Episode05-22 急転


[一条俊也視点]


 せっかくの休日を台無しにする係長の指示。それに泣く泣く従った結果、今度は親友の恋路を全力で邪魔するような状況になってしまう。


(なにやってんだろうな)

 

 というのがオレの正直な感想。


 親友 ――八神迅―― との付き合いは大学時代の4年間に限られているが、それでもお互いに気心きごころが通じる相手である事は確か。20歳前後の大学生時代特有の、後から思い出せば「若気の至り」と恥ずかしくなってしまうような出来事も、お互いに知り過ぎるほど知っている。


 オレの場合は、あちこちの女性に手を出して、その結果事態の収拾がつかなくなり何度も迅のアパートに逃げ込んだもの。一方、迅の場合は、それほど回数は多くはなかったが「恋」がうまく行かず、むくれた・・・・いじけ・・・たりしていた。


 とにかく、オレとしてはそんな迅の苦労を知っているので、今の迅の状況は歓迎したいのだが……正直に言うと、まどろっこしくてイライラしてしまう。


(26にもなって、お前は中学生かよ)


 と思う。


 冷静な他人の目で見て、彩音ちゃんが迅に好意を寄せているのは明らかだ。そして、迅も同じように彩音ちゃんの事を想っている。


 しかも、2人は世間的には「同棲」している男女だ。これで「交際はしていない」というのは、オレから言わせればちょっと「異常」だ。


 そんな「異常」な状況を作り出しているのは、まぁ、2人の性格が変なところでかみ合っているせいだろう。


 迅は間違いなく「奥手」な男だ。8歳分の歳の差がある女子高生を相手にグイグイ行くなんて、ちょっと想像ができない。


 一方の彩音ちゃんは、迅が前に住んでいたアパートに「宿なし」の状態で転がり込んだ経緯がある。きっと彩音ちゃんはそういう経緯に「負い目」があって、迅に遠慮しているのだろう。


 だから、「奥手」と「負い目」の相乗効果で、交際手前の微妙な関係がそこで止まってしまっている。


 ただ、


(これ、このまま行くと恋愛感情が腐って、親子とか兄妹に近い関係で止まってしまうぞ)


 もしかしたら、既にそうなり始めているかもしれない。


 親友だと自負する手前、オレはそんな心配を抱いているのだが、その2人の関係が進展する可能性があったイベント事に付いて来てしまい、その可能性を潰しているのがオレ自身なのだから、本当に


(なにやってんだろうな)


 という事になる。


(これは、一度じっくり迅を諭すか、むしろ彩音ちゃんの背中を押すか、何かしてやらないとな――)


 そんな事を考えつつ、文化祭真っ最中の校内を歩いていた時、不意にオレのスマホが鳴った。


******************


 「静かなところで」というのは、まぁ口実。せめて「しばらくは2人で楽しんでくれ」というオレの罪滅ぼし的な言い分だ。


 とにかく、オレはいったん校舎の外へ出ると、頭の中を「仕事モード」に切り替えてから室沢係長に電話を掛けなおした。そして、学校の外で起こった奇妙な事件を知ることになった。それは、


――かなり異常な殺人事件だ。今朝、県警が通報を受けて現場に向かったのだが――


 どうやら、扇谷高校の近隣で1件の殺人事件が明るみに出た模様。通報を受けたのは地域を管轄する県警。それで、現場に急行した捜査員が目にしたのは、


――女性の死体と……後は多数の腐乱した動物の死骸だ――


 それらが、現場と目される民家の1階に散乱している状況だったという。捜査員が中に入った時点で、家の中には異臭が立ち込めており、その異臭によって近隣住民が異常を察知して警察に通報した、という事だろう。


 ただ、それだけ・・・・ならば、第四係に事件の内容が伝わることは無い。「多数の動物の死骸」というのが奇妙といえば奇妙だが、それを除けば「孤独死か自殺か」と言ったところ。しかし、


――女性の死体も動物の死骸も、全部綺麗に血が抜き取られていて……女性の死体は風呂場の物干し台に逆さ吊りになっていたそうだ――


 明らかに「他殺」で、且つ猟奇的な異常性が認められたため、第四係に通報が来た。そして、


――今、現場に居るんだが、風呂場はひどい状況だぞ――


 室沢係長も休日返上で現場に出向くことになったという(ざまぁ)。そんな室沢係長は、


――この間、お前が壊した「検知器」で――


 わざわざ余計な枕詞を付けて言うが、「特異性検知器」で現場を測定したところ、


――鳴りまくりだよ。修理が終わったばかりだから壊れている訳でもないだろうし、これはクロだな――


 とのこと。


――被害者の身元は直ぐに割れた。近くに免許証と社員証の入ったカバンがあったからな、被害者の名前は「田代多恵たしろ・たえ」。現場は彼女の自宅だ――


 思わず「え?」と口に出かかるも、電話先の室沢係長は言葉を続ける。


――旦那は単身で海外赴任中、しかし娘が居る。お前が遊びに行っている「扇谷高校」の生徒で名前は「田代紗香たしろ・さやか」――


 「あんたの指示だ、遊びじゃないでしょ」と思わず反論したくなるが、この際、それはどうでも良い。それよりも何よりも、オレ達が探していた「田代紗香」の母親が、自宅で奇妙な他殺体となって発見されたということの方が重要。


――被害者の娘が今朝自宅から出ていくところは近所の住人に目撃されている。ただ、死体の状況から死後1日は経過していないと思われる。だから、娘が何か事情を知っている……というか、限りなく犯行にかかわっている可能性が高い――


 とここで、オレの方からもこちらの状況 ――つまり「田代紗香」の行方を追っている―― を伝えると、


――なるほど、呪物絡みか……十種トクサが動いているんだな?――


「はい、青田丸さんと白絹さんがこちらに居ます」


――わかった。式家が居るならお前は無理をするな――


 電話の最後は、意外にもオレを心配する言葉だった。


******************


 電話を切ったオレは、まずは状況を青田丸さんと白絹さんへ伝える事にする。迅には申し訳ないが、専門家という意味ではそっちのほうが頼りになるから。ただ、


「一条君――」


 電話を掛ける前のタイミングで、青田丸さんから声を掛けられた。


 それで振り向いて見ると、そこには青田丸さんと、具合が悪そうな白絹さんの姿があった。


「白絹さん、どうしたんですか?」


 白絹さんの状態は明らかに普通ではない。顔面蒼白で額には汗が浮いている。その状況で青田丸さんに支えられないと歩けないほど足元が覚束ない。


「使鬼召喚。神鳥の使い過ぎだ。それに……」


 対して青田丸さんはちょっと呆れた口調で言う。そして、


「旧校舎の屋上に異常な結界が出来ています。それに神鳥が触ってしまったせいで――」


 白絹さん自身が説明によれば、使鬼が異常な結界に触れてしまい、そのダメージをもろに受けてしまったとのこと。


 「EFWアプリ」のスキルとは言え、使鬼召喚は呼び出した使鬼に自分の魂の一部を分け与える事になる。この辺は本格式の「使鬼召喚」と同じ。だから、自分が呼び出した「使鬼」が受けたダメージは自分にも伝わってしまう。俗にいう「式返し」の状態だ。


「大丈夫です、ちょっと座って休めば――」


 白絹さんは気丈にそう言っているが、青田丸さんは首を横に振っている。この2人の関係性も見ていて面白いが、こっちは完全に「恋愛感情抜き」だ。なんといっても青田丸さんは結婚しているし2児の父親。と、そんなことよりも、


「実は――」


 オレは今しがた電話で聞いた話を2人に手短に伝えた。


「なんと……」

「実の母親を……」


 事情を聴いた2人の反応はこんな感じ。


 一方オレは、同じ話を迅に伝えようと、電話を掛ける。すると、


『旧校舎の屋上がちょっと変な感じだから、これから見に行く――』


 迅の方も、異常な場所を探し当てていた。なので、


「ちょっと――」


 「待て」と言い掛ける。異常性がある場所なら、全員合流してから行けば良いと思ったから。しかし、その言葉を口にする一瞬前――


――ゾワッ


 不意に全身の毛が逆立つような異様な感覚を覚えた。


「なんだ?」

「え? なに――」


 オレ以外に青田丸さんも白絹さんも同様の違和感を覚えた様子。いや、その2人に限らず、周囲の来場客も「ザワついた」雰囲気になっている。


「お、おい、あれ――」

「やだ、何あれ?」


 そんな声が周囲で上がり、そちらを見ると数人の生徒や保護者が空を見上げていた。その視線の後を追うようにオレも上空を見上げる。


『おい、俊也。何か言ったか?』


 電話口からそんな迅の声が聞こえるが、そちらへの返事を忘れてしまうほど、異様な光景を目にした。


 空の低い場所。校舎の屋上とそれほど変わらない高さの空に、真っ黒に染まった重苦しい雲が渦を巻いているのだ。そんな光景に思わず絶句してしまう。


『おい俊――ツー、ツー、ツー』


 迅の電話が途切れたのは、まさにその時の事だった。


___________________

いつもお読みくださりありがとうございます。

突然ですが、本作はカクヨムコンに応募しております。

私としましては、賞はとれなくても読者選考は通過したいなぁ、と分不相応に考えている次第です。

そこで、カクヨムコンの期間中は出来るだけ土日もお休みせずに投稿したいと思います。

具体的には2023年12月23日の土曜日から行けるところまで毎日投稿に変更します。

よろしくお願いいたします。


金時草

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