Episode03-19 最悪の目覚め?


 昨晩、俺は「ちゃんと眠れるか?」と心配していた。ところが、布団に入ると割と直ぐに睡魔がやって来た。


 寝ている間、俺は何か夢を見ていたような気がする。よく覚えていないが、かなり嫌な夢だった。まぁ、あの精神状態だから悪夢を見るのも納得だ。


 ただ、これは不思議な感じなのだが、悪夢は途中から全然別の内容になった……のだと思う。それは……なんだかちょっとイヤラシイ感じの……有り体に言えば「ちょっとHな夢」だった気がしないでもない。


 まぁ、既に「オッサン」呼ばわりされても仕方ない歳の俺だけども、それでも20代半ばの健康な青年だ。人並にそっちの欲求はある。最近は彩音と狭いアパートの部屋で共同生活をしていたから、かなり強く意識して抑え込んでいたので、もしかしたら「反動」があったのかもしれない。


(それにしても……)


 俺は目覚めたばかりで、まだ草むらに寝転がった状態・・・・・・・・・・・で、自分の両手を見る。掌には柔らかくて温かい、妙にリアルな質感が残っていた。その感覚に、俺は身近な存在である彩音の事を連想してしまい、


(いかんいかん、そういうのはダメだ)


 と妄想を振り払う。あくまでも俺は彼女を「保護」した立場だ。それに彼女はまだ未成年。そんな相手に劣情を向けるのは良くな――


「……『おはよう』と言おうと思ったけど、迅、あなたそんなんじゃいつまでたっても童貞のままよ?」

「はぇ?」


 不意に呆れたような声を掛けられて、俺は意識を現実に引き戻す。そして、掌を見ていた視線を先へやると、そこには……


「え? エハミ様?」


 が、草むらに立っていた。それで俺は、急に自分が「草むらの中で寝転がっている」という事に気が付いた。おかしい。だって俺は爺ちゃんの家で布団で寝ていたはず――


「昨日の夜、色々話しちゃったでしょ? あんな話を聞かされたら、今日の朝、迅を送り出す時に千賀子や彩音が辛くなっちゃうでしょ? だから、2人が起きる前に連れてきたのよ」


 ちょっと混乱している俺に、エハミ様はそんな説明をした。まぁ、確かにそうかもしれないけど、でも


(――俺の気持ちは?)


「私、女だから、女の味方」


 なるほど、考慮に入れてくれないってことですね。


*******************


 気持ちいい夢を見ていたと思ったら、目が覚めたら「神界」に居た。俺を起こしたエハミ様の後ろには、木の棒を2本持った大きなお爺さん(諏訪さん)がのっそのっそと歩み寄って来る。有り体にいって「最悪の目覚め」です。


 せめて朝飯くらい……と思うが、なんというか、全然お腹が空いた感じがしないし、そもそも食欲を全く感じない。これもう分かってる……エハミ様が造った神界の設定だ。


「早いな迅、熱心で結構、結構」


 と声を掛けて来るのは「諏訪さん」。ちょっと状況を勘違いしているのか、それとも分かって言っているのか? とにかく、諏訪さんはそう言いながら近づいて来ると、不意に手に持っていた木の棒を俺へと放り投げた。


「っと……え?」


 起き上がりつつ、木の棒を掴んだ俺は、まぁどういう意味か半ば分かりつつも問うような視線を諏訪さんに向ける。ちなみに、手の中の木の棒は何の木か種類は分からないが、握って親指と人差し指の間に結構隙間が出来るほど太い。長さも地面に立てて俺の鳩尾みぞおち辺りまである。つまり、長くて太くて重たい木の棒……というか殆ど丸太だ。これを一体どうしろと――


「振れ。取り敢えず一万回、全力で」


 ですよね~。とため息を我慢する俺の目の前で、諏訪さんはお手本のようにもう1本の丸太を両手で持って、頭の上に振りかぶり、臍の下あたりまで


――ブンッ!


 と一気に振り下ろす。それで、


――ボフッ


 と鈍い音が鳴り、諏訪さんが振り下ろした丸太の先の地面がえぐれて土埃が舞った。


「……なんで?」


 目の前で起こったナンセンスな出来事に俺は自然に疑問を口にするが、諏訪さんはそれには全然取り合わず、


「始めろ」


 とだけ言う。


 この後、俺は何度か諏訪さんの真似をして丸太を振ってみた。その結果、


「全然ダメだな」


 と言われ、


「どれ、貸してみろ」


 と、まるで鉛筆や消しゴムを借りるみたいに諏訪さんは俺の身体を乗っ取った・・・・・。そして、


――ブンッ


 先ほどのように(ただし、振っているのは俺の身体)丸太を振る。その結果、


――パンッ


 軽い音がして、少し先の地面に砂煙が立った。地面が抉れるほどではないが、何等なんらかの……何か(ほんと、意味わからん)が丸太の届かない先へ影響を及ぼしたのだろう。


「今の感じだ、さぁ、やれ」


 だいたい、諏訪さんの指導はこんな感じである。


 その後、俺は懸命に丸太を振り続けた。しかし、50回程振ると疲労で腕が上がらなくなってしまう。ちなみに「前回」までなら、このタイミングで「そよ風」が吹いて「疲労」を運び去っていた。しかし、今回は、


「エハミ殿に頼んで、神風じんぷうの頻度を落として貰った」


 とのこと。なんでも今後は「疲労への対処」も修行の内なのだそうだ。辛い修行がまた一段と辛くなった。諏訪さんってドSだと思う。


*******************


 2日目(30日間)の修行はこうして幕を開けた。


 俺は諏訪さんが繰り出す様々な課題に身体と心をすり減らしながら対応していった。ちなみに、修行のメニュー(?)はというと――


・「ヤトとぬえとの鬼ごっこ」後に「ヤトと鵺に白羅鬼はくらき参入」

・「丸太の素振り」→「丸太を使った型稽古」

・「白羅鬼との相撲(丸太装備可能)」→「金棒を装備した白羅鬼vs丸太持ちの俺の相撲(もはや相撲ではない)」


 といったものが「修行の進み具合」に従って内容を変えながら続いて行った。


 俺は当初、「疲労」の要素が加わった事で随分と苦労をした。特に「ヤトと鵺との鬼ごっこ」では、前回は逃げきれていたのに、今回は「疲労」が原因で逃げ足が鈍り、結局捕まってしまう場面が増えた。


 ただ、限界ギリギリまで疲労が積み重なると「そよ風神風」が吹くのは前回と同じ。特段「休息時間」は用意されていない。そんな状況で「ぶっ倒れる寸前」からの「回復」を重ねる内に、「ぶっ倒れる寸前」に至るまでの時間が長くなっていった。つまり、スタミナが付いたのだろう。


 お陰で「ヤトと鵺との鬼ごっこ」は少し後には「ちょっと楽が出来る息抜きタイム」になったのだが……俺が楽をしている事は、直ぐに諏訪さんに見破られてしまった。その結果、楽だった鬼ごっこに「白羅鬼」が参入することになり、……悲惨な過去に逆戻りしてしまった。


 一方、「丸太」を使った稽古の方は、初めの頃は諏訪さんにしょっちゅう注意された。それこそ、変な力みがあったり、いい加減な振りになったり、「型」から外れたりすると、容赦なく諏訪さんの丸太が襲って来た感じだ。まさに「身体に叩き込む」を地で行く感じだった。


 ただ、それも半分の15日目(時間の感覚は随分いい加減だけど)を過ぎるころからはそれほどキツイ注意を受けることも無くなった。たぶん、諏訪さんが教えた型が身に付いて来たのだろう。


 そして何より、丸太を武器に見立てて振り続けた結果、俺は白羅鬼との「相撲」で、ようやく立場を「五分五分」に持ち込めるようになった。まぁ、白羅鬼が「素手」なのに対して、俺は「丸太持ち」だったので、ちょっとフェアじゃなかったかもしれないが、とにかく、あの白羅鬼・・・・・に対して俺は一時の優勢を保つことが出来た(まぁ白羅鬼が「金棒」を持ち出して来たら形勢は逆転して元に戻ったけど)。


 と、こんな感じで2日目の「神界の30日修行」は幕を引いた。


*******************


「諏訪さん、迅はどうかしら?」

「うむ……最初はてんでダメ・・・・・かと思ったが……意外と鍛え甲斐のある感じになってきたな」

「そう……よかったわ」


 俺が立ち去った後の神界で、2柱の神はそんな会話を交わしていた。どうやら、最後の「50日修行」は一層厳しい試練めいたモノになりそうだった。


 勿論、俺はそんな事を知る由もない。


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