Episode07-23 來美穂御前


 食卓に、不意に現れた闖入者……という表現は少し正しくない。実際は昨晩の夕食時点で紛れ込んでいた(らしい)。そんな銀髪狐耳のじゃロリ幼女は、ひとしきり「聞いておらんのじゃ」と俺の「鬼眼」に文句を言った後、


「まぁ、賭けに負けたのは仕方ないのじゃ……」


 ようやく大人しくなり、


「とにかく……わらわの名はクミホという。昨日今日と夕食時に邪魔をして美味い夕飯を頂いておるのじゃ」


 言いつつ、爺ちゃんの方へ軽く頭を下げる。それに対して爺ちゃんは……初日の晩飯時にエミが紛れ込んでいたことを看破した時ほどの驚きもなく、


「秦角権蔵と申します……」


 と返す。まぁ数日と間を空けずに「認識阻害」が出来る神様っぽい存在が食卓に紛れ込んでいたら……正直言ってどんなリアクションをすればいいのか分からなくなる。現に爺ちゃんはその先をどう言って続ければ良いのか思案顔だ。


 しかし、


「狐の姿の神……それにクミホ様という御名は……」


 直ぐに何かを思い出すような表情となり、ついで、


「もしや……日野原氏の氏神の『來美穂御前』!?」


 心当たりがあったのか、そう言うと驚いた表情になる。そして、やおら居住まいを正すと


「そうとは知らず失礼いたしました。ようこそおいで下さいました」


 言いつつ、食卓に額が付く程頭を下げるが、対するクミホ様(「様」で良いのかな?)は、


「よいよい、そう畏まってもらっては困るのじゃ、押しかけているのは妾の方故な――」


 幼女の外見とは似つかわしくない鷹揚な返事。そして、


「とにかく、続きを頂くのじゃ」


 言いつつ、煮つけた厚揚げを箸で摘まみ上げるのだった。


******************


 当の本人、「のじゃロリ様」こと「クミホ様」は厚揚げや油揚げに御執心だが、まぁ、本来は狐の姿をした神様だという事なので、きっと好物なのだろう。


 そんなクミホ様を前にして、本人の事を本人の前で他人に訊くのは変な気がしたが、俺は色々と知っていそうな爺ちゃんに「クミホ様」の事を訊く。それで分かった事は、


――伝わっている話では、二千年生きて神となった九尾の狐――

――これ、れでぃの前で歳の話をするでないのじゃ――


――陰陽系の法術を大陸から伝えたという伝承もある――

――真言を最澄や空海に仕込んで唐に送り出したのも妾じゃ、後はイー・エフ・ダブルの日本版の法術スキルを整えたのも妾じゃな――


――お稲荷様がお揚げを好むという話も、一説には來美穂御前が揚げ豆腐を好物としているからと伝わっておる――

――それは違うぞよ、いろいろごっちゃになって混ざっておるのじゃ――


――壱等式家日野原氏の氏神であられたが……その節は誠に愁心の極みで――

――今はあれら親子の魂を慈しみつつ、転生の時まで休ませておるのじゃ――


 という事。「日野原氏云々うんぬん」の下りは良く分からなかったが、とにかく、


「凄い神様なのじゃ」


 自分で言うように「凄い神様」らしい。何より、サラッと流して言っていたが「EFWアプリ」の日本版の法術スキルを「整えた」と言っている。これはつまり、法術のスペシャリストという事。現に彩音も白絹嬢も、


「エハミに神界を貸してくれと言われてのう……それで貸してやった訳じゃが、その流れで何となくこの2人に法術のイロハの『イ』を教えてやることになったのじゃ」


 という事で、クミホ様から直々に法術の基礎を教わっているらしい。


「彩音の方は……もうエハミの手が付いているが麗華の方は妾の色に染めても良いかもしれぬのう」


 とも。ちなみに「手が付いている」とか「色に染める」とか言っているが、そっち方面の意味ではないので悪しからず。


 とにかく、彩音が急に呪符を上手く書けるようになったのも、白絹嬢の霊力が急に伸びたのも、このクミホ様のお陰という事。


 そのため、彩音が世話になっているので「ありがとうございます」とお礼を述べつつ、「俺にも教えて――」と持ち掛けようとするが、


「お主はダメじゃ」


 スパッと断られてしまった。


「そこまでしてやる義理は無いのじゃ。この2人もエハミが『どうしても』と言うから、過去の貸し借りもあって引き受けたのじゃ」


 とのこと。「そんなぁ」と思わないでもないも無いが、まぁ、俺は俺でエハミ様に色々としてもらった身の上だ。その上で別の神様を頼るのも「何か違う気がする」ので、


「分かりました。彩音と……白絹嬢もよろしくお願いします」


 と(未練はあるが)諦める事にする。


 とにかく、今日の夕食は「クミホ様」を中心に話題が進み、やがて「厚揚げ」が無くなった頃に終了となる。そして、全員で「ご馳走様」をした後に、


「そう言えば、権蔵は山鼬やまいたちを相手にしておるのか?」


 クミホ様がそう切り出す。山鼬とは「マカミ山鼬さんゆう」の事だろう。爺ちゃんもそう思ったらしく「はい」と答える。すると、


「ならば……その時には妾も顔を出す事にするのじゃ」


 とのこと。どうやら2日後に予定している「マカミ山鼬」の討伐にクミホ様もついて来るらしい。


 ちなみにその理由は、


「なに、邪魔をしようと言うのではない。しかし、荒魂あらだまとなっても鼬は鼬。遠い親戚のようなモノじゃ。なにやら不憫に感じてのう――」


 という事だった。

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