Episode07-04 夜魔


[???視点]


 週末もいつも通り。孤独を紛らわせる為に街へでる。それで、SNSを使ったり、直接声を掛けてくる人を待ったりしながら、友達と喋って過ごす。1人にはなりたくない。どうしても、「将来」を考えてしまい気分が鬱になるから。


 でも、そんな憂鬱や孤独を紛らわせてくれる友達は多い。皆が皆、「みんな私と同じだ」と思い合っているから、打ち解けるのも早い。たまに変な子が来る事もあるけど、そういう子は、そんな子が集まっている方へ自然に流れていく。


 そして、周囲には自分と同じような子だけが残る。みんな、自分の家や家族に居場所が無かった子達。ここには「夢」を追いかけたり、「希望」を求めたりする子はいない。


 ただ、毎日を好きなように生きたい子達が居る。


 同じような考えを持った、同じような生い立ちの子達。だから、友達意識は強い。


 でも、この「友達意識」は見せかけだけ。本当の意味で「友達」ではない。お互いに、その時の憂鬱を忘れさせてくれる、簡単に言うのと「喋って話が合う」程度の繋がり。


 少し前、オーバードーズをキメた子が、突然道路に飛び出して車に跳ねられた時の事。ゴンッと音がしたと思ったら、その子は大の字になって道路に倒れていた。頭から血が溢れて、道路わきの排水口に流れていく。ピクリとも動かない。


 本当に友達だったら、救急車を呼ぶとか、とにかく駆け寄るだろう。でも、私達は結局、スマホを片手にその子の姿を動画に撮った。


 スカートがめくれあがって、もう何日も洗っていない汚れた下着が丸見えな状態。誰かが、「あ、おしっこ出てる」と笑い声を上げるような状況で、私を含めた|友達たち《・・・・)はみんなスマホを彼女に向けていた。


 あの時、画面越しに見えていた彼女の姿は、そう遠くない未来の自分なのかもしれない。


「ねぇ、いくら?」


 そんな事を考えていると、不意に声を掛けられた。見れば、声をかけて来たのは「何処にでも居そうなオッサン」。ちょっと着ている服や靴が高そうなので「お金を持っているタイプ」だろう。


「2、別で……」


 ホテル代別で2万円。それが私の定価だ。笑っちゃうけど、こんな私に2万も出すなんて、このオッサンもバカだな、と思う。


「2か……」


 思った通りの渋るような声。でも、視線は嘗め回すように私を見ている。可愛いと思ってるのかな? でも、めっちゃ汚いよ?


「イチゴでいいよ。でも泊まりにして」


 クリスマス前の週末。外は寒い。それにもう夜も近い時間だ。宿代わりにラブホを使うなんて普通の話。


「じゃぁそれで、対戦お願いします」


 オッサンはたぶん冗談のつもりなんだろう。それが分かったから、私は「あはは、おもしろーい」と心にもない事を言う。それだけで、オッサンは気分が良さそうな顔になった。


******************


 入ったラブホは意外にも高級なところ。この辺でも散々「ウリ」をやっている私だけど、ここに入るのは今日が初めて。「ご宿泊17,000円」とか、金持ってるなら出し渋るなよ、と思う。


 部屋に入ると、金持ちだろうが何だろうがやる事は一緒。この人達は性病とか怖くないのかな? と思うけど、いきなり色々求めてくる人は多い。


 ちなみに、私も性病とかはコワイけど、「もう、どうにでもなれ」と思っている。それに、最近友達になったシオンとか言う子から「病気にならないお守りだよ」と、渡されたモノがある。


 黒っぽいガラスみたいな石で出来た御守りは、小さなナイフのように尖っている。私はソレをお財布に入れているが、一緒に貰った他の子はチョーカーのように首に着けたり、雑に鞄の中に放り込んだりしていた。


――変なヤツとか、コワイ大人からも守ってくれる、ヤマのお守り―


 先週出会ったばかりの詩音は、私が言うのもなんだけど、変な子だった。たぶん、歳は私と一緒か少し上。でも、この辺には居ないような感じで「しっかりした」風に見えた。


 シオンは友達も多いらしい。それも、ちょっと年上のコワイ感じの男達とも繋がっている。それで、警察に補導されそうになった子や、コワイ大人とトラブルになった子を助けたりしているらしい。


――シオンと友達なんだぁ、頼りになるよ、アタシも助けてもらったことあるし――


 他の子がそんな事を言っていたので、たぶん「頼りになる友達」なのだろう。でも、どこまで「頼れる」のかは知らないし、興味もない。貰った「お守り」もその場の流れでお財布に入れっぱなしになっているだけ。


「先に――」


 目の前ではいやらしい目をしたオッサンがそんな事を言いながら私の身体を触ってくる。でも、途中で手を止めると、


「お風呂に入ろっか」


 たぶん、ちょっと臭かったのかな? 先にキレイにするつもりらしいけど、私も賛成だ。


******************


 やる事をやる。お金を貰って身体を動かすのだから、ある意味仕事だ。見知らぬオッサンの肌と触れ合う事に対する嫌悪感なんて、もうとっくの昔に無くなった。自分を「目の前のオッサンと同レベルの人間だ」と思い込めば、嫌悪感を捨てる事なんて簡単だった。


 なすがまま、されるがまま、にしていると「マグロ女」とか言われる。それだとリピーターにならない。だから、初めての相手の場合は結構頑張る。途中で「アンアン」言ってる自分に吹き出しそうになるが、それを我慢するのも含めて仕事だ。


 それにしても、しつこいオッサン。1発やっておしまいで良いのに、またお風呂に入って、中途半端に元気になったから「もう一回、対戦お願いします」と、別に面白くもない言い回しでせがんでくる。


 お風呂場のタイル風の床は嫌だ。冷たいし、濡れた感じが気になる。それに、オッサンも膝が痛いだろうに……その体勢で、微妙な硬さのモノをねじり込んでくる。ちょっと痛い。でも我慢する。


 お風呂上り。先に上がったオッサンが「これ、どうぞ」と冷蔵庫に入っていたミルクティーをコップにいれて渡してくれた。まぁ、サービスのドリンクだけど私は「ありがとう」と言って受け取り、ソレを飲む。ちょっとだけ変な味がしたと思ったが、特に何も言わなかった。


 そして、だいたい20分くらいたった後。私は猛烈な眠気を感じて「寝て良い?」とオッサンに伝える。


――いいよ、ゆっくりお休み――


 と言う返事を聞くか聞かないかの内に、私は眠りに落ちていた。


(あ、お金貰わなきゃ)


 と思ったが、もうそんな事はどうでも良いくらい猛烈に眠かったんだ……


******************


 どれくらい寝ていたのか? 急激に意識が鮮明になる。ソレと同時に強い「だるさ」を感じる。手足の先に力が入らない感じ。この感じって


(……もしかして、睡眠薬だった?)


 前に何度か、友達から貰って飲んだ睡眠薬の感じに似ている。それで、


(やばい、お金貰ってない)


 と気が付く。ソレと同時にゴソゴソガサガサという物音が聞こえて来て、ついでに、


「あんまり持ってないな……今日はハズレか」


 という男の声。


 薄目を開けると、薄暗い部屋の中でオッサンが私のカバンを漁っているのが見えた。


(ヤリ逃げだけじゃなくて、私のお金まで盗むつもり?)


 一瞬で状況に気が付き、重たい瞼をこじ開けつつ、睡眠薬の影響で力が入らない身体を起こす。そして、


「やめてよ!」


 精一杯の声でそう叫んだ。


「ちっ、目が覚めたのかよ」


 対してオッサンは吐き捨てるようにそう言う。言いながらも、私の財布からなけなしのお金を抜き取る事を止めない。


「返して!」


 ベッドの上を這うようにしてバックに近づき、オッサンへ手を伸ばす。しかし、


「うっせぇんだよ、肉便器が!」


 私の手は振り払われ、顔に空になった財布が叩きつけられた。


 バシッと私の顔面を直撃した財布がベッドの上に落ち、その中からシオンに貰った「ヤマのお守り」が転がり出る。


「大人しく寝てれば痛い思いをしなくても良かったんだぞ、勝手に起きたお前が悪い」


 一方、オッサンは無茶苦茶な事を言うと、私をベッドに押し倒す。そして、


「お前らみたいな社会のゴミは――」


 全く力が入らない私の抵抗を跳ね除け、無理やり身体を開いた。


(ああ、お金盗られて、犯されるんだ……黙って寝たふりしてれば良かった)


 抵抗しようにも、薬の影響で全く力が入らない。そんな私の目の前に、黒っぽい尖ったガラスのような「ヤマのお守り」が転がっている。


(お守りなんて……嘘ばっか――)


 その瞬間、私は今の状況やこれまでの人生、これからの未来に対する絶望なんかを全部ひっくるめて、筋違いに「お守り」を心の中で罵倒しようとした。でも、それを心の中に出し切る前に、


――ゾゾゾォ……


 「お守り」から黒いナニカが這い出てくる。それは煙のようにも見えて、影のようにも見える。何か分からない。ただ、お守りから這い出ると急激に大きくなり、直ぐに人の形になった。


「便所女、どうだ、良いだろ、声だせよ、ああ?」


 オッサンはこの異変に気が付いていない。だから、すぐ背後に現れた黒い人型の影がこぶしを振り上げ、それをオッサンの後ろ頭に叩きつける瞬間まで、私に覆いかぶさって乱暴に腰を振っていた。


――ゴスッ


「んごぉ!」


 鈍い音と間抜けな声が重なり、オッサンはグッタリと私の上にもたれ掛かる。股の間にオッサンから出た生暖かい液体の濡れを感じる。


 ただ、黒い人影はそれ1発で止まることなく、私の上からオッサンを引き剥がすようにすると、そのまま身体を持ち上げて部屋の反対側に投げつける。


――ドシンッ


 と音が響く。


 その後はもう、黒い人影による一方的な暴力。私はそれを震えながら見守るしかなかった。


 そして、嵐のような暴力が過ぎ去った後、残されたのは顔面がグチャグチャに潰れ、手足が変な方向に曲がってしまったオッサンの身体。そして、少しずつ薄くなりながらも、部屋の出口の方を指差す黒い人影だった。


「逃げろ……ってこと?」


 呟く私に、消える間際の人影が大きく頷いて見せた。



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