Episode05-04 AR装備の実力


 本日、俺が「午後の穢界」に選んだのは川口市の駅前繁華街にある「七等穢界」だ。


 先ほど覗いた掲示板にも書いてあったが、最近「大宮」や「川口」付近の七等穢界はちょっと数が減少傾向にある。そして、その原因は……たぶん俺だ。まぁ、全部が全部「俺の仕業」ではないと思うが、とにかく毎日1つを浄化している。


 ちなみに、彩音と行く平日の「夜の穢界」は相変わらず「スーパーバリューショップ・与野店」が多い。だから穢界の等級も「九等」と「八等」がメイン(彩音も既に「九等」ではドロップが出なくなっている)。一方、彩音の学校が休みになる週末は、


――ガッツリ稼ごう!――


 という彩音の希望もあって「七等穢界」に連れてきている。そういう状況だから、とにかく「大宮」や「川口」の「七等穢界」は毎日確実に1つずつ数が減って、結果として全体の数も減少傾向。


 ただ、中には自宅マンション目の前にある「スーパーバリューショップ・与野店」のように、浄化しても浄化しても「次々と湧く」スポットがある。例えば、この場所……風俗店が立ち並ぶ場所なんかがそうだ。


(いつ見ても……独特だな)


 という店が立ち並ぶ、ちょっと小汚い路地。客引きなのか? スーツ姿の青年が数人見える。そして、同じくらいの数の「客」とおぼしき男性とすれ違う。埼玉県内の「住みたくない街ランキング1位」らしいが、さもありなん・・・・・・だ。


(日中だってのに……)


 こういう人たちが居るのだから、俺は極力彩音をこの辺には連れて来たくない。だから、他の(比較的健全な)場所にある「七等穢界」を温存するためにも、どうしても平日はこっちの方に通ってしまうのだが……


「あ、毎度どもっす」


 不意に客引きのような青年に声を掛けられた。俺は反射的に


「ど、どうも」


 と軽く会釈を返すが……


(関係者と思われた?)


 そんな気がする。しかし、


「たまにはウチにも来てくださいよ。かわいい子いますよ」


 どうやら、連日足しげく風俗街に通う好きモノ・・・・な「客」だと思われていた模様。


「いや、そんなんじゃないんで――」


 慌ててそう言いつつ、俺は足早に目的の「七等穢界」がある場所へ向かうのだった。


******************


 気を取り直して「七等穢界」の中に入る。


 場所は路地沿いの雑居ビル(当然、びっしりと風俗店が入居している)。その半地下へ降りる階段だ。こういう立地だから、穢界の中の見た目は雑居ビルの中のようである。


 足元には長年の汚れがこびり付いた床。頭上には等間隔に配置された薄汚れた蛍光灯の照明(消灯している)。左右はモルタルを塗り込んだような壁が続き、所々に「ドア」や「十字路」「折れ曲がり」がある。そんな廊下が先の方へ続いている。全体的にかなり暗い。


 そういう状況を確認しつつ、俺はまず「アイテム」欄から装備品一式を取り出して自動装備する。ちなみにAR系の装備(グラスとリング)も登録済みなので、同時に装着となる。


「よし」


 ARグラスの視界は良好。センサーリングも問題なく動作している。ということで、俺は


「使鬼召喚、『蛍火』――」


 まず明かりを確保するために「使鬼召喚:蛍火」を発動。チラと見ると、視界の端で法力の現在値が20下がるのが分かる。地味な話だが、「法術を使って実際に法力が減る」のを確認したのは初めてだったりする。


「次は……」


 とにかく、視界の明るさを確保した後はセオリー通りに「神鳥かんどり」の召喚に移る。今度は「無地の符冊」を使う法術なので、俺は満を持して視界の端に存在する「アイテムショートカット」から「無地の符冊」を1冊取り出す。そして、実際に神鳥を召喚するのだが……


「これは……」


 これまでの「スマホへ視線を移し、画面をタップして呪符(または符冊)を取り出してからの――」という動作が省略されているので、明らかに素早く法術の発動が完了する。


 ちなみに、ARグラスを通した視界と「神鳥」の視界の共有は……ひそかに心配していたのだが、特に問題はない。


 後は、呪符術なんかを実戦で使ってみて「どうか?」という部分が残っているが、


「……来たな」


 おあつらえ向きな事に、この時、廊下の奥から怪異の御一行様が姿を現していた。


******************


 この時姿を現した「怪異」は餓鬼と怨霊の混成集団。餓鬼5匹が先行し、その後方を2匹の怨霊が追走する。そんな感じの集団が、さして広くもない「雑居ビル風」の廊下の奥からを俺めがけて突っ込んできた。


 これまでの俺ならば、まず単結界術の「塞縄さえのなわ」を展開して、相手の突進を足止めし、その間に「無地の呪符」を3~4枚同時に取り出してから「破魔符」をばらまいていただろう。まぁ、そのやり方でも十分に斃せる相手だ。


 ただ、今はARグラスとショートカットボックスがある。なので、結界術による足止めを省略して、俺は即座に呪符術による攻撃に移った。


「破魔符! 鬼火符――」


 先ほどの「神鳥」の時と同様に「スマホに視線を移してタップしてアイテムを取り出す」という手順が無いのに加えて、「右手で取り出してから左手に持ち替える」という手間もない。その分、法術の初動は早くなり、戦闘中に時間の余裕が生まれた。


 お陰で余裕をもって「手製の破魔符」なんかも選んで放つことが出来る。


 ちなみに、この間、俺のARグラスの視野サイトには


――餓鬼:クラス7〇(緑)


 のように、目の前の怪異の情報(名称と等級に色付きの〇マーク)が表示されている(7匹分が重なって見えるのでちょっと見難いけど)。表示されている情報の意味は、「名称」はそのまま怪異の名称で、「クラス」は穢界の等級のことだろう。そして「緑色の〇マーク」はたぶん「状態」、もしくは「体力」といったところか?


「ギョンッ!」


 俺のお手製「破魔府(初心者レベル)」が直撃した餓鬼の「緑色の〇マーク」が「黄色の〇マーク」になったので、たぶん「残りの体力」的な表示だろうと思う。


(これは……今のところあんまり意味はないな)


 正直な感想を言うと、ARグラスのサイトに投影される「E・Aエネミーアナリシス」の情報は、既知の怪異相手ではあまり意味がない気がする。これが初見の相手だったり、ダメージが推し量りにくい相手だった場合は効果があるだろうけど、今のところそういう状況には陥っていない。


(まぁ、オフにすることもできるからな)


 そういう風に結論が付いたとほぼ同時に、最後に残っていた1匹の餓鬼が「鬼火符」の直撃を受けて燃え上がった。


 結果は上々。「E・A」のように活かし切れていない機能があるが、今後「穢界の等級」が上がれば役に立つ時も来るだろう。それに何より


「う~ん……やっぱ良いよなぁ、こういうの」


 サイバーパンク風(で合ってるよな?)な装備で身を固めつつ、和風な直刀を武器に法術を織り交ぜて戦う。欲を言えば「銃器」があったら尚良いが、とにかく、こういう戦闘スタイルが俺の嗜好にドンピシャなわけで、


(ちょっとだけ、コスプレする人の気持ちが分かった気がする)


 とも思う。


 たぶん、この瞬間の俺の顔を鏡で見たら、鼻の孔を膨らませたニヤけ顔で、およそ自分が思い描いている「サイバーパンク世界観」の登場人物には見えなかっただろうけど、とにかく、そういうのは横に置いておいて、


「やっぱ良いわ……」


 しばらくは、1人で悦に浸っていたい。


 ちなみに、この後5分くらい掛けて「正気」に戻った俺は、「鬼眼」を使った際のARグラスのサイトとの兼ね合いについて、穢界主えかいしゅ相手に試すことになったが、特別な問題はなかった事を付け加えておきたい。



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