Episode06-14 菓子折り一つでそんな事……
久しぶりに呼び出した「スクにゃんAI」は、案の定ご機嫌斜めな状態だった。そんなスクにゃんAIの機嫌を宥めつつ、欲しい情報を引き出そうとした矢先、普段は滅多に鳴らない玄関の呼び鈴が鳴る。
(あ~もう!)
俺はそう思いつつ、スマホの中のネズミのアイコンに向かって、
「すみません、また今度時間がある時にゆっくり相談させてください」
言いつつ頭を下げる。
ちなみに、スクにゃんAIの白いネズミを模したアイコンはプイッと顔を背けたまま、
『分かったのだ』
という吹き出しを引きずったまま、画面の外へテクテクと歩いて消えていった。
(大丈夫かな?)
そんなスクにゃんAIの後ろ姿を見送りつつ、俺はちょっと「まずかったかな?」と考えるが、
――ピンポーン
2度目の呼び鈴が催促するように鳴ったので、一旦思考を切り替える事にした。
******************
「昨晩は何とお礼を申してよいか、誠にありがとうございました」
そう言って頭を下げるのは3人のスーツを着た男。その内1人は「スーパーバリューショップ・与野店」の店長の大崎という男だと分かる。その大崎店長を含んだ3人の男が「昨晩は――」とお礼を述べているのだから、残り2人の男(年齢は50歳代と40歳代後半に見える)も「スーパーバリューショップ」の人間だろう。
「こちらはつまらないモノですが」
3人の内、40代後半に見える男が促し、それで気が付いたように大崎店長が持っていた紙袋を差し出す。袋には駅前の和菓子屋の名前がプリントされているので、中身は「菓子折り」というヤツだろう。
「え~と、わざわざどうも、ご丁寧に――」
これまでの人生経験から言って、こういう場合にどういった対応をすればいいのか、正直に言って分からない。ただ、差し出された菓子折りを無意識のうちに受け取ってしまったので、
(このまま玄関先って訳にも――)
となる。
「とりあえず、上がってください。どうぞ――」
と3人を室内へ促す事になってしまった。
「では、お言葉に甘えて、お邪魔いたします」
対して3人は、元々そういう
******************
3人のスーツ姿の男がダイニングテーブルの椅子に腰かけている。元々は俺と彩音の2人で使う用のテーブルなので、少し窮屈になってしまうのはしょうがない。。
こういう場合、普通はお茶なんかを「粗茶ですが」と出すのだろうけど、あいにくそういう準備は無い。なので、本当に椅子に座ってもらっただけなのだが、その辺を準備の無さを口にすると、
「いえいえ、お構いなく。こちらこそ突然押しかけてしまいご迷惑をお掛けしています」
3人の内の40代半ばの男がそう言う。そして、
「私、スーパーバリューショップを運営しております須田商会の須田と申します」
言いつつ名刺を差し出してくる。名刺には「須田商会株式会社 専務取締役 量販事業部長 須田健太郎」とある。屋号と苗字が一致しているので、所謂「オーナー一族」の人なのかもしれない。
ちなみに、須田専務に倣い、残りの2人も名刺を差し出してくる。一番年配に見える男が店舗管理部の山田部長で、最後の1人は(まぁ知っているけど)与野店マネージャーの大崎MGだった。
とにかく、突然、降って湧いたように始まった「名刺交換フェイズ」に、俺は少し面喰いつつ、「少し、すみません」と言って自室から
「八神と申します」
と、かなり
ちなみに、名刺交換の作法なんてものは、就職活動(全滅だったけど)の一環で少しだけやった記憶があるだけだ。
更にちなむと、今渡した名刺はつい先日、大学時代の親友であり今は警察庁勤務の
――七曜会 関東支部 八神迅――
と書かれている。所在地住所も電話番号もウェブサイトのURLもメールアドレスもない。あるのは謎の団体「七曜会」という名称と、いつの間にか組み込まれた「関東支部」という所属。そして俺の名前だけ(ちなみに、彩音の分もある)。
正直に言うと「こんなもの、もらっても……いつ使うんだよ」というただの紙切れだったが、なんとなく俺は「場の空気」に当てられて、ソレを名刺として差し出す。
果たして、
「ああ、やっぱり。八神さんは
須田専務は「合点がいった」というリアクションに。見ると、山田部長も大崎店長も「うんうん」とややオーバーリアクションで相槌を打っている。
一方、俺は
(「あの七曜会」って、そんなにメジャーな団体じゃないだろう)
以前に俊也から聞いた説明では、「七曜会」は表向き犯罪被害者の互助会的な公益団体だという。しかも、それまでの俺の26年の人生でそんな団体名は一度も聞いたことが無かった。まぁ、俺の見識は大したことが無いかもしれないが、とにかく「ど・マイナー団体」のハズだ。
しかし、
「なるほど、なるほど。いや、
須田専務はそういうと、
「七曜会という存在は兼ねてからお聞きしておりましたが、どこに訊いてもコンタクト方法が分からないという。私も若輩ながら色々な方面に伝手を持っていますが、誰も知らない、分からないと……いやはや、不思議に思っていましたが――」
と続ける。
その口ぶりから「名前は知られていて、やっている事も何となく知られているが、実際にコンタクトした経験のある人間がいない」といった感じ。これではまるで都市伝説に出てくる秘密結社みたいだ。
(七曜会ってそんな団体だったっけ?)
俺としては違和感がある。ただ、
(あぁ……これって「現世改め」の影響なのか)
今現在、「怪異」の存在は「あってもおかしくない」という認識になっている。そして、そんな怪異に対抗する「式者・式家」の存在も、どうやら知られているらしい。だったら、
(七曜会の存在も「そういう団体」として知られているのか)
という事になっていてもおかしくない。その一方で「誰もコンタクト方法が分からない」のは、まさにこれ迄「警察以外の誰かからコンタクトを受けるような組織じゃなかった」からだろう。
それが「現世改め」を受けて、まさに「設定変更」になった感じか?
「――ということは、八神さんは例のアプリのユーザーでもあらせられる、ということですか?」
一方、目の前の須田専務は、俺の内心の違和感や思考をそっちのけで、次なる質問を投げかけてくる。
「ええ、まぁ……そうなりますね」
この質問に対する俺の答えも、つい1か月前までは「禁止事項」だったもの。それを自分で口にして、更なる違和感に戸惑う。
「当店で働いてくださっているアルバイトの桧葉埼さんは、八神さんの御親戚だとお聞きしています」
これは大崎店長の言葉。どうやら彩音は俺の事を「親戚」として話していたのだろう。まぁ、2人そろって買い物(というか店内に出来た「穢界」)に行くこともあったし、以前は「恋人関係」ではなく、ただの同居人だったから、そういう説明になるのは分かる。
「ということは、その桧葉埼さんもアプリのユーザーで?」
大崎店長の言葉を受けて須田専務はそんな風に言うが、その「探る感じ」が彩音に及んだ瞬間、
(こいつ、何を言いたいんだ)
心の中で黄色信号が灯った感じになる。
勢い、相手の真意を見極めようと目付きが鋭くなってしまうが、
「あ、これは……失礼しました。余計な詮索を――」
なんだろう? 今、完全に須田専務の思惑とか目論見とかいった意思を挫いた感じがあった。文字通り「目で」相手の意思を「殺した」感じ。これは、もしかしたら「
(余計な詮索は困るけど、相手を威圧するような態度も良くないな)
相手が彩音のアルバイト先の「お偉いさん」だから、という訳ではないが、俺はそう思い、視線を改めてから、
「えっと、なにか特別にご用件でも?」
と、水を向ける。
まぁ、この時点で須田専務側に「昨晩のお礼」以上の魂胆がある事は察している。だから、「余計な詮索はしないで、用件を話して」と催促したわけだが、果たして、
「いや、おっしゃる通りで……実は――」
この後、須田専務が話した「用件」とは、とどのつまり
「当店に出来た穢界……それを浄化していただきたいのです」
という事だった。
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