Episode03-27 帰宅
翌日、俺と彩音は午後2時過ぎに爺ちゃんの家を後にした。ちなみに母さんはそれよりも早く朝の内に高崎へ向けて出発している。なので、帰りは上諏訪駅までタクシーだった。駅に着いた後は、来た時とは逆の行程で特急に乗り新宿駅経由で埼玉の自宅アパートを目指す事になる。
(なんだか随分と長く居た気がするけど……実際は3泊4日か)
時間の感覚が狂いまくっている俺はそんな事を考えつつ、窓側の席に座る彩音を見る。彩音はさっきまでスマホを弄っていたが、今は
ダークブラウンに染め直した頭が何度かリズミカルに揺れたあと、「コトン」と俺の肩に居場所を見つけたように重さを預けてくる。
「んぅん……」
どうやら彩音は本格的に昼寝を決め込むつもりらしい。
俺は、そんな彼女の頭越しに、後ろへ流れていく車窓の風景を眺めながら去り際の事を思い出した。
*******************
昨晩の彩音の誕生会の後、俺は爺ちゃんの部屋で深夜まで過ごした。そして、翌朝もかなり早い時間に叩き起こされ「続き」をやる事になった。
俺が爺ちゃんの部屋でやっていた事とは主に2つ。その内1つは「霊力の制御方法」の習得。そしてもう一つが
といっても爺ちゃん曰く
――どちらも幼いころから時間をかけて教え込むものじゃが……まぁ何もしないよりもマシじゃろ――
とのこと。いきなりヤル気を失くすような話だった。しかし、その一方で、
――もの心が付く前の幼い時分からやると、どうしても反発心が芽生える。それを思うと分別が育った年頃から始めるのも良いかもしれぬ――
とも言う。一体どっちなんだい? と思ったものだが、
――昔から、迅のような年齢から修練を始めた者はいない……いや、居たかもしれぬが記録に無い。なので、やってみないと分からんわ――
とのこと。
とまぁ、こんな感じで「秦角家伝来の技術」というものの伝授が始まった。
しかし、どうしても時間が足りない。だから「霊力の制御」に関しては小難しい理屈をすっ飛ばして、その根幹となる「呼吸方法」について重点的に伝授を受けた。
この「呼吸方法」は早い話が「手順を踏んだ腹式呼吸」の繰り返しだ。基本的に「2度吸って1度吐く」や「3度吸って2度吐く」といった呼吸を繰り返すことになる。少し特殊なのは、その呼吸の間に「体内の霊力を自在に操る」という行程が含まれる点。
――ここで一番難しいのは自分の霊力を感じ取ることじゃが……――
ただ、幸いな事(?)に、俺は既に自分の霊力を感知することが出来ている。「
そのため、
――なんじゃ……出来とるじゃないか――
と言う事になった。
結局、一番難しい最初の難関である「自分の霊力を感じ取る」をアッサリとクリアした俺は、その後の実践 ――霊力の操作―― へ移ることになる。
――腹……丹田という臍の下あたりじゃな、そこから霊力を取り出し全身を巡らせ丹田へ戻す。これを繰り返すことで体内の霊力を練り高めることが出来る――
これが、霊力を養い高める方法であり、法術を用いる際に霊力を活性化させる方法でもある。その一方、
――五体に
というように、高い霊力を体の中に閉じ込めておく方法もあった。
ちなみに、幼少期の俺を例に出せば分かる話だが、「高すぎる霊力」は日常生活の妨げになる。余計な怪異を呼び寄せたり、
だから、霊力を養いつつ、それを抑える方法を同時に学ぶ必要がある。
まぁ、俺としてはそんな大切な事を一切教えてくれなかった「クソ親父」に文句を言ってやりたい気持ちだが、それも今更な話。文句は腹に呑み込んで、
その結果、
――まぁ不十分だが感覚は掴んだだろう。後はそれを日々実践するのみじゃ――
結局、「霊力の制御方法」については初歩的な手法を学び取り、後は「実践あるのみ」となった。
一方、秦角家伝来の「呪符術」については……最初っからこの場で習得する事を諦めざるを得なかった。というのも、
――迅。お前……書道はやったことが無いのか?――
ということだ。残念ながら、書道はおろか毛筆なんて小学生の時に何度か触れたくらいの経験しかない。しかし、呪符術には毛筆の扱いが(必須という訳ではないが)重要らしい。
ちなみに、ここでいう「呪符術」とは、「
自分の体内で練り上げた霊力を、法術の媒体である呪符へ「意味のある霊力」として橋渡しする「筆」は、慣れればボールペンでも鉛筆でも良いらしいが、最初の頃は伝達率が高い「毛筆と墨汁に限る」のだそう。
また呪符に書き記される文字や象徴的な形象は、「止め」や「刎ね」や「払い」の細部はおろか、その余白に至るまで、全てに意味があるらしい。だから尚更、毛筆の扱いは上手いに越したことはない。
――しかし、出来ないモノは仕方ないな……――
爺ちゃんは少し落胆した感じになったが、そう言って仕切り直すと俺に古びた本を1冊手渡してきた。本の表紙は無地。元々白色だったものが日に焼けて黄ばんでいる。ただ、装丁的にも紙質的にも古文書と呼べるものではなく、普通の古本屋に並んでいそうな感じの本だ。
――基礎的な呪符術の教本じゃ。儂が古文書を整理して書き写したものになる――
確かにページを開いてみると、
――できないなりに、それを真似てやってみるもよし、近所に書道を教えてくれるようなところがあるなら、そこへ通うもよし。どうするかは、迅次第じゃな――
そんな爺ちゃんの言葉を受けて、俺は再び教本のページをパラパラとめくる。すると、ビッシリと達筆な文字(読めない文字が多々ある)が埋め尽くしているページの所々に、鉛筆やボールペンで「落書き」のような「愚痴」のようなモノが書きなぐってあるのを見つけた。それが気になって尋ねたところ、爺ちゃんは、
――それは
とのこと。どうやら、クソ親父も同じ教本を使い(行間や余白に落書きで文句を垂れながら)呪符術を学んでいたらしい。
――アレも小さい頃は才気の塊のような子だったが、高校に通い出す辺りからは、相当イヤイヤやっていたのだろう――
爺ちゃんはそう言うと、ほろ苦いような懐かしいような顔をした。それで、俺は何も言えなくなって、言われるままに「呪符術の教本」を持ち帰る事にした。
――迅は、未だ賢の事を怒っているのか?――
クソ親父が使っていた教本を切っ掛けに、爺ちゃんの話は
――今でも時折連絡を寄越して来る。千賀子さんのところにも便りがあるそうだ。迅の事を気にしていると、千賀子さんから聞いているが……――
そんな近況を聞かされても、俺は返事に困るだけだった。
*******************
車窓から見える景色はすっかり夕暮れ時の都会の風景になって来た。そろそろ特急列車は新宿に着くだろう。
俺は、ずっと人の肩を枕にして熟睡している彩音を見て
(どのタイミングで起こそうか?)
そんな事を考えていた。
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