Episode08-00 追う青年③


 岡田青年に「シオン」の名を投げかけたのは、歌舞伎町界隈でたむろしていた少女の1人だった。


 ちなみに、界隈で「パパ活」や「神待ち」などと称して売春行為を行っていた未成年者を含む女性たちは、昨年2024年年末の一斉摘発を受けて一度は数が減ったものの、25年の3月初め頃には再び数が増えだし、今では以前と変わらぬ数の女性たちが以前とは場所だけ少し変えた状態で「仕事」に戻っている。


 とにかく、そういった類の少女に声を掛けた岡田青年は「シオン」という名前をこの時、初めて他人から聞くことになった。


 ただ、


――あの人は結構伝説よ。助けられたって子はいっぱいいるもん――


 という少女の「シオン」に関する説明を聞くに、岡田青年は少し不安になった。


 というのも、岡田青年が知る恋人「飯塚詩音いいづか・しおん」は、少し天然ボケが入ったおっとりとした性格で、誰とでも直ぐに仲良くなるタイプではなかったから。女友達でさえ、快活に話す相手は「桧葉埼彩音ひばさき・あやね」を含むごく限られた数人だけだった。


 だから、とても少女が言うような「たくさんの子を助けた」ような事をしたり、「伝説」と呼ばれるようなタイプの人物像と結びつかなかった。


 しかし、


――あ~、そうそう、この人よ――


 念のためにスマホに保存されていた「飯塚詩音」の写真を見せたところ、少女は「それがシオンだ」という反応。


 そのため、岡田青年は未だ疑問を払しょくできないながらも少女が言う「シオン」の連絡先や居場所を訊こうとしたのだが、


――しらない――


 肝心なところで情報が途切れてしまった。ただ、「トモダチなら知ってる子が居るかもしれない」と少女が言うので、岡田青年はその場で連絡先を交換し、ついでに1万円札を握らせて連絡を待つ事にした。


 その少女から連絡があったのは4日後の事。「知ってるかもしれない子が居た」という話だったので、近場のコーヒーショップで待ち合わせる事になった。


 ただ、その場に現れたのは「その少女」とは別の少女。かなり「ギャルっぽい」方向に寄せたメイクの同年代くらいの少女は、全体的に少しだけ「桧葉埼彩音」と似た雰囲気を纏っていた。その少女が


――これ、シオンって子から貰ったんだけど、アンタ、あの子の知り合いなら返してくんない?――


 岡田青年を見るなりそう言いながら、黒い黒曜石の欠片のようなものをテーブルの上に差し出した。


 ちなみにこの時、岡田青年は「詩音の行方が分かるかもしれない」と期待していたのだが、実際には、1万円を受け取った少女は何処かで勝手に勘違いしたらしく、「シオンの行方を知る子」ではなく「シオンに用のある子」を岡田青年に紹介したのだった。


 しかし、収穫が全くない訳ではなく、「返してくれない?」と言われて差し出された黒曜石の欠片は紛れもなくギャル風少女が「シオンから貰った」モノだという。


――なんだか、ちょっと気味が悪くて……お守りだって言われたけど、そんな風に思えないし……でも、捨てるのもなんかコワイし――


 とにかく、そのギャル風少女はそんな理由で「黒曜石のお守り」を岡田青年に押し付けると、そのまま店を出て行った。


 結局、岡田青年は「シオン」の居場所を突き止める事は出来なかったが、それと引き換えに彼女が少女に渡したという「黒曜石のお守り」を得ることになった。


******************


 その後、岡田青年の調査は少し行き詰った。ただ、ひょんな事から


――ベータ時代からのアプリユーザーがやっている占いが良く当たる――


 という噂を聞き、良く調べてみると、どうやら「物品」を媒介にして関連する情報を読み取り「占い」と称して商売をしているのだと分かった。


 EFWアプリユーザーが使用可能な公式掲示板でもその「占い師」は少し話題になっており、どうやら「クラス:錬金術師」で習得できるスキル「鑑定」を使っているらしい、という事。


 それで岡田青年は持て余し気味だった「黒曜石のお守り」を「鑑定」してもらうことで、「シオン」に至る手がかりを得ようと発想。数日の「予約待ち」を経て、秋葉原にある「錬金術師」の店を訪れた。


 店はそれっぽい雰囲気を醸し出すように、色々とオカルトを連想させるものが並べられ、ものものしい雰囲気だった。そんな店内で、これまた、それっぽい黒色のローブを纏った中年女性と対面した岡田青年は「黒曜石のお守り」を差し出しつつ、人探しをしている事を告げた。


――では……――


 中年女性 ――自称「占い師」だが実際は不人気クラス「錬金術師」のスキルを活用して商売をしている―― は、ものものしい動作で「黒曜石のお守り」に手をかざし、しばらく後に


――あんた、アプリユーザーかい?――


 と訊いた。それで岡田青年が頷くと、中年女性は「だったら先に言いなよ、まったく」と少し憤慨した後に、


――これ、何処で拾ったのかしんないけど、私には鑑定出来ないわ――


 という。そして、


――たぶん、ほらゴブリンとかが出る穢界だと思うんだけど、ソッチ系のドロップアイテムなんじゃないかな?――


 という。


 どうやら、自称占い師の中年女性が持つ「鑑定」では「黒曜石のお守り」の正体までは分からなかったが、それが「ゴブリン系が出現する穢界由来」つまり、外来の怪異(モンスターと分けて呼ばれる)が出現する穢界に由来するものであることは分かった模様。


 そして、


――でも、アンタが探している子って、結構高レベルのアプリユーザーだと思うよ――


 と付け加えたものだった。


******************


 結局「シオン」の名を知る少女の線も、「黒曜石のお守り」の線も、「シオン」にたどり着く前に途切れてしまった。ただ、自称占い師の中年女性が言った「外来のモンスターが出現する穢界で拾ったんじゃないか?」という言葉は、これまでのどれと比べても具体的だった。


 そのため、岡田青年は「外来のモンスターが出現する穢界」を探しては討伐し、同様のドロップ品が出るかどうかを確認する日々を送っている。


「こんな事やってて、意味あるのかな?」


 という疑問を持ちつつも、いつかきっと詩音を見つけ出し、あの時、事件に巻き込んでしまった事を謝罪したい。そして、今でも想い続けている事を伝えたい。そして、出来る事なら赦され、もう一度肌を重ね合わせたい。


 そんな青い想いが岡田青年の原動力であった。


 ただ、その道のりがどんな未来へ彼を導くのか、その答えを知る者はいない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る