Episode03-23 好敵手と書いて鬼と読む


(相変わらず……スゴイ威圧感だな)


 俺は対峙した目の前の「鬼」を見て思う。


 鬼の名は「白羅鬼はくらき」。背丈が3メートル近くある筋骨隆々な1本角の鬼で、特徴的なのはむき出しになった全身の「白さ」だ。まるでろうのような質感を見せている。そのため、どこか「造り物」っぽい見た目に感じられるが、その動きは巨躯に見合わず俊敏で滑らか。


 ちなみに、この「白羅鬼」の強さについて、以前俺が諏訪さんに尋ねたところ、その答えは、


――強さの尺度などにこだわっても余り意味は無いが……そうだな、朝廷の使っている尺度でいえば『参等式さんとうしき』だったかの――


 とのこと。「参等式さんとうしき」という言葉自体、俺は初めて聞いたが何となく「穢界」や「怪異」の尺度として「EFWアプリ」が示す「九等」や「八等」といった等級付けを連想する。


 それでも、「三等穢界」なんて入った事も無ければ、見かけた事もない。つまり、全く「想像もつかない強さ」ということ。


 ちなみに「ヤト」「ぬえ」「狒々ひひ」と「ハニ〇君」はどれも「肆等よんとう」とのこと。「肆等」以下には「――式」とは付かないらしい。その理由は「さんよんの間には大きな隔たりがあるから」ということらしい。まぁ、そう言う意味でも強さの尺度に余り意味は無いのかもしれない。


「ぐおぉ……」


 と、そんな事を考えていると、目の前の白羅鬼は「集中しろ」とでも言いたげに唸り声を上げる。


 そう、この「白羅鬼」は滅茶苦茶強いのだが、どうやら中身は結構「良いヤツ」なんだ。素手で相撲を取っていた時から感じていたことだが、身振り手振りで色々教えてくれることがある。最初の頃は明らかに手加減をしてくれていた(それでもペシャンコに潰されたけど)。


 その白羅鬼が、今度は何か言いたそうに諏訪さんの方を見る。それで、


「ん? ああ、そうだった……よし迅、エハミ様の分霊、童女エミの加護も返してやろう。それでお前の全力だ」


 諏訪さんはそういうと、実は神界の修行初日からずっと取り上げられていたスマホを俺に投げて寄越す。


 そして同時に、


「っ!」


 俺は、不意に自分の身体が軽くなったのを感じた。


 「神界の修行」初日に取り去られた「エミの加護」が戻って来たのだろう。ただし、神界で100日近く鍛えた後の身体に戻って来た力だ。以前よりも数段強く感じられる。


「後は、遊戯のような法術の真似事……スキルだったか? それも使って良い」


 一方、諏訪さんは続けてそう言う。どうやら「EFWアプリ」の機能は使って良いらしい。


(だったら――)


 俺は久々に「EFWアプリ」を立ち上げると、先ずはアイテムアイコンから装備品を取り出した。身に着けた装備品は「アームプロテクトホルダ」と「田貫の脚絆きゃはん」。久しぶりの装着感だ。


(まぁ、アイツの攻撃力の前だと防具としては全く無意味だろうけどな)


 そんな事を考えつつ、俺はスマホをアームプロテクトホルダに取り付ける。そして、本当は成長度合いを「ステータス画面」で確認したかったが、それは後のお楽しみとして、抜き身の「須波羽奔すわのはばしり」を構える。


「ぐおぉ……」


 対して白羅鬼は「それで良い」と言わんばかりに唸る。そして、自身も2メートル近くある「金棒」を片手で肩に担ぐスタイルで構えた。


「はじめ――」


 諏訪さんの声が掛かる。その瞬間、俺と白羅鬼は一気に間合いを詰めた。


*******************


――ブォッ!


 風を捲いて迫る金棒の一撃を俺は身を屈めて避ける。


 ちなみにこの金棒の一撃は、まともに喰らうと俺自身が「潰れたトマト」のように飛び散ってしまう威力がある。なので、何が何でも絶対に「貰う」訳にはいかない攻撃だ。


 だから以前は後ろに飛び退いて躱すしか手が無かった。しかし、今は「鬼眼」の働きによって攻撃の軌道が「視える」。だから、今のように紙一重で躱す事も……ちょっとちびり・・・そうになるが、出来る。


「うらぁ!」


 一撃を躱した俺は、お返しに剣を振るう。


――キンッ!


 残念ながら、俺の一撃は白羅鬼の金棒によって弾かれた。


「グオォッ!」


 対する白羅鬼は「やるな!」的な声を発すると、巨大な金棒を振り回す連続攻撃に入った。


「これは――っ」


 一撃必殺の金棒が扇風機の羽のように回り、流石に「紙一重」で躱す隙間が無い。俺は渋々後ろへ下がりつつ、


「破魔符!」


 諏訪さん曰く「遊戯のような法術の真似事」を放つ。狙いは白羅鬼の顔面。結果、


「グオ――」


 俺が放った破魔符の呪符を、白羅鬼は少ない動きで完全に回避。しかし、その一瞬だけ金棒の連続攻撃が止まった。その隙に俺は、


「っ!」


 一気に懐へ飛び込み、白羅鬼の膝の辺りに「須波羽奔すわのはばしり」を叩き込む。しかし、この一撃も防御に回った金棒によって寸前で防がれ、その体勢で俺と白羅鬼はお互いの武器を押し付け合う力比べに入る。


 しかし、いくら「エミの加護」で力が戻ったと言っても、流石に巨躯の鬼との力比べは分が悪すぎる。だから俺は、次の一瞬で金棒を後ろへなそうとするが――


(――やべっ!)


 同時に、白羅鬼の木の幹のような足が回し蹴りとなって真横から襲う幻影・・が「視えた」。


――ゴウッ!


 という風圧を鼻先に感じつつ、間一髪、後ろに飛び退いて蹴りを躱す俺。そこに白羅鬼の連続攻撃が襲う。そして、


――ドンッ!


 遂に、俺は視えていても躱せない金棒の突きを受けて、5,6メートル吹っ飛ばされた。


「ゲホッ、グホッ――」


 突きの瞬間、後ろに跳んで威力を減衰させたが、それでも俺の肺は空気を全部吐き出して咳き込む。口の中に鉄臭い血の味が広がった。


「グォオッン!」


 視界の先では白羅鬼が金棒を大上段に構えて、6メートル強の間合いを一気に詰めようと駆け出すのが見える。流石に今突っ込まれるのはマズイ――


(――榊垣さかきがき柊垣ひいらぎかき!)


 そこで俺は「単結界」で榊の生垣と柊の生垣を目の前に作り出す。そこへ白羅鬼が真正面から突っ込み、


「グオオオッ!」


 一瞬だけ勢いを削がれた白羅鬼が鬱陶しそうに金棒を振り払う。その一撃で2種類の生垣による結界は跡形もなく吹き飛ばされ、榊や柊の枝葉が土埃と共に粉々になって宙を舞う。


 その一瞬、俺には白羅鬼の注意が視界を邪魔する枝葉や土埃へと逸れたのが分かった。


「っ!」


 本当ならば、「癒しのお札」を取り出して胸の打撲を治したいところだが、それをやると折角の好機を逃すことになる。俺は他念を排して、白羅鬼の元へ再度飛び込むことを決める。そして、


「ぅっ!」


 やっとの思いで肺が吸い込んだ僅かな空気を気合として吐き出しながら、距離を詰めると、剣を上段に構えつつ跳躍。その瞬間――


(っ! 違う?)


 俺の目には白羅鬼の動きが幻影となって視えた。それは、俺の一撃を待ち構えていたかのように金棒で受け止め、姿勢が崩れた俺へ前蹴りを叩き込む一連の動作。つまり、あの一瞬で注意を逸らしたように見えていたのは、白羅鬼が仕掛けたフェイントだった。


(クソ!)


 既に飛び込んでしまった俺は、もう動きを止めることも変えることも出来ない。しかし、咄嗟に視えた光景を現実にさせないため、振り下ろそうとしていた剣を無理やり抱え込むようにして止める事はできた。


――ブンッ


 そして、俺はそのまま剣を振る事をせずに、白羅鬼が繰り出した金棒の下を潜り抜けると、


「っ!」


 目の前に現れたいわおのような腹筋に覆われた白羅鬼の腹に「須波羽奔」を思いっきり突き立てた。


「グオオオッォォッ!」


 白羅鬼が絶叫を上げる。


 俺は「勝った」と思う。しかし、


――ゴンッ!


 次の瞬間、頭上から物凄い一撃を喰らい、俺は地面にめり込む感覚を覚えながら意識を手放していた。


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