Episode07-38 マカミ山鼬⑪ 秦角のターン!


 彩音の神楽舞、「穂踏ほふみ」「御垂水みたるみ」「唐獅子からじし」はそれぞれ、能力全般・霊力・法術能力向上・攻撃力上昇の効果がある。どれも、怪異を相手にする場合は重要な項目なので、俺はこれらを「神楽舞3点セット」などと呼んでいる。


 ちなみに、能力上昇の幅は10%程度だが、上昇前の素の能力値が高くなるとバカに出来ない効果になる。更に、最近では彩音の「霊力」も上がって来たためか、上昇幅自体が10%を超えている感じもする。


 とにかく、そんな強力な支援効果バフを受けた俺と爺ちゃん(オヤジは絶賛気絶中)だ。


 それで、爺ちゃんはこの時、


「迅、速攻で行くぞ」


 と告げた。その理由は、


「外から力を与えた者が居るならば、この状況を不利と悟って何か対策を講じてくるかもしれない」


 との事。「可能性は薄いと思うがな」という事だが、可能性がゼロでない以上、今の状況が続くうちに決めてしまいたい思惑だった。


 ちなみにこの時、直前まで亀の甲羅の盾を打ち付けていた泥弾はピタリと止んでいる。その泥弾も、先ほどまでの威力があれば、甲羅の盾ごと周囲を泥で埋めてしまいかねない威力だったが、今は全く勢いが衰えている。


 そんな状況だから「速攻で――」というのも分かる。ただ、俺は「速攻」という言葉を2人掛かりで「一気に突っ込む」と解釈していたいたが、どうやら爺ちゃんの意図は違う模様。


「迅、使い鬼は出せるのか?」


 そう訊かれたので、俺は「小鬼太郎」を連想して頷く。すると、


「じゃぁ、出してくれ。儂も出すから2人の囮として使う」


 となる。そして、


「出てこい、鬼武者!」


 と爺ちゃんが使鬼を呼び、俺も「EFWアプリ」を操作して小鬼太郎を呼び出す。その結果、


「……迅、コレで良いのか?」


 目の前に現れたのは、昔風の大鎧(だっけか?)を身に着けた筋骨逞しい「鬼武者」と、最近少し成長したが、未だに小学校高学年くらいの背格好の「小鬼太郎」。並んで立つと差が凄まじい。だから爺ちゃんも思わず「コレで良いのか?」と疑問を投げかけて来たのだろう。


 ただ、俺としては出せる「使い鬼」は太郎以外に居ない。なので、


「大丈夫、ガッツだけはある!」


 俺はそう断言。ちなみにこの時、俺の声を聴いた「小鬼太郎」は心底嫌そうな顔をした気がするが、多分気のせいだろう。


「うむ、では――」


 一方、爺ちゃんの方はそう言うと、懐から何やら難しい文字や紋様が書かれた札を2枚取り出すと、それらを顔に近づけ、息が吹きかかる距離で何かを呟き、次いでそれを鬼武者と小鬼太郎の額に貼る。


 すると、ボウと呪符が白い炎を上げて燃え上がり、ついで、


「え? 俺?」


 目の前の小鬼太郎が俺と瓜二つの姿形になった。小鬼太郎だけではない、隣に立っていた鬼武者は爺ちゃんの姿をかたどっている。


「写し身のしゅ、じゃな……これで、2人には囮をやってもらう」


 その言葉に小鬼太郎(俺)は「は? え? は?」となるが、隣の鬼武者(爺ちゃん)は力強く頷く。なんとも「頼もしさ」に雲泥の差を感じる状況だが、ここは


「が、頑張れよ、俺!」


 俺は極力目を合わせないようにしながら、そう言って小鬼太郎(俺)の肩を叩くのだった。


******************


――ドババババ!


 亀の甲羅の盾から2人(囮の使鬼)が飛び出すと、それを待っていたかのように、マカミ山鼬が泥弾を繰り出す。勢いは衰えているが、それでも、一発喰らうと動きが鈍って二発三発と連続で喰らう程の密度はある。


 その泥の弾幕の間を爺ちゃん(鬼武者)と俺(小鬼太郎)は掻い潜るようにしてマカミ山鼬の左側面へ回り込むように移動。


 ちなみに、俺(小鬼太郎)は既に3~4発被弾しているが、歯を食いしばって先を行く爺ちゃん(鬼武者)に喰い付いている。適当に言った言葉だったが「ガッツだけはある」というのは正解だった模様。


「迅、儂等も行くぞ!」


 と、ここで爺ちゃん(本物)の声が掛かる。


 作戦としては単純そのもの。囮が左側面へ回り込みつつマカミ山鼬の注意を惹く。その間に俺と爺ちゃんは右側面から回り込み、一気に接近。速攻を仕掛けるというモノ。


 果たして状況は爺ちゃんの思惑通りに進み、マカミ山鼬は注意(と泥弾)を左側の囮へ向けている。ただ囮の効果を持たせている「写し身の呪」はそれほど効果が持続しない(らしい)。なので、


「わかった!」


 言いつつ俺は「須波羽奔・形代」を握り直す。そして、


「今だ!」


 その声と共に、俺と爺ちゃんは亀の甲羅の盾から飛び出し、泥で泥濘ぬかるんだ地面をダッシュ。存外、爺ちゃんは動きにくい服装(狩衣というらしい)に加えて結構な年齢。それにも関わらず、俺のダッシュといい勝負だ。そして、


「破魔符!」


 俺は例によって、斬り込みの先駆けとして得意の「破魔符」を放つ。


 一方、爺ちゃんは


五神ごしん木行もくぎょう勾芒こうぼう迺馳くくのち害気がいき拘縛こうばく、急急如律令!」


 少し長めの呪文(?)を驚く程の早口で唱えると共に、右手を突き出して虚空を掴む仕草をする。


 この時、マカミ山鼬は囮役の小鬼太郎に向かって突進していた。この直前に小鬼太郎が泥弾を足元に喰らって転倒したためだ。小鬼太郎としては「間が悪い」話だが、俺と爺ちゃんにとっては「都合の良いタイミング」。


 とにかく、マカミ山鼬の意識は完全に転んだ小鬼太郎に集中していた。その巨体のドテッ腹に、まずは俺の「破魔符」が命中。


――ボンッ


 という破裂音と共に、黒銀の体毛と、腐肉に似た黒紫色の肉片が飛び散る。そして、


――ギュィィッ!


 絶叫共に、細長い身を捩った処で、地面から唐突に突き出して来た木の根や蔦がその巨体に絡みつく。


 木の根や蔦は爺ちゃんが発動したナニカの法術の結果だろう。それらが「ぎしっ」と音が鳴る程にマカミ山鼬の巨体を締め上げて完全に自由を奪う。


「今だ!」


 とは爺ちゃんの声。勿論、それが意図するところを十分に理解している俺は、この時、手に持った無地の呪符に「破魔符」の霊力を籠め、それで「須波羽奔・形代」の澄んだ刀身を摺り上げる。そして、


「破魔剣!」


 一気に肉迫した、その勢いのまま跳躍。低い放物線を描く俺自身の体重と運動エネルギーをそのまま剣身に乗せて、大上段からの一撃をマカミ山鼬の首に叩きつける。


 その結果、


「ギュィッ――」


 耳をずんざく程の金切り声は途中で途切れ、その余韻が残る鼓膜に、


――ゴトッ


 重たいモノが泥の地面に落ちる音が聞こえて来た。


 振り返るとそこには首をなくしたマカミ山鼬の巨体が横たわっており、地面に落ちた首は二度と再生することは無かった。



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