Episode07-18 式者のケジメ


――封印ではなく、退治しようと考えている――


 と言った爺ちゃんの顔には、ある種の「決意」に似た真剣さがあった。


 ただ、それを聴いた俺は昨晩の会話 ――白絹嬢の両親を殺したという「柊坂の禁童子」に関する話―― との間に矛盾を感じた。


 あの時は「いつか斃したい」とアドバイスを求める白絹嬢に対して、爺ちゃんは否定的だった。「退治するには損害が大きい」的な理由だったり、そもそも十種一族他所の家の話なので首を突っ込めないという遠慮もあったと思うが、あの時の爺ちゃんの話の文脈は「封印出来ているのだから良いじゃないか」的なモノだったと思う。


 それが、今は「退治する」と決意を見せている。


 まぁ、「柊坂の禁童子」と「マカミ山鼬サンユウ」とでは、怪異としての格が違い、こちらの方が対処が簡単なのかもしれないが……それにしてもなぜ封印ではなく退治なのだろう?


 とまぁ、俺はそんな風に疑問に思ったのだが、この辺の俺の心の中というのは爺ちゃんからするとお見通しだったらしい。


「……怪訝そうだな、迅」

「うん、なぜ封印じゃなく退治なんだ?」


 ストレートに問い掛けられたので、ストレートに返す俺。すると爺ちゃんは「うん」と唸ってから、


「確かに封じるだけの方が簡単だろう。しかし、封印は代々受け継がれて維持されてこそ意味がある。そうでなければ、問題を先送り、後世に押し付ける事になる」


 と言う。そして、


「儂はなぁ、お前の父親、賢が後を継がないと決めた時、そしてそれを受け入れた時から、こうする事にしている」


 その瞬間、まるで古参の老兵が見せるような太々ふてぶてしい表情を垣間見せると、


「封印を維持する者がいないのだから、こうするしかないだろう」


 自嘲気味にそう言ったのだった。


 爺ちゃんの話は、「封印を存続させる」という選択肢が取れなくなった以上、後世への憂いを断ち切るために管理下にあった封印された怪異を叩き起こしては退治してきた、というもの。


 まぁ早い話、ウチのバカ親父(爺ちゃんからするとバカ息子だろうか?)が後を継がなかった事が全ての原因だ。


 ただ、それはそうとして、現実的には「そんな事できるの?」という疑問が残る。その辺の俺の疑問については、


「これはダメだな、と覚悟した事は何度もあるが……この通り、今まで生きている」


 とのこと。あっけらかん・・・・・・と笑っているが、「これはダメだ」と覚悟したというのは、「死を覚悟した」という意味だろう。つまり、何度も死線を潜り抜けて来たということ。だったらウチの爺ちゃんって……


「凄いんだな」


 と素直に思う。


 しかし、凄いと言われた当人は、


「凄い事なんてない。これまで守ってきたモノを維持できなかった男の最後の悪足掻きだ」


 と言い、「式者としてのケジメだ」と言ってから鼻で笑った。


 そして、


「お喋りも程ほどに、行くぞ」


 と言って、ザッザッと雪を踏みしめながら斜面へ続く獣道に分け入るのだった。


******************


 獣道は思った以上に長い距離続いていた。そのため、途中から、歩きながら喋りながらといった感じになり、話の流れ的に「爺ちゃんがこれまで斃した怪異とは?」という話題になった。


 それで、爺ちゃんが挙げた「手強かった怪異」の名前というのが、


――ぬえはなぁ、アレはとにかくすばしっこくて苦労させられた――


――夜斗やとはヤトノ神に通じる怪異で、巨大化して暴れられると手が付けられなかったな――


――狒々ひひはとにかく悪賢い。その上法術まがいの妖術を使ってくるので質の悪い怪異だった――


 そう、なんというか「エミとお仲間怪異軍団」の面々の名前だったのだ。途中から「もしかして?」と思ったが、狒々の後に「大百足ひゃくと」が出て来て「地蜘蛛じぐも」が出てきたので疑問は確信に変わった。


 ただ、俺が見知っている怪異の全てが嘗て爺ちゃんに斃された怪異という訳ではなく、例えば


「埴輪の怪異? そんなもんは知らんな」


 と言う感じで「ハニ〇君」の事は知らない模様。そして、


「白羅鬼……いやいや、流石にそんなのが出てきたら儂でも逃げるて」


 「白羅鬼」の事は知っているようだが、戦ったことは無いようだった。


 俺自身の「神界での修行」を思い出すと、鵺や夜斗辺りはエハミ様の神界の森に棲んでいた感じだったし、その一方で白羅鬼やハニ〇君は諏訪さんが呼び出した感じだった。なので、


(もしかして、爺ちゃんが斃してしまった怪異って、その後で全部エハミ様の神界に回収されたのか?)


 なんとなく、そんな気がする。


 それに、もしかしたら、それらを斃した爺ちゃんも何だかんだ・・・・・でエハミ様の助力というか応援と言うか、影響を受けていたのかもしれない。


 と、俺がそんな風に考えて1人で納得を得ていると、


「ほれ、着いたぞ」


 先を歩いていた爺ちゃんが立ち止まり、そう告げた。


******************


 目的の場所は斜面を10分ほど掛けて登った先の少し開けた平たい地面。


 その場所に朽ち果てた小さなやしろと、鳥居の残骸だろうか? 途中で折れた2本の柱があった。


 社の方は朽ち果てた感じだが、取り敢えず「小さなお堂」の原形は保っている。しかし、正面に設置されていたはずの両開きの扉は、片方が外れて何処かへ行ってしまったようで、中が丸見え。中には大小さまざまなサイズの石を積み上げた石塚があるのが見えた。


 しかし、全体としてこの場所から感じる雰囲気は打ち捨てられた「もの悲しさ」や「寂しさ」こそあれ、人を祟って殺すような「禍々しさ」は感じられない。


 その辺に疑問を感じた俺だが、


「今は結界針で周囲を覆って徐々に力を奪っている段階だ」


 爺ちゃんの説明によると、社の周辺の地面に「結界針」なるものを打ち込んで、怪異の力を削いでいるという事。どうやら、真正面から立ち向かうのではなく、それなりの「準備」は行う模様だ。


 それで、


「あと2,3日もすれば、我慢できずに飛び出してくる」


 という爺ちゃんは、


「まぁ、穢界のように不定の場所に出来るような場合では無理だが、こうやって居場所が分かる相手には、こういう方法があるという事だな」


 と、まるで教え込むように俺に言うと、


「じゃぁ、迅、取り敢えず今埋まっている結界針を全部引き抜いて回収してくれ」


 ここで初めて、手伝いらしい事を申し付けるのだった。



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