Episode07-03 お泊り
酔っぱらった俊也を介抱していたら、終電の時間を逃していた。実に間抜けな話だが、そうなってしまったものはしょうがない。
とにかく、俺と彩音は人通りも疎らになり始めた池袋の繁華街に取り残されるようになった。
我に返ると12月の夜風は妙に冷たく感じられるから困ったものだ。
「どうしようか?」
という彩音。対して俺は、
「う~ん……」
という感じ。
選択肢は2つだ。タクシーをつかまえて自宅マンションまで帰るか、又は適当にこの辺のホテルに1泊するか、だ。
まず「タクシーで帰る」という選択肢だが、正直言って池袋から埼玉の自宅までタクシーに乗ると幾らかかるか想像もつかない。今は「
(だったら、始発までの時間を何処かで潰すか?)
と考える。たぶん、俺1人だったら、確実にそうしていただろう。ただ、
(彩音もいるしなぁ)
と考える。
ちなみに、この時の俺は俊也をタクシーに乗せるドタバタの煽りで「酔いが醒めた」気でいたが、実際は「それなりにアルコールの影響を受けている」状態だったのだろう。だから、
(彩音とホテルに泊まるっていうのも……)
良いかな? と思ってしまう。
そこに、
「ねぇ迅さん、何処かで時間潰すにしても、アタシ、ネカフェは嫌だからね」
と言う彩音。
おそらく、彩音は彩音で「タクシーを使う」という選択肢は頭の中に無いのだろう。だから、何処かで時間を潰すと考え、何処で時間を潰すかの選択肢の中からネカフェを除外したいと考えたのだろう。
一時期ネカフェを
とにかく「タクシーは使いたくない」という俺と彩音。「ネカフェは嫌だ」という彩音。少し酔っぱらった状態が続いている俺。そして、12月の寒い夜空。その辺の要素が絶妙に絡み合い――
「だったら、ホテルにでも泊まるか?」
柄にもない言葉を吐いた俺に、彩音は
「うん……そうしよ」
ちょっと照れたような笑いを浮かべて頷いたのだった。
******************
「ふ~ん、中ってこんななんだぁ、あ、ここガラスだとお風呂の中が丸見えじゃん」
とは、ちょっとはしゃいだ感じの彩音の声。「ベッドが広い」とか「お風呂も広い」とか「冷蔵庫の中って飲んで良いのかな?」とか言っている。
一方の俺は、
(どうしてこうなった?)
そんな戸惑いを心の中に押しとどめている。
実はあの後、ホテル自体は直ぐに見つかった。駅から離れる方向にそれっぽい雰囲気の建物が見えていたからだ。ただ、その一画は普通のホテル(?)が建ち並ぶのではなく、男女のカップルが予約なしで入れる、強い目的意識を持った方のホテルが密集した場所だった。
しかし、俺なんかが「一生縁が無い」と思っていた一画に立ち入り、「想像すらしたことが無い」部屋の中に居る。これで「戸惑うな」と言う方が無理だろう。
そんな俺を後目に、彩音はここでも驚くべき適応力を見せている。
――シャァー
と水が流れる音がして、バスルーム(だろう……たぶん)から顔を覗かせた彩音は、
「一緒に入ろう、迅さん」
とのこと。どうやらバスタブにお湯をためているらしい。
「あ、ああ……」
対して俺はそんな返事。
まぁ、今更照れたりするような間柄じゃないが、それでも俺はちょっとだけ気後れして、その分彩音が主導権を取るような感じになる。
(まぁ、こんな時に2人揃って
と、俺がそんな事を考えている一方、彩音はやたら大きなベッドの端に腰かけて、俺の方へ手招きしながら、
「そういえば迅さん――」
と声をかけてくる。
「アタシはこんなところ、来るの初めてだけど」
「うん」
「ホントだよ?」
「疑ってないって」
そんな会話を交わしつつ、彩音の横に腰かける俺。
「そっか、よかった……でさ、聴いた話なんだけど、こんなホテルって入る時に身分証とか要らないはずなんだけど」
「そうなのか?」
「うん……ホント、聴いた話なんだからね」
「分かってるって」
妙に「聴いた話」を強調してくる彩音だが、俺としては別に全く欠片も変な事を勘繰ったり疑ったりしていない。
彩音の話している事は、前の高校で同級生だった一部の女子生徒が彩音に語った事だろう。なんでもしきりに「ウリ」を勧めて彩音を仲間に巻き込もうとしていた、と聞いた覚えがある。
「……でも、ここに入る時に迅さん、運転免許出してって言われたでしょ?」
「ああ、そうだったな」
どうやら、彩音は俺達がこのホテルにチェックインする時に身分証(免許証)の提示を求められた事が気になるらしい。
ちなみに身分証は「どちらかお1人のモノで結構です」という事だったけど、まぁ、
それが、今は必要だった。
(なんだろう、運用が厳しくなったのかな?)
俺はそんな風に考えてみる。クリスマスや年末が近い今の時期ならば、その辺の犯罪も増えるのが残念な道理だ。だから、警察なんかが指導を強化しているのかもしれない。
彩音もその辺に
「あ、お風呂オッケーかも」
そんな彼女も直ぐに興味が別のモノに移る。そして、
「……行こ?」
そんな感じで袖を引っ張っる。まさにその時だった。
――ゾッ
俺は微かな違和感を感じて一瞬だけ身を固くする。
(なんだ……今の?)
敢えて例えるなら「穢界」の中の空気感。それを何倍も何倍も薄めたような、極々微かな違和感を、俺はこの時感じ取った。
「ねぇ……どうしたの?」
ただ、今の一瞬の違和感を彩音は感じ取らなかった様子。なので、相変わらずベッドに腰かけたままの俺に「?」という視線を向けている。
(気のせい……かな?)
結局、俺はそう思う事にして
「あ、ああ、行こう行こう」
と立ち上がるのだった。
そして、小一時間もお風呂の中で
(広いお風呂って良いモノだな)
気怠い虚脱感とともに、そんな感想を抱いていた。
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