、更に教本の見本をなぞる行為は相当難しいと分かる。上手く出来ているときは、自分の身体から霊力が流れ出る感覚が分かるが、そうでない時は霊力の流れが途中で止まって霧散する感じがする。
「……終わった……」
結局、3枚書いてみたが、どれもうまくいった気がしない。身体から筆を伝って霊力が呪符に流れる感覚は、全体の工程の5%くらいだろうか? 残りの95%は、途中で霊力の流れが止まって霧散していたと思う。
「でもまぁ……折角だし使ってみるか」
勿体ない精神でそう考えると、試しに書いたばかりの手製の「破魔符」を「
「収納は……出来るんだね」
思いつきでやった割には上手く行った。ただ、アプリ内での表記は
――破魔符?(落書きレベル)――
「うるせぇよ!」
思わず、そんな声が出るようなものだった。
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