Episode07-19 式者っぽい仕事?


 「抜いてくれ」と頼まれた結界針は、名前が示すような「針」という形ではなく、仏像が手に持っている道具のような恰好をしていた。ただ、その名前が出てこない。なので、最初の1本を引き抜いたまま、ソレを片手に持って「なんて名前だったっけかなぁ?」とじっと見つめる感じなる。


 すると、


「それは独鈷杵どっこしょという、密教系の仏法具だが便利なので拝借している」


 とのこと。タイムリーに説明してくれた。それにしても、


「密教って……系統が違う気がするけど、大丈夫なの?」


 という疑問が生まれる。一応、喋っているばかりでは仕事が進まないので、俺は次の結界針の場所へ向かって歩きながらそう言ったのだが、爺ちゃんの答えは「構わない」とのこと。


「なんなら、カトリックの聖水も使った事がある……まぁ流石に十字架は無いがな」


 そう言って笑う爺ちゃんだが、それにしても――


「何でもアリって感じ?」

「そうだ、使える物は何でも使う。この稼業は結果が全てだからな」

「ふうん……」


 なんともスッパリとした割り切り具合に感心しつつ、次の針(独鈷杵)を引き抜く。そして、次の針に移動しつつ、


「そういえば、こういうのってどこで売ってるの?」


 何となく気になった質問を飛ばすと、


「法具屋だ、そういうのを扱っている店がある……そうか、迅は知らないか。なんなら帰ったら連絡先を教えてやる。秦角の孫だと言ったらサービス……は無いかもしれんが、門前払いもないだろう」


 とのこと。


 まぁ、必要なモノは「宝珠ショップ」でも買えそうだけど、暇があって場所の都合が良ければ、そういう専門店を覗いてみるのもいいかもしれない。


 と、このようなやり取りをしながら、俺はやしろの周囲を一周回って全部で12本の結界針(独鈷杵)を回収。ちなみに、回収したものは全てボロボロに錆び付いていた。


 その錆具合を見て爺ちゃんは、「上手い事吸っているな」と満足気に頷くと、持っていた手提げ鞄の中から新品を取り出す。そして、


「試しにこっちもやってみるか?」


 と誘ってきた。


******************


 新たに結界針を刺す作業は、抜く時と違ってちょっとだけ「作法」があった。ただ、仰々しく呪文やお経を唱えたりするのではなく、


「霊力を籠めるだけだ、できるか?」


 との事。


 なんでも、新品状態の「独鈷杵」は休眠状態にあるらしく、正しく破魔の力を引き出すには霊力を籠めて活性化する必要があるという。


「本式は真言を唱えて活性化させるんだが、まぁ、霊力を籠めるだけでも効果は一緒だ」


 この辺も何とも「秦角らしい」ザックリさだ。


 それで、俺は「物は試しに」と、体内の霊力を意識して、それを左手に握った「独鈷杵」へ移すイメージを作る。この霊力操作自体は霊交剣(正式には「霊的強化法」)を会得する過程で習得済みの作業だ。なので、何の問題もなくすんなりと完了。


「なんじゃ……簡単にやりおって」


 爺ちゃんの(ちょっと不満そうな)口ぶりからすると、俺が「出来ない」事を想定していたようだが、残念。ただ、続けて惜しむように


「迅は、幼い頃から学んでいたら希代の式者に成れたかもしれんな」


 と言われると……何となく申し訳ない気持ちになる。なので、


「まぁ、アプリでもソコソコやってるから」


 それが慰めになるのか分からないまま、そう言う俺。


 この後、「そうだったな」と言う爺ちゃんに促され、全部で12本の独鈷杵・結界針をやしろの周りに打ち込み「今日はここまで」となった。


 引き抜いた結界針の痛み方から見ても


「仕上げは2日後……だろうな」


 とのこと。


 とにかく、今日はこれで帰ることになった。


******************


 家に帰るとまだ夕食には早い時間だった。婆ちゃんとエミが言うには


「彩音も麗華も勉強中だよ」

「そう、勉強中」


 とのこと。なので邪魔をする訳にもいかず、かといって時間はもてあます訳で


(そうだ、エハミ様に挨拶しないと)


 隙間の時間で申し訳ないと思いつつ、俺は裏の林へ足を運んだ。


 夕暮れ間近の薄暗い林だが、流石に鬼眼の暗視効果で足元の心配もなく中へ分け入っていく。やがて、見覚えのある坂道にたどり着き


(前はここでエミに出会ったんだなぁ)


 などと、夏の記憶を思い出しながら坂を上りきると、目の前に「御池」が現れた。


 冬という季節柄、少し寒々しい風景になっているが、周囲を満たす冷えた空気がピリッとした神氣を醸し出しているように思える。


 身が引き締まるような感覚を覚えつつ、御池の渕にそって歩を進めた俺は、やがて対岸にひっそりと建つやしろの前にたどり着く。


 先ほどの朽ちかけた社と比べるべくもない。古びてこそいるが、清められた清潔さを感じさせる佇まいだ。ただ、


「……エハミ様?」


 この場所の主であるエハミ様は、一向に姿を現す気配がない。


「おかしいな……」


 これまでの経緯からすると、居れば直ぐにでも姿を見せそうな気がするが、これはもしかして


「留守……だったかな?」


 この後、更に10分ほど社の前で待ってみたがエハミ様はとうとう姿を現さなかった。どうやら、本当にお出かけ中らしい。



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