後の世界

後の世界


 去る24年の10月末日、世界中にセンセーショナルなニュースが駆け巡った。


 それは、これまで空想や伝説上の存在だと思われていた異形の存在が現実世界に現れ、人を襲い暴れまわったという出来事。それが、全世界で同時多発的に発生したのだ。


 デジタル技術が発達し、誰しもが高性能なカメラを内蔵したスマートフォンを所持している現代。世界各所に現れ暴れまわった異形の存在の姿はすぐさま動画に収められ、ネット上のあらゆる媒体を通じて全世界に広まっていった。


 異形の存在が齎す被害は甚大なモノがあった。正確な数字は発表されていないが、おそらく全世界で数十万から数百万の人々が何等かの被害を受け、犠牲者の数も万の単位をくだらないだろう。


 そのような状況であったため、当初ネットを中心に出回った「動画」は直ぐに従来型のマスメディアにも取り上げられ、起こった出来事が「事実」としてあまねく世界中に拡散された。


 ただ、ここまでセンセーショナルで従来の常識では考えられない異常な出来事を目の当たりにしても、人類の社会は度を越えたパニック状態に陥ることは無かった。勿論、小さな混乱やパニック的な反応もあるにはあったが、それでも、起こった出来事の非常識さと比較すれば、極々小さな反応だったと言えるだろう。


 寧ろ大多数の人々は、


――これは、起こるべくして起こった出来事だ――


 と受け止めていた。なぜなら、世界中の大多数の人々にとって、そのような異形の存在 ――文化圏の違いで魔物やモンスター、怪異や悪魔など呼び方は様々だが―― は「存在して当然」という認識に書き換わっていたから。


 おぞましい程異様な認識の改変。尋常ならざる存在が、まるで世界の設定を書き換えてしまったかのような出来事。それがたった数日の間に起こった。


 ただ、人類はこれまでも幾度となく、似たような改変を受けている。それらは「世紀の大発見」や「歴史的な転換点」として人類史にその痕跡を見る事が出来るが、それを指して「現実が書き換わったのだ」と指摘する人間はいない。


 幾多の神話や宗教が伝えるように、もしも人間を神のような尋常ならざる超常的な存在の被造物であると仮定するならば、それらの超越者が行う「現実の改変」を人類が唯々諾々と受け入れるのは当然だろう。


 遺伝子レベル、魂レベルで「そうなるように」造られている。それが人間であり人類であるのかもしれない。


 勿論、「改変」の事実を知る人間も少数ながら存在し、それらの者の中には「現実が書き換わったのだ」と主張する者もいただろうし、これから先にもいるだろう。


 ただ、その者達の声は大多数の認識が改変された人々にとって「非常識な主張」に過ぎない。常識と非常識が入れ替わっているのだから当然である。


 また、物事によっては「改変の前後」で辻褄が合わなくなる状況も生じる。しかし、それらの矛盾もまた、改変された「常識」を信じる大多数の人々によって辻褄が合う説明が作り出される。


そのため、そういった「真実」を伝える声は人々に黙殺され、矛盾は説明され、全てが歴史の波間に浮かんだあくたのように、あっという間に消えていく。


 そして、出来上がった「改変後の世界」が事実として、歴史として紡がれていく。


 今回の場合は、


――古来より神と呼ばれる存在が異形の存在を封じていたが、物質文明の進歩に伴い神に向けられる信仰心が減少したため、相対的に神の力が弱まり、封じられていた異形の存在が暴れ出した――


 と背景が説明付けられ、


――進歩してしまった物質社会において、嘗てのように人々は強い信仰心を取り戻す事は出来ない――


 や


――異形の存在は人間の負の感情を糧にしているが、人間から負の感情を取り除くことは出来ないため、存在そのものを根絶することは出来ない。人間が存在する以上、どうしても生まれてしまう異形の存在は、ある意味で人間社会が生み出すゴミや排泄物のようなもの――


 と理解され、


――そのため、神が行っていた役割の一部を代わりに行う「E.F.W」アプリのユーザーはゴミ処理施設や下水道処理施設のような社会インフラを支える仕事に従事している者――


 と位置付けられた。


 この理解は、世界中で画一的に同じという訳ではない。「神」という存在が絡む話なので、多分にその国や地域、民族における宗教観が影響を与える。ただ、少なくとも日本という国に於いては、「E.F.Wアプリ」ユーザーは、社会に不可欠な「汚れ仕事」に従事する人達と捉えられた。


 そして同時に、「高収入だが危険な仕事」とも認知され、元々「一般公開」と謡いながらも、実際には「最低限の素養」がある人間の手元にしかアプリが届かないため、それほど人気の職業とはなっていないのだった。


 寧ろ、周囲からは「ちょっと物好きなひと」として見られる。それが日本に於ける「E.F.Wユーザー」の立ち位置となった。

 



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