Episode03-24 「穢斬の薙ぎ大刀」と神剣の形代


 それから数日に渡り、俺は白羅鬼の「仕合い」は何度も何度も繰り返し続いた。


 この間、森の方から「ヤト」「ぬえ」「狒々ひひ」「土蜘蛛ぢぐも」「大百足ひゃくと」といった追いかけっこメンバーがやって来て、俺と白羅鬼の仕合をずっと観戦しているのだが……どうやら応援してくれているらしいが、気が散るからやめて欲しい。


 とにかく、俺は1度目の仕合いで白羅鬼に深手を与えることが出来た(ちなみに、俺自身は叩き潰されて一度死んでいる)が、結果として白羅鬼を「本気」にさせてしまった。「アレで本気じゃなかったのか?」と少し愕然としたが、とにかく、2度目以降の白羅鬼は更に手強くなってしまった。


 そんな手強い「本気」の白羅鬼に対して、俺はしばらく「手も足も出ない」状況が続いた。しかし、それでも徐々に相手に手傷を与えることが出来るようになり、5度目か6度目の仕合いから、俺自身も白羅鬼から「痛い一発」を貰わないようになってきた。


 俺は白羅鬼との仕合いを通じて、強敵との戦い方を徐々に進化させていた。


 そして、10度目の仕合に於いて俺と白羅鬼はお互いに動きを止めて膠着した状態に陥る。


*******************


「……」


 にらみ合うこと……20分くらいか? この間、俺の「鬼眼」はずっと発動しっぱなしだ。ひっきりなし・・・・・・に俺と白羅鬼の幻影が目の前を踊り、斬り付け、打ち据えられ、反撃するも叩き潰される。そんな光景を繰り広げている。


 ちなみに、どのパターンで仕掛けても俺は白羅鬼に深手を与える事はできるが、結局負ける。そんな結果しか視えていない。


(そろそろ限界かも)


 身体にダメージは無いが、精神に疲労が蓄積する。「鬼眼」が常時発動している事が原因だろう。


 と、この時――


(迅、聞こえる?)


 不意に頭の中に少女の声が響いた。それは、俺に加護を与えてくれる存在、エハミ様の分霊という童女「エミ」の声だった。


(あの光る剣で――)


 エミの声がそう告げる。


(光る剣……そうか)


 言わんとする・・・・・・ことは直ぐに分かった。以前に「八等穢界・生成り」を出現させた「少年と同化した悪魔」を斃した、あの光る剣。あれならば「白羅鬼」にも――


(でも……どうやって?)


 ただ、残念なことに「やり方」が分からない。前回は顕現化した「エミ」が刀身を触ることで「光る剣」になったが……あのやり方が


(もう……2回もやって見せたのに)


 俺がまごついている一方、声だけのエミはそんな感じ。それで、


(迅の霊力を左手に集めて、それを剣に移すだけ。簡単――)


 かなり雑な説明をしてくれる。


(霊力って――)


 そんな疑問が浮かび上がるが、この時、目の前の白羅鬼が苛立ったような咆哮を上げた。


 どうやら、膠着状態に痺れを切らしたのだろう。多少の傷は覚悟の上で突っ込んで来るようだ。


「グオォォっ!」


 思った通り、白羅鬼は金棒を振りかぶった状態で突っ込んで来る。対して俺は、自身に振り下ろされる金棒の幻影を避けるように距離を置きつつ、


(どうするんだ?)


 心の中で「エミ」に問い掛けた。すると、


(説明、難しい……あ、迅がお札を使う時、お札に力が流れる感じは分かる?)


「グォォッ!」


――ブンッ!


 まるで、「打ち合え!」と言っているような白羅鬼の雄叫びと共に、金棒が鼻先を掠める。


(――っ! それなら、ちょっと分かるかも)

(じゃぁ、その感じで)


 「じゃぁ、その感じで」と言われて直ぐに出来るものか! と思うが、


――ブォォッ! ブンッ!


 白羅鬼の金棒は攻撃のピッチを上げてきている。そろそろ「視えていても躱すのが無理」な状態になってしまう。ここは一旦距離を置いて――


「破魔符!」


 俺はそんな意図の元で呪符術「破魔符」を立て続けに放つ。しかし、


「グオッ!」


 いつもは躱してくれる白羅鬼が、この時ばかりは「被弾上等」の勢いで突っ込んで来た。ちなみに、俺の「破魔符」は白羅鬼相手だと「ゲンコツで小突いた程度」の威力しかない。もしかしたら、これまで丁寧に躱してくれた事自体が、こんな状況で俺の不意を突くためのブラフだったのか?


――ブンッ!


 そんな事に気が付いたがもう遅い。その瞬間、俺は「破魔符」を再度放つべく左手に呪符を握っていた。しかし、それを投げ放つ動作を遮って、白羅鬼が必殺の金棒を振り下ろす。


「破魔、ふぉっ!」


 間一髪。俺は発動直前まで霊力が溜まった呪符・・・・・・・・・・・・・・・を片手に、横っ飛びで金棒を躱す。そして、振り抜かれた金棒の風圧を利用するように、ゴロゴロと地面を転がりつつ、立ち上がりざまに「破魔符」を放とうとするが、


(っ! もう、これで良いのか?)


 その動作を止めると、思い付きのまま、左手に掴んだ呪符で右手の剣の身を拭き取るように摺り上げてみた。


 その瞬間、


(なんか……違う)


 頭の中に「エミ」の声が響く。しかし「須波羽奔剣すわのはばしりのけん」の刀身は明らかな変化を見せていた。


 その瞬間、「破魔符」の霊力が剣身に乗り移り、剣身が仄かな白い燐光を放った。


「グオォッ!」


 そこへ、追撃を仕掛ける白羅鬼の金棒が迫る。


「――ッ!」


 もう躱せない間合いで攻撃が迫る。それに対して、俺はこの時、右手の剣で真正面から打ち合いを挑んだ。そして、


――ガキッ!


 と金棒と剣が衝突し、青白い火花が飛ぶと同時に、


――バシンッ!


 衝撃波を伴う強烈な破裂音が神界に鳴り響いた。


「……え?」


 一瞬前まで「当然、打ち負ける」と思っていた俺は、その場に立ったままの状態で白羅鬼を見て驚いた。というのも、


「グゥォ……」


 この時、白羅鬼の右腕は肘から下が金棒ごと綺麗に吹っ飛んでいたから。


「仕合、止め!」


 諏訪さんの声が終わりを告げた。


*******************


「『穢斬の薙ぎ大刀』にあんな応用方法があったなんてね」


 とはエハミ様の言葉。いつの間にかエハミ様は俺と白羅鬼の仕合いを観戦していたようで、諏訪さんの「止め」の合図の後に、そんな風に話し掛けてきた。


「えぎりのなぎたち? ってなんですか?」

「ああ、さっきエミがやろうとしていたヤツよ。剣が光ってブワーッて強くなるヤツ」

「はぁ……」

「私の特技なんだけど、私なら『神氣』を籠めるだけだから……そうか、法術になる直前の力を剣身に籠めるのねぇ……考えたじゃない、迅。すごい、すごい」


 何と言うか、エハミ様は勝手に納得して褒めてくれるけど……まぁ良いか。


 一方、諏訪さんは「止め」の合図と共に白羅鬼を何処かに消し去ると、俺の手から「須波羽奔剣すわのはばしりのけん」をもぎ取って、剣身の具合を確認している。


「まったく、無茶苦茶な使い方をしおって」


 ブツブツと小言を言う諏訪さんによると、


「この位の霊剣、霊刀でなければ、力を籠めた瞬間に砕け散るわ」


 とのこと。それで、


「迅、お前、確か折れた刀の柄の部分だけを持っていたな?」

「え? ……あ、はい」


 諏訪さんは、俺の「EFWアプリ」の中にしまってある、折れた「一文字比良坂いちもんじひらさか(偽)」の柄の事を言っているよう。なので、俺はそれを「EFWアプリ」から取り出す。


「貸してみろ……ふむ……まぁ良いか」


 そして、またもブツブツと呟くと、エハミ様に向かって「しばし、御免」と言い、折れた刀の柄を宙に放り投げる。すると、宙に放り出された刀の柄はそのまま空中に浮いた状態で留まった。


「え?」


 思わず驚く俺。一方、諏訪さんは「須波羽奔剣」を逆手に持った状態で切っ先を空中に留まった刀の柄に向けると、


「ちはやぶる、みたちのきひのかたきいわおの――」


 なにやら、和歌のような呪文のような言葉をブツブツと唱えて、


「――わけみをつくりはらからとなせ」


 言い終わった瞬間、強烈な力が諏訪さんの身体と「須波羽奔剣」から噴き出し、空中に留まった刀の柄へ向かう。


(えぇ……)


 噴き出した力 ――神氣とでも言うべきか? ―― に圧倒されて声が出ない俺の目の前で、宙に浮かんだ刀の柄は一瞬で赤熱化しドロリと形を崩す。そして、溶けた何かが超高温に達したのか、色が赤からまばゆい白へと変じると、一瞬強烈な光を放つ。


「っ!」


 眩惑げんわくされて目を閉じた俺が、恐る恐る目を開けると、そこには、


「ほれ、これをお前にやる」


 言いつつ、「須波羽奔剣すわのはばしりのけん」と瓜二つの鞘に収まった直刀を差し出す諏訪さんの姿があった。


「……これは?」

「流石に神剣の本物は貸してやれん。大騒ぎになるからな。それに、あんな使い方をされたらいつ壊されるかと気が気ではない。だからこれは、須波羽奔の形代かたしろじゃ」

「はぁ……で?」

「で? じゃない。これをお前にやる・・と言っている」


 ちょっと状況が呑み込めない俺。そこにエハミ様が近づいて来て、俺の脇腹を小突くと、


「お師匠様が弟子に、修行が終わった証しを授けるって言っているのよ。お礼言って頂戴なさい」


 小声でそう言う。それで俺はようやく意味が分かり、


「あ、ありがとうございます!」


 全力で頭を下げた。しかし、心の中は、


(ああ、やっと修行が終わった!)


 湧き上がる解放感で埋め尽くされていた。


「そっちなの!」

「そっちか!」


 この後、2柱の神様から余計な説教を喰らう事になりました。



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