Episode07-17 式者の仕事


 軽トラの助手席に乗り込んだ俺は、


(そういえば、昨日爺ちゃんが帰ってきた時に何か頼みたい事がありそうな感じだったな)


 と思い出す。


 ただ、「実際に見た方が早い」とも言ったので、敢えてそれ以上の説明をこの場で求めることも無く、黙って爺ちゃんが握るハンドルに行先を任せた。


 ちなみにこの軽トラ、結構年季が入っているように見えたが乗ってみると思った程乗り心地が悪いモノではない。エンジン音(シートの下から聞こえてくるんだな)もスムーズだし、路面の凹凸もしっとりと吸収している。


「この前、エンジンと足回りのオーバーホールしたばかりだからな」


 とのこと。


「田舎の山道を走るには、コイツが一番だ」


 とも。


 とにかく、爺ちゃんは相当の「軽トラ愛」を持っているらしく「婆さんは普通の車が良いと言うが、まぁ、女にはこの良さが分からんのだろ」などと言いつつ、軽快にシフトチェンジをしながらハンドルを捌いていく。


 ちなみに道路には未だ薄っすらと雪が残っており、日陰になっている場所は凍結しているようにも見える。そんな道路状況は雪や凍結路に慣れていない俺からすると、スリップしそうで怖いものがあるが、爺ちゃんは平気な顔でアクセルを踏むしハンドルを切る。


 ハッキリ言おう、ちょっと怖かった。


******************


 スリリングなドライブ(というか、俺が一人でビビってただけだけど)は小一時間ほど続き、その間、軽トラは一旦国道に出た後に茅野市方面へ向かった。そして、茅野市を抜けた後は、県道に入って北上(かな?)。やがて、爺ちゃんの家周辺と変わらないような山間の集落地の中を通過し、更に細い林道のような道路を選んで山の中へ分け入っていく。


 その間、車内では主に俺が爺ちゃんに色々と(例えばEFWアプリの事や、穢界の事)訊かれ、それに答える感じで会話が進んだ。勿論、俺の方も色々と訊きたい事は有ったので、その辺の事を喋った。


 ちなみに一番印象的だったのは「現世改め」について。この突然降って湧いたように起こった神様の奇跡的な事象について、爺ちゃんの思う処を訊いたところ、


――やるなら世の中がこんな風になる前にやるべきだったし、そのタイミングでやらなかったのならば、もうやるべきではなかった――


 とのこと。更には、


――状況が悪くなりすぎて取り繕う事が出来なくなったから、場当たり的に選択したようにも思える――


 とも。


 爺ちゃんが言う「こんな風な世の中」とは、たぶん式者の担い手が少なくなり「EFWアプリ」に頼らざるを得なくなった今の状況の事だろう。そして、「状況が悪くなり過ぎた」というのは、多分彩音の前の高校「扇谷高校」の文化祭を襲ったような怪異の絡む事件が全国的(というか全世界的)に多発したから。


 どうやら爺ちゃんの目から見れば、先だって起こった「現世改め」は「誤った対処が積み重なった事態に、安易な解決策を求めた」と言う風に否定的に映っているらしい。


 俺としては、もっと「式者の立場が公に認知されて良かった」的な反応になるのかと思っていたので、少し意外だった。


 ただ、爺ちゃんの反応が全く理解できないか? と問われるとそうでもない。


 特に、これから向かう先に待っている状況。爺ちゃんが言う「用事」が何故発生したのか。その辺の話を聴いた後なら、寧ろ「そうかもなぁ」と思うのだろう。


 ちなみに、爺ちゃんがその辺の話を説明してくれたのは、軽トラが目的地に到着した後の事だった。


******************


 軽トラが駐車したのは道幅が狭い林道を随分と分け入った先の場所。対向車を交わすための退避スペースのような場所の片隅だ。


 駐車した後は「ここだ」と言って軽トラを降りる爺ちゃんに倣い、俺も外へ出る。周囲は「冬の山の中」といった感じで薄っすらと雪が積もっていてとにかく寒い。


「この先に小さなやしろがある」


 先に降りていた爺ちゃんは、そう言いながら斜面を見上げる。目の前にはソレと言われなければ見落としてしまうような細い獣道のような筋がひとつ、上の方へと伸びていた。


「社って?」


 と訊く俺に爺ちゃんは、


「うん……神様というよりも、物の怪……怪異を封じるための社だな」


 と答える。そして、


「以前は、別の家の者が管理しておったんだが……」


 そう言って、やおら始まった「用事」の説明は、要約するとこんな感じだった。


 曰く、この先の社に封じられているのは「マカミサンユウ」という物の怪。なんでも、イタチを中心とした動物霊の集合体のような怪異らしい。その由来は余りハッキリと分かっている訳ではないらしいが、どうやらこの辺の土地で「狩猟」をしていた人々によって自然に祀られるようになった存在とのこと。


――イタチは執念深い霊になることがあるからな――


 ということだが、「マカミサンユウ」と言う名前の内「サンユウ」の部分が「山鼬」とのことで、いたちを指すのだとか。


 とにかく、縁起由来は不明ながら長く人々によって祀られていた存在が「マカミ山鼬」となる。


 ただ、その祭祀を司っていた家が、祭祀の跡継ぎを作らないままに途絶えた。そう、跡継ぎが居ないだけでなく家系そのものが「途絶えた」のだ。


――先代はまぁ、俗にいう「式者崩れ」だったが真面目な男で、ここの祭祀だけは欠かさずやっていた。ただ、その息子がなぁ――


 と語る爺ちゃんによると、先代が亡くなったのは8年前。その跡取り息子だった男は、余り祭祀に熱心ではなく、早い話がずっと祭祀をサボっていた。その結果、


――去年死んだ……どうやら酷く祟られたようだ――


 「祟られた」という内容までは詳しく教えてくれなかったが、かなり酷い死に方で、しかもその男の家族もまとめて全部が死んだらしい。


 それで、男が残した日記か何かにこの「マカミ山鼬」の事が書き綴られていて、その内容から「長年祭祀をサボっていた結果の祟り」という事が判明したという。


――儂の所へ話が来たのは七曜会経由だ。それもつい先日……先週の話でな――


 男が亡くなり、その遺書めいたものが発見されてから、爺ちゃんの元に話が来るまで妙にタイムラグがあるのは、「現世改め」の影響だろうか?


 まぁ、普通に(というか「現世改め」以前の世の中なら)「祟りが云々」と書いてあるような日記や手記は「何言ってんだ?」と碌に相手にされなかっただろう。ただ、今現在の「普通」に照らすと、「これはもしや?」となるのかもしれない。


 爺ちゃんの元に情報が届くまでの経緯は分からないが、とにかく爺ちゃんはこの辺では唯一の「式者」(正しくは元式者だけど)として、この話を受け取った。そして、


「儂はな……この物の怪は封じるのではなく、退治しようと考えている」


 普段と違い、ちょっと怖い顔で、爺ちゃんはそんな決意を語ったのだった。



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