Episode02-23 八等穢界・生成り⑥ 対峙
「ぶもおぉぉおぉっ」
目の前には死神が持つような大鎌を振り回す牛頭の獣人。
対する俺は「武器を持った怪異」と戦った経験が無く、対処に戸惑う。何とか糸口を見つけようと敵を「視る」事しかできない状況だ。その結果、
――ブォンッ!
俺が怯んだと思ったのか、「牛頭の獣人」は大鎌を横殴りに叩きつけてくる。対して俺は、大きく飛び退く事で距離を稼いで攻撃を躱す。
頭では、
(死神の鎌っぽいけど、あれって元々は草刈り用の鎌なんだよな……刃は大きいけど内向きだし、コワイのは切っ先だけ……懐に飛び込めば――)
と考えているが、身体が行動に移す事を拒否する感じだ。「視る」事で敵が振るう大鎌の軌道やタイミングはバッチリ分かるし、懐に飛び込むタイミングも計れる。しかし、身体が動かないのではどうしようもない。
早い話、俺はビビッている。
「くそ!」
ちょっと情けない自分に悪態を吐くと、俺はもう一歩飛び退いて距離を取り、そしてスマホから「無地の呪符」を何枚か取り出すと、
「破魔符!」
声と共にそれを投げつける。まぁ「接近戦が無理なら遠距離攻撃を」という案直な考えだ。
――バンッ!
俺が発した「破魔符」の呪符術はいつも通りの破裂音を発して打撃の効果を敵に加える。「九等穢界」の怪異ならば一発キルできる効果だ。しかし、流石に今の「牛頭の獣人」には効果が薄い。頭部に直撃を与えたはずなのに、「牛頭の獣人」は鬱陶しそうに瞬きをして頭を振るだけだった。
「なら――」
と、俺はこの後「破魔符」を連発する。しかし、
「ぶもおぉぉおぉ~!」
全く効いた感じがしない。一応、途中から「牛頭の獣人」は嫌がるように両腕で身体をガードするような体勢になったが、返って攻撃の糸口を掴めなくなった。
(これじゃ……無理だな)
今のところは「法力」も「無地の呪符」のストックも余裕がある。しかし、喩え「法力」が尽きるまで「破魔符」を連発しても、この「牛頭の獣人」を斃せそうにない。
(どうする?)
打開策を捻り出そうと懸命に頭を働かせる俺は、その時ふと、数日前の「穢界」での出来事を思い出した。
それは使鬼召喚で呼び出せる「蛍火」が自分の意思で動く事を知った直後の事。俺は「九等穢界」の小餓鬼を相手に「蛍火」を
「蛍火」とそれに似たアイテム「
なので、俺は「まぁ無理だろうけど、出来たら嬉しいな」という程度の気持ちで「蛍火」を操り、小餓鬼に
ちょっと理屈は良く分からないが、もしかしたら俺が感じる光の強さと、怪異が認識できる光の強さが違うのかもしれない。もしくは、光として認識できる種類が違うのか? とにかく、理屈はさて置き、「蛍火」は小餓鬼の注意を惹き、見事に誘導することが出来た。
(ダメ元で、やってみるか)
その時の経験を踏まえ、俺は連発する「破魔符」の中に「使鬼召喚:蛍火」を1つだけ織り交ぜる。そして、
「いけ!」
「破魔符」の連射の最後の1発として、頭上に留まっていた「蛍火」を放つ。ただし、その軌道は「牛頭の獣人」に当たる直前に大きく横に逸れて、少し離れた場所で「グルグル」と高速で回る、というもの。その結果――
「ブモ?」
「牛頭の獣人」の注意が「蛍火」の動きに向けられる。横へ飛び去った光の玉(多分そう見えている、と思う)を警戒すべく、ガードをそちらへ向けた結果、俺の目前には無防備な敵の脇腹が曝され――
「――っ!」
一気に詰め寄る俺は、腰だめに構えた「一文字比良坂(偽)」を「牛頭の獣人」のがら空きの脇腹に力一杯突き刺した。
「ぶもおぉぉお――」
断末魔の絶叫と共に、「牛頭の獣人」は最後の力で腕を振り回して俺を殴ろうとする。俺は深く突き刺さった刀を引き抜きつつ、その一撃を寸前のところで躱す。そして、
「……なんとか」
俺は先ほどまで「牛頭の獣人」が居た場所に薄く積もった灰の山を見ながらそう呟く。
反省すべき点は多い。特に「武器を持った怪異」への対応などは、警棒術以外に特段武道の心得が有る訳ではない俺の大きな弱点だろう。しかし、
(今は彩音だ)
俺は気持ちを切り替えると、目の前にあるドアへ意識を集中した。
*******************
〔隆司(?)視点〕
日本の
「やっぱり、まだまだ力が足りないか」
結局、そういう事だと思う。
オレは実にツキの無い悪魔だ。いつも
本当ならば、もっと
(おい! はやくオレを出せ! 彩音を犯せよ! はやくしろ)
と先ほどから
(うるせぇ! そんなんじゃねぇよ!)
それじゃぁオレの力は強くならない。色欲の赴くままに姦淫と放蕩の限りを尽くし究極の快楽に身を浸さなければ、それは「オレ」ではない。一人の女に固執していては先が拓けないのだ。
今、オレは右手に漆黒の短剣を持ち、少年が固執する彩音という少女の心臓をひと突きにして殺してしまおうとしている。そうする事で、この少年は「固執」を捨て去り、姦淫と放蕩という自由極まりない快楽の境地へ足を踏み入れることが出来る。しかし、
(だめだ、殺すな! 俺にヤラセろ!)
もう、いい加減、鬱陶しくなってきた。
「それになぁ……」
鬱陶しいのは内側に閉じ込めた少年の声だけではない。この彩音という少女 ――気絶した状態で足元のマットレスに仰向けで寝かされている―― も十分に鬱陶しい。
まず、この少女の身に着けている水色のワンピースがダメだ。邪魔なので剥ぎ取ろうとしたところ、何故か手が弾かれてしまった。どうやら、今のオレの力では剥ぎ取ることが出来ない神懸かり的な力を持つ服のようだ。
「ならば」と俺は自分の「魔の種」を少女の中に埋め込もうとした。操って自分で脱ぐようにさせよう、という発想だ。しかし、これも失敗。恐らく、霊的な防御力が常人よりも高いのだろう。時間を掛ければ「魔の種」を埋め込む事が出来るかもしれないが、今はそんな時間は無い。
「なんか……急に面倒臭くなってきたな」
どうやら、正面側に配した2体の下僕が、今この瞬間に斃されたようだ。こうなると、正面側で残るのは入口ドアも守らせている拓哉だけ。しかも、裏手に配した2体も少し前から戦闘状態に入っている。
「挟み撃ちか~、面倒臭い」
本当にオレはツキのない悪魔だ。
しかし、ツキが無いわりに悪運は強い。用心深く狡猾でもある。だからこそ、他の分霊たちと違い、数千年間人間社会で存在を続けることが出来た。
オレは人間社会で流転を繰り返し、この東の果ての国「日本」にたどり着いた。これはある種の運命だろう。なぜなら、オレはエルサレムの東に位置する魔王の配下、色欲を司る大悪魔アスモデウスの分霊「アスモウス」だから。この国はオレにうってつけだ。
それに、何故かこの国は今、神々の気配が弱い。つまり、実に活動し易い状態だ。だからこそ、
「ここで終わり……って訳には行かないしな」
オレはそう呟くと背後の「物置」に視線をやる。そこには
「アッチに乗り換えるか」
本気でそう思い始めた頃、裏手に配した2体の下僕がヤラれた。
「まぁ、ただで退くつもりもないけど」
逃げ延びるのは簡単だ。しかし、この国でオレの障害になる連中の実力を計ってからでも遅くはない。
オレはそう決めると、右手に力を籠める。手の中の漆黒の短剣が蠢き、次の瞬間には長剣の長さになった。
「さて、お手並み拝見――」
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