Episode07-12 白絹嬢の事情


 今回の里帰り、予定はこのまま来年の元日まで爺ちゃん婆ちゃんの家で過ごし、2日に戻ってくるというもの。


 爺ちゃん婆ちゃんの家に滞在している間、特別「何かしよう」というイベント的な予定はない。アッチの方だと、「スキーとかスノボとか」と思い付くが……まぁ、受験生である彩音が居る事だし「滑る」系の遊びはご法度だろう。それに、俺も彩音も当然の如くウィンタースポーツなど未経験。慣れない事をやって怪我でもしたら、稼ぎに直結するのがEFWアプリ稼業の辛い所だ。


 だからおそらく、年末年始の里帰りは、結局家でゴロゴロする事になると思う。ただ、ダラダラと時間を浪費しても勿体ないので、俺なんかは密かに「爺ちゃんに呪符術の手ほどきでも――」と考えている。


 また、「エハミ様や諏訪さんにも新年のごあいさつをしなければ――」とも考えている。ちょっとだけ、「また拉致られて修行の続きとか……無いよな? 無いよな?」と心配になる気持ちもあるが……念のためエミに確認したところ「たぶん大丈夫」とのこと。「たぶん」の部分が気になるが……それに「大丈夫」も誰基準・・・の「大丈夫」なのか気になるが……ま、まぁ、そうなったらそうなった時だ。


 一方彩音も、静かな環境ド田舎だから勉強に集中出来るだろうし、環境が変われば、それだけで気分転換や息抜きになるだろう。それに、先方(爺ちゃん婆ちゃんの事な)からも、「彩音はどうしてる?」「彩音は来るのか?」と、実の孫(俺の事な)をそっちのけ・・・・・で、催促するように訊いてくるし、母さんからも「連れて来なさい」と厳命が下っているものだから、もしも連れて行かなかったら結構面倒な事になりそうだった。


 とにかく、彩音の冬休みを利用して計画した「里帰り」は、そのような意図があった訳だ。


 一方、こんな身内のイベントに飛び込んで来た「白絹嬢」はと言うと、実は訳アリだった。


******************


 事の発端は4日前。その日、学校帰りの彩音が少し困った感じで俺に相談してきたのが白絹嬢の話だった。


 彩音曰く――


――なんかね、麗ちゃんが偉い人から迅さんの事をもっと良く調べるように言われたんだって――


 とのこと。俺としては「なんじゃそりゃ?」となる話だが、詳しく聞くと何となく全容を察する事が出来た。


 現在白絹嬢は「一等式家:十種とくさ一族」というグループ(?)に属している「白絹家」の唯一の式者だという。そうなった理由は、かなり重たい背景事情があった。


 白絹嬢は式者だった両親を怪異に殺され、幼い頃に「十種」の棟梁家である「蒼紫家」に引き取られたとのこと。


(う~ん……苦労したんだろうな)


 過剰に同情するのは、今をしっかりと生きている白絹嬢にかえって失礼かもしれない。そう思いつつも、やっぱり少し「同情的」になってしまう話だ。


 そんな白絹嬢だが、「扇谷高校の文化祭事件」以後、急速に彩音との仲を深めている。彩音は元々「私、友達いないし」とうそぶいていたほど、友達付き合いが得意でないタイプの元ギャル娘だ。そんな彩音が


――麗ちゃんがね――


 と、彼女の話題を頻繁にするようになったので、俺としては


(友達が出来て良かったな)


 と思っていたほど。


 それは白絹嬢も同じような感じだったらしく、ある日、彩音にとても言い難そうに「ある告白」をしたのだとか。それが、


――蒼紫家の棟梁、鬼丸様から八神さんの事をもっと調べるように言い付けられて……――


 のだとか。


 スパイとまでは言わないが、おそらくちょっと異常なEFWアプリユーザーである俺(自覚はある)を「調査しろ」と命じられたのだろう。


 ただ、彩音に対して友情を感じ始めていた白絹嬢は、その指示を黙って遂行することが出来なかった。「友達を騙したり裏切ったりすることはできない」とのこと。ちなみに、白絹嬢が言う「友達」とは俺ではなく彩音の事。つまり、「友達が大切に想っている人の事を、友達に黙ってコソコソと調べる事は出来ない」という文脈だ。


 まぁ、いずれにしても


(いい娘なんだな)


 と思った。正直、俺の事なんて別に調べられても構わない。それよりも、彩音に嘘をつきたくないという白絹嬢の気持ちが、何故か俺にとっても嬉しかった。


 おそらく「扇谷高校」の一件の後、彩音と同じ高校に転校になったのも、その辺の「調査」が目的だったのだろう。もしかしたら彩音と仲良くなり始めたのもその辺が理由だったのかもしれない。ただ、入口はともかく、結果として彩音との友情に誠実な態度を取った事は事実だ。


 その一点だけで、俺の白絹嬢に対する好感度は爆上がりだ。


(ちょっと、チョロ過ぎるかもな)


 と思わないでもないが、まぁ、問題はないだろう。


 とにかく、そういう事情を抱えているのが白絹嬢だ。


 だから、今回の里帰りへの「同行」も、俺の周辺を調査とするという目的がある。ただ、全部分かったうえで「どうぞ、どうぞ」と受け入れているのだから、俺も彩音も随分とお人好しというか……似たもの同士というか……


******************


「迅さん、ここ右折だよ!」

「あ、え?」

「高速乗るんでしょ」

「あ、そうだった――」

「もう……免許取ったら私が運転するからね」


 助手席の彩音とそんなやり取りをしつつ、俺は右車線に入り交差点の右折レーンに車を進める。


 右折待ちの停車中、チラとルームミラーを見ると、後部シートに並んで座る白絹嬢とエミの姿が視界に映るが……


「麗華、飴舐める?」

「は、はい!」

「これも、食べる?」

「い、いえ……」

「良いから、食べて」

「は、はい、喜んで!」


 この2人はこの2人で独特のやり取りをしている。しかし、普段通りにお菓子を食べているエミに比べて、隣の白絹嬢は妙にガチガチな感じで姿勢正しくシートに座っている。緊張しているのだろうか? そう思って見ると、顔色もなんだか普段以上に白いというか……いっそ蒼褪めているように見える。


(もしかして、エミの正体に気が付いたか?)


「迅さん、青信号」

「あ、はい」

「もう、しっかりしてよね」

「すみません」


(いや、たぶん白絹嬢の顔色が悪いのは俺の運転のせいだな)


 この後、無事高速道路に乗った俺達は、途中のサービスエリアで休憩を入れたり昼食を取ったりしながら、ゆるゆると爺ちゃん婆ちゃんの実家を目指すのだった。



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