Episode08-01 新生活を始めましょう!


2025年4月某日


じんさん、顔拭くタオルってどこにしまったんだっけ」


 彩音あやねの声がバスルームの方から聞こえてくる。直前まで蛇口から水が出る音がしていたので、どうやら彩音は顔を洗い終わったところでタオルの在処が分からない事に気が付いたのだろう。


 バスルームからは「ねぇ、何処だっけ?」とか「あれ~?」と、ちょっと困った感じの彩音の声が続いてくるので、俺は


「先に確認しとけよなぁ」


 と(極々小声で)呟きつつ、リビングに積みっ放しになっているプラスチックケースの1つから目当てのハンドタオルを見つけ出し、


「今持ってくよ」


 声を掛けつつバスルームへ向かう。


以前住んでいたマンションとは違う間取りにちょっと戸惑いつつも、バスルーム手前の洗面台の前に居る「びしょ濡れスッピン美女」にハンドタオルを手渡し、そのニコッとした笑顔に毒気を抜かれる。


「帰ったらアタシも引っ越しの片づけ手伝うからね!」


 顔をゴシゴシしつつ言う彩音に、


「いいよ、今日からガイダンスなんだし、初日は色々あるだろうから――」


 「気にしなくていい」と答える俺。


「それより、白絹さんとの待ち合わせの時間……ちょっと大丈夫か?」


 別に腕時計を巻いている訳ではないが、エアー腕時計的に手首を見る仕草をしつつ言うと、彩音は「あ、ヤバイ!」となる。


 その後、ワチャワチャと朝の準備を始める彩音を残し、リビングに戻った俺は積み上がったままの引っ越しの荷物を見つつ


(いて欲しい時に居ないんだよなぁ~エミのヤツ)


 とため息交じりに思うのだった。


******************


 少し話を巻き戻す。


 昨年末に起こった「マカミ山鼬さんゆう」の件は、今のところ「誰が弱ったマカミ山鼬に力を与えたのか?」は調査中。


 オヤジ曰く、


――疑わしい連中は絞れてきたが……ちょっと面倒な状況だな――


 との事。何がどういう理屈で「面倒」なのか分からないが、本職(警察関係者)が面倒だというのだから「面倒」なんだろう。


――それとなくナシを付けた。もうちょっかいを掛けてくることは無いと思う――


 という事なので、少し気味は悪いが今はそれ以上の「なにか」を求める事が出来ない状況だ。


 とにかく、その事件・・・・の結果、年末は言うに及ばず、年始もしばらくはバタバタとした。俺としては期せずして彩音受験生を「バタバタ」な環境に巻き込んでしまい気が気でなかったもの。


 しかし、当の本人(彩音)は「それはそれ、これはこれ」と割り切った感じで受験勉強に集中を続け、結果として白絹嬢と共に都内の私立大学を受験し、見事に合格を勝ち取った。


 受かった大学は、それほど有名ではないが、偏差値はやや高め。


 ちなみにその大学を選んだ理由は、学校運営に「十種一族とくさいちぞく」の関係者が数人混ざっているから。


――単位とか、いろいろ融通が利くと思うんです――


 という、(意外にちゃっかりとした)白絹嬢の考えに彩音が乗っかったからだ。まぁ「怪異」や「穢界」絡みで授業に出れなかった時も単位をしっかりと保証してくれるという話だから、彩音的には「アリ」な選択だったのだろう。


 一方、俺としては、いまいち何を考えているのか分からない十種とくさ一族の息が掛かった大学に彩音が通う事に少し抵抗があった。しかしその辺の懸念は、(詳細は省くが)十種の親玉・・・・・と面会する機会を得て、


――特別の意図はない。君への単なる興味から麗華に接近を指示した。ただ、今ではもう麗華と桧葉埼さんは仲が良い親友だと、あの子は昔から親友と呼べるほど親しい友人が居なかった。これは親代わりを自負する私の我が儘だが、どうか桧葉埼さんには麗華と末永く仲良くしてやって欲しいと思っている――


 という話を聴いている。


 俺としては、十種とくさの親玉が言ったその言葉に嘘偽りはないと感じている。なので、その辺に対する余計な心配は無用だと結論を付けた(でも、一応警戒はしているけど)。


 とにかく、彩音は無事大学に合格。思い返せば高校3年の夏までは「あの状態」だった訳だから、そこから良くもまぁ巻き返したものだと思う。地頭じあたまが良かったのか、それとも「EFWアプリ」のレベルアップの恩恵なのか、いずれにしても本人の努力ありき・・・の話。とにかく、大したものだと思う。


 という事で、都内の大学に通う事が決定した彩音と俺は、ついで「住まい」の算段をすることになった。


――別にこのままでいいし――


 という彩音に対して、


――いや、大学近いほうが便利だろ――


 という俺。


 「言い争い」には程遠い、緩い話し合いの結果「引っ越し」することが決定。次いで「どんなところに住むか?」の話し合いになった結果、当初は都内でこそあれ、そこそこ外れた場所に賃貸で住む事で収まりかけたが、


――賃貸なんてとんでもない、儂に任せておけ――


 何処で聞きつけたのか(まぁ十中八九「彩音→母さん→婆ちゃん→爺ちゃん」だろうけど)爺ちゃんがしゃしゃり・・・・・出て来て


――マカミ山鼬さんゆうの時の詫びもコミだ――


 という良く分からない理屈の元に多額の金銭援助を(ほぼ無理やり)受ける事になった。


 金額の詳細は省くが、EFWアプリで結構な額を稼いでいる俺と彩音が「ゲッ」と絶句するくらい金額が、突然俺の銀行口座に振り込まれていた。


 お陰でいったん決まりかけた「住まい探し」が振り出しに戻り、なまじっか多額の支援を受けたものだから、それを余らせるのも「違うだろ」となり、賃貸ではなく中古マンションを購入することになる。そして紆余曲折の家探しを経て、4月6日(つまり昨日)が入居日となった。


 ちなみに入学式は4日だったから、週末はバッタバタの状況だったもの。お陰で新居(中古マンションだけど)の中は騒然としたまま。これを今から片づけるのが俺の使命となる。


 ということで、


「とりあえず……」


 俺はスマホを取り出すと、EFWアプリを立ち上げてから、ひとまず


「出てこい、小鬼太郎!」


 お手伝いを呼ぶ事にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る