Episode07-05 翌朝


 昨夜は俊也ほどじゃないが、俺も結構飲んでいた。しかし、目が覚めてみるとスッキリ爽やか。二日酔い特有の頭が重たい感じや胃がムカつく感じもない。二日酔い知らずなのは「甘露を飲んだ」からだろうか? ちょっと良く分からないが、とにかく、俺は普段よりも数時間寝過ごした状態で目が覚めた。


 隣には、放っておいたら何時まででも寝てそうな、熟睡モードの彩音が居るが……


(10時半か、そろそろ出なきゃな)


 ということで、揺すって起こす。


「……おはよう……」


 口ではそう言いつつも、枕を抱え込んで顔を埋めるように丸くなる彩音から枕を取り上げて、シャワーを浴びてくるように促す俺。


 そんな朝のやり取りを経て、慣れない自動精算機に戸惑いつつも、チェックアウト時間には間に合った。そして、「さぁ帰ろうか」と言ったところで


――ドンドン


 ちょっと強めに部屋のドアがノックされる音。


「ん?」

「なんだろ?」


 思わず2人で顔を見合わせるが、その間もドンドンとノックされる。なんとなく焦っているような雰囲気が伝わって来て、


「なにかあったのかな?」


 俺はドアを開ける。すると、そこにはホテルの従業員らしき男と共に、着崩したスーツ姿の……


「俊也?」


 が居た。


「やっぱり、お前だったか」


 対して俊也はそう言うと、こめかみの辺りを押さえるような仕草をしつつ、


「宿泊名簿に名前があったから……にしても、なんでよりにもよって、こんな時にこんな場所に居るんだよ」


 妙に恨みがましい視線を送ってくるのだった。


******************


 昨夜泥酔していた俊也だが、そこは悲しい公僕の定め。あさイチの電話でたたき起こされて「仕事」になったらしい。


 ちなみに、「あれだけ飲んでれば酷い二日酔いだろう」と心配したが


「毒気を払う法術で何とか」


 修験道系の法術には、そんな便利なモノがあるらしい。ただ、完璧ではなく


「でも、久しぶりにホトケさん見て吐いちゃったよ」


 ゲンナリした感じで言ったもの。「ホトケさん」とは、まぁ刑事ドラマでも使われているから分かるけど、早い話が「遺体」の事。つまり、


「下の階で殺人事件だ……それもウチ絡み・・・・


 という事。


「マジ?」

「うわ」


 というのが、俺と彩音の素直な感想。しかも俊也が出張ってきて「ウチ絡み」と言うということは、すなわち「怪異」が関連している(または関与が疑われる)ケースということ。つまり、


「七曜会だもんな、協力するよな、2人とも――」


 となる。


 ちなみにこの間、俊也はずっと恨めしい表情。まぁ、意中の女性に振られた直後の彼からすると、ラブホテルでよろしく・・・・やっていた俺には思う処があるのだろう。


(でも、それって大学時代の俺からしたら、日常なんだけどな)


 そう言い返したいが、不毛なので言葉を飲み込む。そして、


「協力って……どんな?」


 現実的な問い掛けをする。チラと隣を見ると、彩音の方は「驚き半分、好奇心半分」といった表情。なので、このまま巻き込まれても後で文句を言われる事は無いだろう。


 一方俊也は、俺がすんなりと「協力する風」を見せたのでちょっと拍子抜けした感じになったが、直ぐに表情を改めると、


「まぁ、実際は特に何かある訳じゃない。お前と彩音ちゃんの目で現場を見て……何か気が付いた事が有ったら教えてくれ」


 とのこと。ちなみに「ホトケさん」は既に運び出されているらしく、ショッキングな絵(二日酔い気味といっても俊也が吐く程だからよっぽど・・・・な状態だったのだろう)を彩音が目にすることも無い。なので、


「わかった」


 という返事になった。


******************


 「現場」となった部屋は、俺と彩音が泊まった部屋と造りはほとんど同じ。今は鑑識班が現場の状況を記録しているらしく、ドアの外から中を覗くだけになった。


「一条君、この人達は?」

「ああ、西田さん、ウチの関係者です。七曜会の――」

「へぇ~あの七曜会……たまたま泊ってたの?」

「そうみたいです」

「ふ~ん」


 そんなやり取りが脇から聞こえてくるが、どうやら俊也が別の刑事に俺達の事を説明しているらしい。ちらっとソッチを見ると、くたびれた中年の刑事と俊也よりも年下に見える若い刑事の2人が胡乱な目で俺と彩音の方を見ていた。


 目が合うと中年刑事は軽く会釈。一方、若い刑事は目を逸らした。


 ちなみに若い方の刑事は一旦目を逸らしたが、直ぐに視線を此方へ向け……どうやら彩音の方をずっと見ている模様。


 ちなみについでに言うと、今の彩音さんはほぼスッピン状態だが……最近は普段からこんな感じだ。転校した結果「メイクしてると周りから浮く」という事らしいが、まぁ、最近仲良くしている白絹嬢も化粧っけの無い美少女だから、自然とつられてそうなったのだろう。


 いずれにしても、スッピンだろうが何だろうが美少女には変わりない。どうだ、羨ましいだろう――


「どうだ?」

「え?」

「え、じゃないよ。何か気になるところあったか?」

「あ、ああ……えっと」


 俊也の問いで我に返り、真面目に室内を見回す俺。


(ちょっと部屋が暗い? 照明の加減じゃないな……これは瘴気が残っている感じか?)


 俺に分かる事といえば、それだけだ。


「怪異絡みな事は間違いなさそうだと思う。部屋に薄く瘴気が残っている」


 分かった事を伝える俺。すると、室内で作業していた鑑識の人がギョッとした顔で俺を見た。なんだか、脅かした風で申し訳なく、


「でも、人に害がある程濃い訳じゃ無いから」


 と付け足す俺。


 一方、彩音の方は、


「ちょっと……すごく嫌な感じがする……」


 なにか「感じるモノ」があったらしい。


「どんな風に嫌な感じ?」


 という俊也の問いに、彩音は顔色を青白くしながら


「……生成なまなりの時の……あの場所の感じに似ている……かも?」


 と、記憶を辿るように言う。


 彩音が言う「生成りの時」とは、彼女自身が拉致された「八等穢界・生成り」の一件の事だろう。その辺は俊也も知っている話になる。


 とにかく、彩音はその時の穢界の雰囲気と同質の「ナニカ」をこの部屋から感じ取ったらしい。


「西田さん、照会結果が来ました。偽造ですね」

「じゃぁ、被害者は偽造の免許証を出してチェックインした感じか」

「たぶん、援助交際か立ちんぼを連れ込んだか……でも、ただの売春じゃないですね」

「アレか、ヤリ逃げ目的の……最近また増えてるみたいだな、身分証の偽造までして手の込んだ事だ……ところで防犯カメラの方は?」

「そっちは、毎度同じくダメです。昨日の午後7時前後と今朝の午前3時前後の20分だけデータが消えてます」


 そんな会話を刑事たちが交わしている一方、俺は気分が悪そうになった彩音を気遣い、


「俊也、もういいだろ」


 言いつつ彩音を廊下の方へ移す。少し声が硬くなるのは仕方がない。


「あ、ああ……ありがとう」


 気圧された感じの俊也の返事を俺は都合よく解釈して、この場を立ち去る事にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る